テラーノベル
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季節は巡り、学校の文化祭の準備が始まった。 みんなの意見からクラスの出し物は「演劇」に決まった。脚本を誰が書くかという話になったとき、教室内には少し気まずい沈黙が流れた。誰もが面倒な役回りを避けたがっている。
その時、桜井さんが僕の方を向いて、真っ直ぐに手を挙げた。
「秋山くんに書いてほしいな。彼、図書室の本、全部読んでるくらい詳しいんだよ。だからお願いしたいな。」
教室中の視線が僕に集まる。針のような視線ではなく、戸惑いと、ほんの少しの期待が混じった視線。
「……僕が?」
「そう。秋山くんなら、きっと面白い物語が書ける」
彼女の瞳には、一切の迷いがなく、輝いていた。
放課後、僕は一人で図書室に残った。
「嫌われ者」の僕が書く物語。誰も期待していないかもしれない。でも、彼女だけは信じてくれている。
僕はペンを握り、真っ白な原稿用紙に向き合った。タイトルはまだ決まっていない。けれど、書きたいテーマは一つだけだった。
『声の届かない場所にいる、誰かのための物語』
一週間後、書き上げた台本をクラスの前で読み上げた。
読み終えたとき、教室は静まり返った。失敗したかと思って顔を上げると、そこには意外な光景があった。
いつも僕を無視していた男子が、静かに下を向いた。派手な一軍グループの女子たちが、真剣な顔で台本をめくっていた。
「……これ、俺たちのことじゃん」
静かな教室に誰かがポツリと呟いた。
僕が書いたのは、特別なヒーローの話じゃない。みんなに合わせることに疲れ、自分の言葉を飲み込み、心のどこかで「誰かに見つけてほしい」と願っている、臆病な僕たちの物語だ。
「秋山、お前……こんなこと考えてたのか」
最初に声をかけてきたのは、例の財布の件で僕を疑った男子だった。彼は決まり悪そうに頭を掻きながら、僕の肩にポンと手を置いた。
「悪かったな、今まで。……この秋山が頑張って考えた劇、絶対成功させようぜ」
その瞬間、僕を囲んでいた見えない壁が、音を立てて崩れるのを感じた。
僕は「嫌われ者」としてではなく、「本に詳しい秋山」として、クラスの中に居場所を見つけ始めていた。
夕暮れの帰り道。校門のところで、桜井さんが待っていた。
「ね、言ったでしょ? 秋山くんの言葉は、ちゃんと届くって」
「……ありがとう、桜井さん。君がいなかったら、僕は一生、黙ったままだった」
彼女は夕日に照らされて、眩しそうに笑った。
「私はきっかけを作っただけ。ペンを動かしたのは君だよ、秋山くん」
空を見上げると、一番星が光っていた。
かつて孤独だった「嫌われ者の僕」は、もういない。
物語は、ここから本当の意味で始まっていく。
~完~
コメント
5件
一日で3話出して完結したじゃねぇか(←どうしたこいつ)
わー