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猫とろ
186
ねらち
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フェアレディZのエンジン音が、臨海副都心の幹線を低く揺らしながら北へ向かう。加賀美がハンドルを握り、姫は助手席でシートベルトを締め直した。オフホワイトのクロップドニットにベージュのプリーツスカート。朝選んだ服が、車内の光の中で complement に揺れている。窓の外では、晴海や豊洲の高層ビルが徐々に遠ざかり、首都高のジャンクションが複雑に絡み合っていく。
「群馬の方、でいいのか?」
「はい! どこでもいいでごぜぇやす。加賀美警部補と一緒なら!」
姫の声が弾む。加賀美は短く「じゃあ適当に北へ」と答え、アクセルを踏んだ。車は芝浦、箱崎、そして東北道方面の流れに乗っていく。お台場の電波塔がサイドミラーに小さくなり、荒川を越える頃には、都心の密集した景色が少しずつ開け始めた。
車内では、意外なほど会話が途切れない。
「加賀美警部補は、普段休みの日何してるでごぜぇやすか?」
「寝てる。あとは車の整備」
「整備……素敵でごぜぇやす。私は推理小説読んで、お菓子食べて、あと加賀美警部補のこと考えて……あ」
言いかけて、姫は慌てて口を閉ざした。加賀美は正面を向いたまま、ほんの少しだけ口角を上げた気がする。
「そうか。じゃあ今日は小説のネタでも探すか」
「はい!」
埼玉に入ると、加賀美は一度パーキングエリアを過ぎ、一般道へ降りた。目的は「有名でオシャレなカフェ」。ナビに入れたのは、地元でも評判の高い一軒——大きなガラス窓と緑に囲まれた、ギャラリー併設のようなカフェだ。
店内は白と木目を基調にした明るい空間で、窓際の席に通される。二人は遅めの朝食兼昼食を注文した。
運ばれてきたのは、季節のフルーツをたっぷりのせたパンケーキと、深煎りのコーヒー。姫がフォークを入れると、ふわふわの生地から湯気が立ち、ベリーの甘酸っぱさとマスカルポーネのまろやかさが広がる。
「これ……すごく美味しいでごぜぇやす。生地が軽くて、果物が新鮮で……コーヒーの苦味とも合ってます!」
加賀美も自分のプレート——スクランブルエッグとスモークサーモンを添えたオープンサンドに口をつけ、小さく頷く。
「悪くない。コーヒーはブレンドがしっかりしてる」
食レポめいた姫の感想が続き、加賀美は時々短い相槌を打つ。陽光が差し込む窓辺で、二人きりの時間が穏やかに流れた。
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食事を終えて再び車に戻ると、話題は宿泊先に移る。
「群馬なら、伊香保とかどうでごぜぇやすか? 石段が有名で……」
「伊香保もいい。草津は少し遠い。四万とか、川場とかも静かでいいらしい」
「加賀美警部補は温泉、好きでごぜぇやすか?」
「嫌いじゃない。一人のときは入ってすぐ出るけど」
「今日は……ゆっくりでいいでごぜぇやすよ」
姫がそう言うと、加賀美は「まあな」とだけ返した。ナビに伊香保周辺の旅館をいくつか入れ、候補を絞っていく。石段の街並みが見える宿、露天風呂付きの客室、和洋折衷のデザイン——画面を見ながら二人で「ここはどう?」「少し高すぎるか」と話し合う。
ところが、高速道路を降りて山間部の道に入ったあたりから、様子がおかしくなった。
ナビの画面が急にちらつき、音声案内が途切れる。地図上の現在地がふわりとずれ、次の瞬間には「ルート再検索中」の表示が固まった。加賀美が手動で方向を修正しようとするが、ハンドルの感触が微妙に重い。車はまるで意志を持ったように、細い山道を選び始める。
「加賀美警部補……これ、大丈夫でごぜぇやすか?」
「……わからない。一旦止まって確認する」
だが、止まるべき場所が見当たらない。木々が道を覆い、徐々に日が傾いていく。電波も弱い。スマホの地図も「現在地を取得できません」の表示だ。Zのエンジン音だけが、静寂な山中に響く。
「あてなく、さまよってるみたいでごぜぇやすね……」
姫の声が、少し小さくなる。加賀美は黙って運転を続けた。焦っても仕方がない。燃料はある。あとは道が開けて、人里か、少なくとも標識が出るのを待つだけだ。
やがて、木々の切れ目から、不意に建物が現れた。
古びているのに、どこか豪華な和洋折衷の造作。瓦と洋風の破風が混ざり、玄関前には石灯籠と、手入れの行き届いていない薔薇の庭。夕暮れの光が、窓ガラスを赤く染めていた。寂れているのに、気品がある。そんな不思議な印象の建物だった。
「あそこなら、泊めてもらえるかもしれない」
加賀美が車を止め、エンジンを切る。二人は顔を見合わせてから、玄関に向かった。古い木の扉に手をかける前に、中から足音がした。
扉が開く。
出てきたのは、猫の耳を頭に乗せた——いや、生えている——可愛らしい美少女だった。瞳は金色に近く、細い尻尾が裾から覗いている。彼女は二人を見るなり、両手を広げて声高に叫んだ。
「たたりニャー!」
山の空気が、ぴたりと静止する。
加賀美が自然と姫の前に半身を乗り出し、姫は思わず加賀美のジャケットの裾を掴んだ。猫耳の少女は、不思議そうに、しかし敵意というよりは「歓迎」に近い表情で、二人を見つめている。
猫神家の一族編——スタートである。
続く。
コメント
1件
あら、加賀美警部補とのデート、最初の方はパンケーキとか景色とかほっこりした空気で進んでたのに、最後の「たたりニャー!」で一気に和風ファンタジーに転がったの、めっちゃ好きだわ。猫耳美少女、可愛いけど不気味な空気もあってジワる。ふたりの距離感もちょっとずつ縮まっててニヤつく。これは続きが気になる🔥