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夢を見た。長く長く終わらない旅の夢を。
その夢の結末は勿論、見る事が出来なかった。物語の端まで辿り着く事は無かった。
最初は未来が見えるこの眼を求めて様々な人間が、偽・魔術師が近付いて来た。何度も追い返したが諦める事を知らず、しつこく迫ってきた。
その次は魔術師が力を分け与える夢だった。要らないと、必要ないと何度も突き放したが、血を飲まされて強引に力を分け与えられる。
そしてその翌日に、私を男手ひとつで育ててくれた父親が、魔術師に殺された。
まるで映画のカットの様に場面が切り替わり、偽物の魔術で多数の偽・魔術師を氷漬けにする私が映し出される。
この時の私に再度問いたい。
「何のために、戦っているのか」
その問いは夢の幻想に届くことはない、そのまま無慈悲にも夢は続く。
暫くの間は偽・魔術師を殺して潰して凍らせての繰り返し、つまらない作業だった。何も面白くない時間だった。
そして、私の人生がガラリと変わる気がした瞬間の夢を見た。偽・魔術師として魔術師を殺す事に執着していた私の前に、魔術師を殺せる術師『妖術師』が現れた。
「彼は誰」
その後も数人の術師と出会い、仲間になり、魔術師を殺す為の準備が整った。万全な状態で魔術師の元へ向かう途中で、その夢にノイズが入る。
何も見えず、何も聞こえない。そのノイズを私がどうこうできる訳では無い。故に、私はその時間が過ぎ去るまで待つだけ。
待つのには慣れている、過去に何度も体験した。ただ同じ行為を繰り返し、その時が終わるのを待ち続けていたあの時に。
「貴方は、誰」
ノイズが消え、夢は止まることなく進み続ける。だけど、その先の内容は何一つ覚えていない。思い出せない。
確かにその夢は長く、最後まで到達することは無かった。
「―――まだやるべき事があるはずだ」
声が聞こえる。夢の外の遠い遠い遥か遠い場所から、私に読み聞かせるように語り掛けて来る。
私はこの夢から覚めたくない。この夢の続きを見届ける責任がある。その呼び掛けに答える事は出来ない。
何より私は、もう十分に辛い過去を歩み、楽しい今を過ごしてきた。そして、妖術師に後のことを全て託した。
彼はまだ戦える。燃え尽きた私とは違い、彼にはまだ戦うための炎が燃え続けている。
だから私はこの夢を―――、
「本当に?」
何が言いたいのか分からない。何に対しての疑問なのか分からない。
「本当に、妖術師はまだ戦える?」
戦えるに決まってる、アレだけボロボロになりながらも何度も立ち上がって戦い続けたのだ。彼は強い、強すぎる。
「この時に至るまで、どれだけの死を見てきたか」
死?なぜ死が出てくる。
妖術師も人間と同じ構造、生き方をしているはずだ。死ねば命は戻らない、死は全てを終わりへと誘うモノだ。
見てきた、と言うことは過去に多数の死人を見てきた……とでも言うのか。自慢する訳では無いが、恐らく妖術師よりも私の方が長い間死体を見てきた自信はある。
妖術師は魔術師と妖以外は殺さない。故に、これまで殺してきた数は私より半数に満たないだろう。
『ならば挑むが良い。貴様ならどのような道を選ぶのか、見届けてやろう』
私は体を起こそうと上半身に力を入れたが、ピクリとも動かなかった。沢山の魔力を使用した代償がまだ続いていたのだろう。
「………何だ、この景色は。私はこんな場所に来た覚えは無い………」
私はもう一度横になって数分間待った後、再び体に力を入れてようやく立てるようになった。
外はもう暗く、夜になっていた。結構長い間眠っていたのだろう、腹も空いていた。
家を離れ、田舎特有の蛙の鳴き声と虫の音を聴きながら歩いて5分。宿の近くまで来ていた。
「この道を右に行けと私が私に……だけど、道なんて無いじゃないか!!」
と、その瞬間。 大きな何かが横から猛スピードで突っ込んで来ていた。――― 大型のトラックだった。
道を探すのに集中していた所為か、いつの間にか道路まで出てしまっていたらしい。
「………っ!!」
私は驚き、咄嗟に魔術を発動させ、避けようとした。いや、避けると言うよりトラックを動かすの方が伝わりやすい。
トラックの目の前に縦の壁を作り出し、ライトとバンパーを削りながら斜め横に無理やりズラす。
その氷の壁の向こう側に私は居る。つまり私 は魔術を使用しトラックを避ける事が出来た。
危うく轢かれる所だった、と安心していたその時。
「え?」
私の体は宙に浮いていた。 なんと、二台目のトラックが来ていたのだ。
全身に痛みが走る。今まで体験した事の無いような痛み。そのまま私は地面に叩きつけられるように落ちた。
「………ど、うして…」
おかしい、私の氷の壁が消えている。あれは魔力の供給を途絶えさせない限りは残り続ける壁だ。
私は自らの意思で魔力の供給を止めてないし、そもそも壁が壊れる音すら聞こえていない。
………これは流石に、偽・魔術師とはいえ厳しかった。呼吸は出来ず、手も足も動かない。何も出来ない儘、私は死ぬのかと思った。何も出来ない儘…………、
まずい意識が
遠く な っ
こ れは
「これは………どうにも、出来…な…い……」
―――そして私は、死んだ。
―――試してみる価値はある、今ここで自らの命を絶ち次のスタート地点を確認する。だがもし、ループの限界が二回だったら。
私はそこで本当に死を経験するだろう。だが、偽・魔術師と言う者は恐怖心より好奇心を優先する。
「……待て、何をする気だ!!」
宿泊用のバッグに手を伸ばし、中から長い黒色の棒を出す。自らの身を護るために持っていたこの刀で、私は、自らを殺す。
「………止めるんだ!!私の腕!!」
自害は初めてだ、だがやるしかない。私は鞘から刀を抜き、首元へ持ってくる。
この時私は、笑って──────────
「ふぅん、そっか。じゃ俺の仕事も終わった事だし、そろそろ帰るわ」
「……っ!!お前は妖術師の!!」
雅人はポケットから手を出して頭の後ろで組む。 だるそうに振り向き、そのまま歩いて帰る―――はずも無く。
勢い良く振り向いた雅人はポケットから取り出したナイフで私の首を切り裂き、血を吹いて倒れる姿を眺め続ける。
「がああっあぁあ!!」
体から、全身から力が抜けて行く。鮮血が地面を真っ赤に染め、小さな水溜まりが完成する。
この男は妖術師の知り合いだと偽り行動していた『記憶干渉系統偽・魔術師』に間違いない。
「………殺すのは無しだな」
私の頭に触れた男は、魔術を発動させて何か細工を施した。その魔術が一体どのようなモノなのか、何のための行為なのかは分からないが―――私はそのまま意識を失い、死んだ。
「俺達の目的はもう済んだから、死んでくれ。ほいっとな」
男がそう言い放った瞬間、突然辺り一面の風景が変わる。先程までコーヒーショップ前の舗装された道路に居たはずが、何も無い空間に切り替わる。
何も無い=地面がない。
私はいつの間にか空まで移動していた。
「………一体何がどうなってるんだ!!」
いや、移動したのでは無い。恐らくあの男の能力、もしくは『魔術』。『空間移動系統』の魔術だろう。
何処へでも自由に移動が出来、何処へでも相手を飛ばせる魔術。厄介すぎる、早めに対処しなければならない。
もう少しで地面に到着する、私は術を使用して着地の準備をする。氷系統魔術を利用して落下の威力を相殺する。
だが、そんな甘えた僕を許さない存在が居る。
「その術使われたら厄介だから、えい」
何も無い空間から突然腕が伸び、声と同時に警官が所持している拳銃の銃口が僕の方向に向く。
「まずっ………!!」
私は咄嗟に魔術の発動を中止して身を守る。
しかし、その銃口から弾が発射される事は無く。そのまま空間と腕は消えてしまった。
高所からの自由落下という事もあり、落下速度は最速。そして地面までは約20m。
魔術を発動させる時間も猶予もない、このままでは地面と激しく衝突してそのまま―――
身体は地面に叩き付けられて全身が破裂する。臓器は全て潰れて、身体は人の形を保っていなかった。
まるでただの肉塊に成り果て、私は死んだ。
四度目の死だ。
『まだ四度目の死だ。この程度で弱音を吐くのか?』
「…………あなたは、いやそれ以前に今までの体験は一体何なのですか!?」
『まだ分からぬか、ならば続けても良いな』
「………待っ、待って!!」
「……………………―――姉ちゃん。次会った時、俺に全てを話せ。少しだけ時間が掛かるかも知れねぇが全て把握するだろう」
「………晃弘?」
突然バイクのブレーキをグッと押し込んで急停止する。その儘、男は振り返って片手で持っていた猟銃を私の頭部に当てて、
「ほら、行ってこい。偽・魔術師―――お前だけが護れるモノを絶対に離すな」
「向こうの俺に宜しくな」
「クハハハハハハハハハハッ!この程度か、魔術師ィ!! 」
切り刻んだ瓦礫を足場に、沙夜乃までの距離を一気に詰める。氷の剣を構え、沙夜乃から放たれる攻撃に対応しつつ、私は沙夜乃の首を狙う。ここで仕留めなければ、正智の死も惣一郎の協力も全て無駄になる。
「………正智って誰なんだ!!」
殺す、絶対に。私の手で終わらせる。
斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ!! 斬―――
「あ………」
ブツンも音を立てて、何かがちぎれた。
体に力が入らない。剣を握っていた手も、沙夜乃を殺さんと動いていた脚にも。私の身体は限界を迎えていた。
魔術の連発による疲労。幾度の戦いによるダメージの蓄積。これら全ての反動が、突然訪れた。
空中でバランスを崩し、私は地面に向かって落下して行く。態勢を整えようと体に力を入れるが、やはり動かない。やっとここまで来れたのに、あと一歩の所まで行けたのに。
「……………」
声も出ない、声帯にも力が入らない。だが、 辛うじて目だけは開いている。
その目に映った景色は絶望だった。
沙夜乃が満面の笑みで此方に手を翳している。力を失った私にトドメを刺そうとしているのだろう。転移させられた大型トラックが、僕より速く落下する。避けるのは不可能。
「……あれは、沙夜乃さん…?」
魔術を展開しようにも魔力が足りない。空気に漂う魔力の残滓は何処からも感じられない。
迫り来るトラックを私はただ呆然と見る事しか出来ない。
そう言えば、一回目の遡行と時もトラックが原因だったな。あの時の痛みとこのトラックに潰される痛みは、どの位違うのだろうか。
そんな事を考えながら、私の体とトラックが接触し、そのまま地面と衝突する。苦しむ事無く即死の状態で私は、死んだ。
私の目の前では首から上を失い、鮮血が吹き出す男性の姿と、その男性の頭部らしきモノが見える。
――― 今すぐにでもこの男性を殺したヤツを殺さないと、更に被害が広がってしまう。
そう思った私は脚と腕に力を入れるよう、脳から信号を発信する。だがそれは首付近で拒絶され、何も出来ない。
と言うより、身体全ての感覚が無い。視界も少しづつ暗くなる。何が起きた。すぐに向かわなくては。晃弘さんに伝えて。惣一郎の件も。男性はどうなった。この車両で何が起きてる。魔術を使用する。早く行かなくては。
早く行かなくて。
早く行かなく。
早く行かな。
早く行か。
早く行。
早く。
早―――
魔術師を殺す偽・魔術師として、正義の味方として戦わなければならな―――、
「………『聖剣』」
青年の放った一言で、場は一瞬にして地獄へと化した。
苦しそうにしていた人間、それを見て離れようとした人間。突然の出来事にカメラを向ける人間、無視して歩き続けた人間。
そして、魔術師と対面していた俺たち。
その場にいた総勢100人が、
「………この程度の攻撃も避けれないとは。偽・魔術師って思っていたより弱いですね」
創造系統偽・魔術師の攻撃により、死亡した。
『これで八度目の死だ。ようやく理解したか?偽・魔術師の娘よ』
「………多分、分かった。この体験―――いや、この記憶は妖術師がこれまでに受け入れた死の映像だろう?」
『そうだ、アイツは千里眼の能力とは別で “未来視 ” という妖術師一族の中で最も禁忌とされている術に手を出した。その代償として死ねば過去に戻り、目的を果たすまで終わらない “遡行” を得た』
「………遡行。前に創造系統偽・魔術師に斬られた場面で妖術師は術を発動させて回避していた。だが今見たのは術を発動させることなく死ぬ場面」
だからあの時の私は千里眼が見えなくなっていたのか。死という未来が確定した私たちを千里眼は見放し、起動すらしない状態へと変化していた。
だが、妖術師が遡行して術を使い、未来を変えたおかげで私の千里眼は力を取り戻し、未来を視る事が可能になった。
―――何やってるんだ私は、何が「戦えるに決まってる」だ。私の今までの人生より最も苦しい死を、彼は何度も味わっている。
私は八回、彼の死を体験した。だがこの先更に妖術師は “遡行” を繰り返すはずだ。
「………君は何故、これを私に?」
『貴様は我の加護に触れ、千里眼同士が共鳴を起こした。それ即ち、妖術師の心の裏面に触れたのと同じ事。 ならば貴様には試練を与えなくてはならない。―――言ったはずだろう? “挑むが良い” とな』
「………その試練に挑むって、一体……!!」
「無意識の内に僕から距離を取った貴方の負けです、これで終わりにしましょう」
魔術の詠唱より素早く放たれたその一閃は、周囲の木草と建物を巻き込み、 斬られた物の断面は酷く美しく、一切のズレを許さなかった。
――― それを真正面から受けた私も、例外では無い。
「…………ぁ…」
私の肋骨より少し下、一刀両断された体は地面へと倒れ落ち、大量の血と臓物がばら撒かれる。
何度も打ち合った事により、その剣に少しづつ傷が入っていたのだろう。私の氷剣も真っ二つに斬られ、その力を失った。
―――負けたのだ。私は創造系統偽・魔術師に再び殺された。
創造系統偽・魔術師が聖剣を振るう前、ほんの一瞬だけ彼は殺気を放った。 それを感じ取った私は無意識にその場から少し離れ、距離を取ったのだ。
それが明らかなる敗因、私が死ぬ理由。
「楽しかったですよ、偽・魔術師」
視界がぼやけ始め、段々と意識が遠くなって行く。このまま感覚全てが失われ、絶命するだろう。
「……………ぁ…あ……」
声が出ない、喉に力が入らない。脳に全ての魔力を注ぎ込んでも、考える事が出来ない。死ぬ、そして再び私は遡行する。
これで何度目だろう。
死ぬのはやはり痛いし、恐怖を感じる。このまま遡行せず死ぬのでは無いのかと思うと、やはり怖い。
「………まだ死なないとは、案外しぶといですね」
もう、ダメだ。これ以上は
私が生きた証をこの世から完全に抹消させて、
肉が引き裂かれ、骨が粉々に砕けて変化し
そうして戦いを諦めた私は
過去を知らない
『途中から数えるのを少し怠ってしまったが、恐らく二十七度目の死だ』
―――そこは何も無い白い空間だった。その空間に壁も天井も無い幻想の場所。過去から未来まで全てを拒絶する時間空間。
「………ここは?先程までの試練は一体どこに………」
『死の試練は終わりだ。この先は、我にも見えない死が多数存在する。……そしてここからは我が知る最強の術師と戦い、その在り方を身につけて貰う』
その空間で一人、刀を持って立ち尽くす人間が居た。厳密には人間では無く、妖術師であった。
最後の妖術師として戦い、幾度の遡行を繰り返した最強にして究極の挑戦者。私はその挑戦者を知っている。
「………最強の術師、か」
『………貴様の知っている妖術師はまだ成長段階。そして今目の前にいる妖術師は、進化し大成を果たした未来の姿を具現化したモノだ。気を抜けば―――、死ぬぞ』
話の終わりと同時に妖術師が動き出し、目で追えない速度で抜いた刀が私の視界へと映る。 正面に氷を生成しようと試みるが、もう既に遅い。
顔面へと直撃した刀は私の頭部を一刀両断し、そのまま空中で静止する。
「………き、斬られてない?」
明らかに私の頭は斬られた。切り口が真っ平らになる程にブレのない攻撃だった。にも関わらず、私の頭はここに有る。
『馬鹿者が、一度は許してやる。だが二度目の死に関して我は手を出さんぞ』
どうやら天の声が無かったことにしてくれたらしい。初撃で死んで即退場だと練習にも何もならないだろうし、その辺真剣に考えてくれているのだろう。
ならば、私もそれに応えるしかない。
「来なさい、妖術師。私の氷は少しばかり冷たいよ―――!!氷系統広範囲極級魔術『締結の審判』!!」
詠唱が終わり、氷が生成され始めた段階で妖術師は動く。その速さは今まで妖術師が戦う姿を見てきた中で圧倒的に速く、そして正確に私の位置を把握していた。
だが、速度に頼る攻撃方法は『締結の審判』の前では無力に等しい。
魔術による空中の魔力変換を行い、妖術師の攻撃&防御的能力を最大限低下させる。その隙に急いで防御の為に氷を作り出して準備を整える。
準備は万全、どこからどの攻撃をされても一度だけ防ぐことは出来るだろう。
『無駄だ』
妖術師は一瞬で地面の影へと潜り、私の見ている反対方向へと姿を現す。その間、約一 秒。明らかに私のデバフが効いていない。
影から飛び出した妖術師は空中で体の向きを変え、私へと斬り掛かる。
しかし刃は私に届かない。私の作り出した氷が、妖術師の刀をガッチリ掴んで離さない。
『………術師が持つ特異な危機察知能力を利用して、氷による防御を自動化に切り替えたのか』
掴んでいる氷を素手で砕き、妖術師は再び攻撃を再開する。
何度も斬りに挑み、私がまたそれを掴む。これを繰り返し、妖術師が疲労したタイミングを狙う。
そう思っていたが………、どうやら無意味だったようだ。
妖術師は呼吸のリズムを少しも崩さず、私の想像した倍の回数を超えて攻撃を仕掛けてくる。生成した氷を砕き、生成した氷を砕き、生成した氷を砕き続ける。 その姿はまるで機械。私を殺す為だけに動き続ける機械人形だ。
「天の声よ、君に聞きたい事がある」
妖術師の攻撃を受け止めて回避を繰り返し、声を発するまでの余裕が無い。だが、妖術師の動きが少し遅れた瞬間を狙って天の声に声を掛ける。
「何故、私にこのような試練を与える? 」
彼がどのように死に、どのように戦ってきたかについてはもう既に十分過ぎるほど理解した。なのに、この試練はまだ続いている。
私は偽・魔術師だ。鍛える意味などあるのか、そもそも天の声は私を鍛えるつもりで試練を与えていないのか。何も分からない。
『妖術師が選んだ、ただそれだけだ 』
その一瞬、天の声に気を取られた隙を突かれ、妖術師の刀が私の氷を全て粉砕する。改めて生成するために魔力を集中させるが、手が硬直して動かせなくなった。
“絶対に殺す” と迫り来る刀身を寸前で避け、私は妖術師から距離を取るために全力で走る。
「妖術師が、彼が選んだ…!?何のために……!!」
走って逃げて時間を稼ぐといっても、限度がある。私の手は今使い物にならない、 魔術を使わず、ただ自身の筋肉を使って走っている。
それを、妖術を使って身体能力をブーストしてる妖術師が追ってきているのだ。どう考えても逃げ切れるわけが無い。
「魔力が自然補充されるまで一分くらい、か。どうする、このまま逃げても追いつかれて終わりだ。何か策は無いのか……妖術師に太刀打ち出来る策は………」
ある、私は知っている。本当は心の中でそうではないのかと思っていたが、口に出せずにいた事を私は知っている。
魔術師を完全に殺せるのは妖術師のみ。ならばその逆も然り、妖術師を殺せるのは―――、
「………妖術師に勝てる、魔術師が必要だ」
『………まさかここで成るのか?この何も、触媒も、過程も、縁すらもない空間で。奇跡を起こすつもりか!?』
私は知っている。過去に出会い、私によく話をしてくれた沙夜乃さんがどのような人生を歩み、どのようにして純粋な魔術師と成ったのかを。
最も信頼出来る仲間と最大の縁を結ぶ事。それが上位の魔術師と成る為に必要な最重要過程。そして私がいま一番信用し、その生き様を知っている人物は。
「………応えてくれ、妖術師!!」
* * * * * * * * *
晃弘と創造系統偽・魔術師の捜索と、氷使いへの治癒を始めて約二時間が経過した。その後も度々、衰弱した俺たちを狙って妖が襲ってきた。
手が離せない俺の護衛用で一匹『魔獣 鑢』を待機させておいて正解だった。妖を食い殺し、その妖力を全て俺に変換してくれるからだ。
と言っても、妖力の摂取より妖力消費の方が早い為、あと一時間ほどすれば 妖力切れを起こすだろう。
早く、早く二人を見つけないと俺たちが………、
「おい坊主、こんな山道で何してる。さっきの妖怪騒ぎに巻き込まれて迷子か?」
声が、木々の奥から男の人の声が聞こえ、俺は思わず飛び上がった。影の中から『太刀 鑢』を取り出し、少し薄暗い場所で蠢く影を凝視する。
そして俺の目の前に突如として現れたのは、身長が180センチ程の大学生感溢れる男だった。いや、この男が大学生なわけが無い。なぜなら―――、
「………その刀にこの気配。まさかお前妖術師か?………何ともまぁ厄介なこった」
男の内側から溢れる異様な何かが、俺の本能を刺激し “こいつと戦ってはダメだ” と伝えて来ている。
かといって、今すぐこの場を離れる事は出来ない。氷使いの治療がまだ完全に終わっていないし、俺の体(内側)もボロボロで戦えそうにない。
「あ〜待て待て、そう身構えるな。一旦落ち着いけ」
いつの間にか、男からの殺気や異様な気配は感じ無くなっていた。だからといって、警戒を解く訳にはいかない。
俺は刀を仕舞う事無く、ゆっくりと氷使いの傍で膝を地面へとつけた。……この男が何者なのかを知らない以上、すぐに何が起きても動ける様にしなければならない。
「………仕方ねぇか。 あのなぁ妖術師、実力差が歴然な相手を前にして一丁前に警戒すんなよ。どっちが下か分からせねぇと行けなくなっちまうだろ?」
視界が揺れ、脳が震えて体の平衡感覚が分からなくなる。地面に手をついて鼻と耳から溢れ出す血を、俺は眺めることしか出来ない。
何か攻撃を受けたのかどうかすら、俺には分からなかった。だが確実に何かはされた。
呼吸を整え、真正面に居る男に対して刀を抜いて戦闘の意志を見せる。 ―――だがそれは悪手だった。
「これでも無駄か。抵抗するのは辞めて、大人しく大先輩の言うことは素直に従え。然もないと
…………目に見えない速度で動いた男は、俺の頭部を狙って蹴りを繰り出した。勿論、避けられるはずがなく、俺の五感から『聴覚』が消えた。
治癒は行っているが、こうして語っている最中も俺は攻撃を喰らい続けている。
右から左に流れる様に攻撃、それを刀で受け止め、先を読んで刀を振るう。だが当たらず、男が何度も殴りで執拗に俺の刀を狙う。
男が何かを喋っているが、何も分からない。何も聞こえない。
「……お、んみょ……うじ?」
声が聞こえなくても、俺の目が男の口を見続けている。そしてその動いた口の形状から男が発した言葉を予測し、俺は声に出して読んだ。
「おんみょうじ」と、確かに俺は言った。そして目の前の男も驚いた顔をして頷き、俺の発言を肯定した。
―――陰陽師。それは五行説と呼ばれる五種の元素を用いて祈祷や占筮を行ったり、神職として古代日本を支えてきた術師とされている。
怨霊を恐れた天皇が平安京……今で言う京都市街地に遷都したことにより、陰陽師はその活動が活発になり、悪しき事や良き事のどちらにも扱われる様になった。
という話なら、俺も話だけなら聞いた事がある。遥かな昔に陰陽師が存在していた事、そして魔術師の妖術師にある程度関係があることなど。
けれど、陰陽師と他の術師にどのような接点があるのかどうかはまだ分からないし、知ることは無いと思っていた。
だが、出会ってしまった。
今俺たちがいる場所は紛れもなく京都。過去に陰陽道を禁止する法令などが廃止された以降も、現代に陰陽師が残っているとは想像すらしていなかった。
ぼんやりと脳が考える事を辞め、意識が薄れて行く。この感覚を俺は何度味わったのだろうか。慣れる事なんか出来ないし、慣れたくもない。
地面へと倒れ込み、目線の先に居る氷使いを薄く開いた目で眺め続ける。このまま動く事無く、俺はこの命を失う事になるだろう。
―――視界に光が灯る。その光は今を、未来を照らす神の光では無い。過去の現象をゼロへと回帰させ、その行先を閉ざす最悪の光。
この命が尽きる寸前で、俺は陰陽師と名乗る男の顔を見て言葉を読み取る。そして男はその光の名を口にする。
「『後続継承』の火」
過去をゼロへと回帰させる為には、敵の過去を時空から切り取り、自身の『箱』へと収納する必要があり、 その時に『箱』が収納した過去を読み込んで、男の脳内へと直接共有することが出来る。
本来の使い方は、これ以上未来を生きる事が不可能な民に使用し、民が歩む筈だった未来を『後続』を『継承』することだった。
だがその光を、この男は殺しの為に使う。俺という存在を、 俺が生きた証をこの世から完全に抹消させて、影すら残さず俺を殺す為に。
勿論、抵抗など出来るはずが無く。その最悪な光は俺の全身を包み込み、そして輝きを失った。
………そこに俺の体は存在しなかった。男の『箱』にはもう既に、俺の過去が収納されてしまっていたようだ。
その後、氷使いがどうなったのかは分からないが、恐らく俺と同じように過去を抜き取られて殺されたのだろう。
俺の意識もここで途絶える。遡行が起きるまで、俺はずっと、ずっとこのまま語り続けて………、
「何………?記憶が、読み取れない……?何故だ、何故。そんなはずは………まさか、禁忌の術を使ったのか!?いや有り得ん、禁忌レベルの書物は全て京都にある筈だぞ!!」
男の悲痛な叫びと共に、肌で感じていた風の流れが完全に断ち切られた。
目の前に壁が現れたのかと思って手を伸ばすが、その先には何も無い。
―――あの空間だ。狂刀神とやり取りを交わし、『千里眼』を成長させ『疑似創造』を習得したあの空間と同じ。
「………やめろ、来るな。こっちへ来るな!!どんどん近付いて来るんじゃない!!やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!! 」
俺には音を聞くための耳も、周囲を見渡す為の目も開かない。 だが、鮮明に聞こえる見える。男が泣き喚きながら、 赤黒い何か に全身を食い尽くされる場面が。
バリバリと骨を砕く音、肉が引き裂かれて鮮血が飛び散る光景が安易に想像出来た。
その赤黒い何かがどんな形をしていて、どんな見た目をしているのかはハッキリと見えない。薄いモヤが掛かっているせいだろう。
暫く無惨にも陰陽師の肉が引きちぎられる場面を眺めた後に、その赤黒い何かは陰陽師に興味を無くし、どんどん俺の方へと近付いて来る。
でも不思議と、その赤黒い何かに対して恐怖は無かった。不気味で得体の知れない存在となれば憎悪を抱くはずだが、それすらも無かった。
「もういいのか?」
目の前で立ち止まった赤黒い何か……だと呼びづらい為『存在:A』と呼称する。そして『存在:A』に俺は問い掛ける。
「お前は、何だ?」
返答は無い。それ以前に、この『存在:A』に意思は無いし、考えてもいない。本能のままに動く獣の様な存在なのだろう。
「………何者かは分からないが、助かった。お前が居なかったら俺は………、死んでいた」
厳密に言えば、俺はもう既に死んでいる。だがそれは肉体的な話で、俺の精神面は今も動き続けている。現にこの語りが停止していないのが何よりの証拠だ。
「………まぁ何者なのかは大体検討はつくが………どうせ答えられないだろうけど、聞かせてくれ。………お前は ――― 何の為に俺を遡行させる? 」
その問い掛けに返答は無い。それ以前に、この『存在:A』に意思は無いし、考えて
「 ―――永劫の時を視認する。是は常世全ての時間を遡行する術であり、常世全ての未来を見据える術である」
この世のモノとは思えない程に不快な声が、俺の 脳内に直接伝達される。 その伝えられた言葉を俺は、知っている。
魔術師による大量虐殺を視て、魔術師を殲滅する機会が与えられ、数多の遡行を繰り返す事になったあの言葉を。
「―――そして是は、貴公が遥か先の事象を破却するまで終わる事は無い」
そう言って『存在:A』は振り返り、そのまま暗闇へと進み続ける。体は次第に半透明になって行き、陰陽師の死骸を越えた辺りで完全に消滅した。
恐らく『存在:A』は、禁忌の術”遡行”の具現化。”後続継承”の術を破り、術を使用した主に使命を伝える。そのためだけに出てきた幻の様なモノ。
そして『遥か先の事象』は、東京で起きる二度目の大規模魔法事件の事で間違いない。それを『破却するまで終わる事は無い』と言った。それはつまり、二度目の東京大規模魔法事件を解決し終わるまで、俺の遡行は”永遠に続く”という訳だろう。
―――なんともまぁ、
「………律儀な奴だな」
陰陽師は死骸へと変化し、『存在:A』はその姿を消した。体がもう無くなった俺は、遡行を待つのみ。
暗闇で何も見えないし感じないとはいえ、探索するくらいは出来るはずだ。そう思って俺は陰陽師の死骸を越えて進もうとした、その時。
「………………に…てる、魔……が必…だ」
俺が進んだ道の反対。先程まで俺が居た方向から、うっすらと声が届く。その声は少女の声に近く、とてと聞き覚えのある声だった。
「………呼ばれてる、な 」
どこかで、俺を呼ぶ声が聞こえる。薄暗く、手も足も体も何も無い場所に立つ俺を、誰かが呼んでいる。
とても困った感じがして、誰かの助けを乞う感情が入った声だった。
なんて回りくどい言い方をせずに言うと、明らかに氷使いの声だ。少し特徴的な声だが、喋ってる言葉もハッキリと聞こえやすくてわかりやすい。
「…………え…くれ……、妖術師!!」
妖術師と、確かに氷使いは言った。そして、その氷使い………仲間が俺を呼んでいる。なら、
「行くしかねぇに決まってんだろ!!」
陰陽師の死から数分。何も無いはずだった身体にはいつの間にか手や足、全身が存在していた。何故、なのかは知らないが、好都合だ。
影の中(と呼べる影は、暗闇だからどこか分からないがそれっぽい場所)から『太刀 鑢』を取り出し、氷使いの声が聞こえる方向へと全力で走り出す。
その後ろ姿を見送る為か、再び姿を現した『存在:A』は、陰陽師の死骸を抱えたままゆっくりと、
俺の背中を見つめ続けた。