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氷使いが『締結の審判』を使用し、大天狗の足止めを行った場面にて。氷使いに援護の斬撃を飛ばし、迫り来る多数の妖を撃ち倒す術師が二人、未だかつて無い程に苦戦していた。
『創造』自体の魔力消費は少なく、『聖剣』や『湖の乙女よ、導き給え』は魔力を消費せずに連発する事が可能なのだが、どんな事にも限界というモノは存在する。
『聖剣』の攻撃は一度の『創造』に最大十回。『湖の乙女よ、導き給え』は一度の『創造』に一度までとなっている。
そして僕は今、八十四度目の『創造』を使用していた。つまり、合計八百四十度目の『聖剣』による攻撃となっている。
妖を倒す事が出来るのは、妖力が込められた武器又は弾丸。その妖力を保持している唯一の存在、妖術師のみだ。
故に、僕の『聖剣』で蒸発までは行えるものの、命を刈り取る瞬間までは行かない状況になっている。
「………デュ…… 『聖剣』!!」
これで八百四十一度目。流石に何度も同じ技を使い続けると、身体に疲れは出なくても、心が少しづつ擦り切れていく感覚はある。
そんな疲弊しきった僕の隣で、晃弘さんが『双縄猟銃』を使って妖を次々と撃ち落としていた。 晃弘さんの顔に疲れが見える様子はなかったが、着実に限界到達寸前まで進んでいるのは間違いない。
そう思い、どうにか一息つける瞬間を探しているが妖共は止まることを知らずに、どんどん襲い掛かってきている。
「晃弘さん、このままじゃ埒が明きませんよ!!やっぱり『湖の乙女よ、導き給え』を使って一掃した方がいいのでは!?」
「ダメだ、ソレを使えばお前さんは一時的に行動不能になる。もし『双縄猟銃』が弾詰まりを起こしたり、何か問題が生じた時にお前さんを 護り切れる自信はない。今は出来るだけ、出来るだけでいいから耐えるんだ 」
「そうは言われまして………っも!!」
この妖の大群が、妖術師と氷使いに到達させない為にも、僕たちが今ここで耐えて耐えて耐えて耐えて食い止めるしかない。
そう言って堪えながら、僕は八百四十二度目の”聖剣“を使用する。
せめて、僕と晃弘さんのどちらかがダウンする事無く、この状況を打開できる一手があれば………!!
「………っ最悪な一手が来ます!!晃弘さん、衝撃に備えて!!」
異質な程に漂う妖力に、耳を劈く甲高い何かの鳴き声が木々を揺らして木霊する。段々とその声は近くなり、声の主が見える位に近づいた辺りで、その正体に僕は気付く。
頭部が見えたと思えば山一つ覆う程の大きさに、どんな攻撃も弾いて通さない甲殻の鎧。そして、僕が”聖剣“の攻撃によって蒸発させた片方の触覚。
ソレは紛れもなく、僕たちに絶望を与えるだろう一手。
「―――『大百足』!!」
妖術師の友………敵である雅人を京都まで連れて行き、他の妖を蹴散らしながらここまで舞い戻ってきた巨大な妖が姿を現した。
「『聖剣』!!」
だが僕はその程度で臆したりはしない。……いや少し驚きはしたが、全然平気だ。 それに晃弘さんも大体予想していたのか、表情に変化は無く、平然と妖を撃ち続けている。
僕の放った”聖剣“は大百足に当たりはしたが、勿論ダメージが入らず、そのまま薄汚い色をした甲殻に光が吸われた。
それでも僕は諦めずに、何度も”聖剣”を放つ。触覚は一度の攻撃で蒸発まで持って行けたという事は、大百足の甲殻に覆われていない部分は脆く、その部分を探し出して集中的に狙えば勝てるはずだ。
そう思って何度も、 何度も、何度も、何度も”聖剣”を当て続けるが、特にそれといった箇所は見当たらない。
「避けろ、下だ!!」
晃弘さんの声が聞こえ、その次の瞬間には地面が膨れ上がって地中から大百足の胴体が姿を現す。避けろ、と言われたがこの巨大な妖が下から現れて避け切れるはずが無く。割れた地面は谷底まで崩れ、僕はその土と岩を”聖剣“で弾きながら下まで落下して行く。
範囲の中にいた晃弘さんも地面の崩壊に巻き込まれ、割れ目に落ちた瞬間、その姿が見えなくなった。
「…………晃弘さんごめんなさい。この場で全員助かる為にはこれしか方法がないんです。―――『湖の乙女よ、導き給え』!!」
聖なる力で邪悪を浄化する光が、大百足の胴体と崩れ落ちる地面、ここからは見えない晃弘さんを包み込む。
そこで僕は “湖の乙女よ、導き給え” が放つ光の攻撃範囲を狭め、晃弘さんのみを蒸発の対象外に設定する。そうする事により、浄化の光は大百足と土砂、岩のみを蒸発させる。
浄化の光を直接、近距離で受けた大百足は鼓膜が破れそうになる程の高音で鳴き、胴体を僕の方へと近づけて攻撃を行う。
空中で避ける事が出来ない僕は、大百足の体を “湖の乙女よ、導き給え” で受け止める。しかし、人間一人……たかが人間一人如きが山を越える程の巨体を止める事は出来ず、僕は強い衝撃で吹っ飛ばされてしまった。
「………マズイ!!再構築が始まってしまう!!」
周囲の岩や土砂を利用して着地の衝撃を流し、谷底へと一足先に到着する。遅れて大百足と巻き込んだ自然物が音を立てて地面へと追突した。
まだ晃弘さんは空中、いま受け止めに向かえば間に合うと思うが、道を阻む大百足と落ちてくる岩と土砂で潰される可能性が高い。
かと言って晃弘さんを見捨てる訳にもいかない。
「………試してみる価値はある!!『湖の乙女よ、導き給え』を越える火力が出せる武器を創り出す!!」
妖術師と戦った時、僕は一回放つ度に再構築を行い、これまでの傷や魔力を回復して戦っていた。いや、妖術師だけじゃない。僕が過去に戦ってきた相手全てに、連続で放つ事はなかった。
だったら、今ここでやってみるのも良いのではないか。何事にも挑戦……って訳ではないけど、これはやってみるしかないし、晃弘さんを救うにはこの方法しか残されていない。
「…………『湖の乙女よ』!!
晃弘さんには確実に当たる。故に、先程と同じく範囲は狭く、蒸発させる対象を固定させ、一撃で屠る。
再構築の関係で肩、つま先、指先が少しづつボロボロと崩れ始める。間に合うかどうかは正直分からない。でも、それでも。
………『導き給え』!!!!」
莫大な熱量を持つ光が大地を溶かして、光り輝く一閃が狙った方向の障害物を全て薙ぎ払う。ただ、この威力を持ってしても、少し焦げただけで、大百足の甲殻を破る事は不可能だった。
崩壊し始めた身体が、タイムリミットまで刻一刻と近付いているのを感じている。脚はくるぶしまで、顔は右半分と右肩の大半が消滅し、創り出した武器を持ち続けるのに精一杯。
それでも、この瞬間で屠らなければ、晃弘さんが死に、その後の作戦に全て影響してしまう可能性がある。だから今、僕がやるしかない。
「『創造』」
足りない、僕の “湖の乙女よ、導き給え” は根本的な火力が足りない。大百足を一瞬で消し炭に出来る程の光が無ければ、この先どのような敵が現れても勝てない。
もっと、力強くイメージする。ほぼ無敵の存在を倒す事ができ、万物を切り裂き、世界樹の頂に勝利を翳す伝説の剣。無敵の存在にまつわる道具が、無敵の存在を倒す唯一の武器となる。
「―――『終末双星レーヴァテイン』」
北欧神話にて登場する武器の名であり、雄鶏ヴィゾーヴニルを殺す事が出来る伝説の剣。
また勝利の剣を手放した豊穣の神『フレイ』を終末の日にて葬った炎の巨人『スルト』が所持していた剣と言われ、「フレイの持つ武器と同一」「勝利の剣の別名がレーヴァテイン」となる様々な説が存在する。
その名称のみが世に伝わった為、どのような武器であったかは神話に描かれておらず、基本となる情報が定まっていない。
故に、攻撃力を向上させて大百足すらを消し飛ばす力をイメージし、僕の『創造』にインプットする。
「………流石に、神殺しの剣だと……僕の『創造』が堪えきれないか……!? 」
僕の『創造』は、古代にメソポタミアで発掘された謎の鉱石で造られた棒のようなモノに魔力を流し、持ち主が望んだ形姿に変形する万能の武器。
他者がこの棒を持って魔力を込めても変形せず、創造系統の力を所有する僕にしか扱えない代物。
その『創造』に与えられた “湖の乙女よ、導き給え” の情報に “終末双星レーヴァテイン” の構造を上書きさせる。
「………魔力が……持っていかれる……!!」
これまでの『創造』とは比べ物にならない程に魔力の消費が激しい。今、この瞬間にも “終末双星レーヴァテイン” へと変形し続けている剣から、摂取した魔力の殆どが放出されて行く。
その勢いと密度の高い魔力の影が、剣の周囲に炎を纏っているかのように見える。
「………安全装置解放!!僕の身体がどうなっても構わない!!だから、今この一撃に全てを!!」
空高くその剣を掲げた僕は、轟音と共に真下へと振り下ろす。
“終末双星レーヴァテイン” から放たれた、不可視の魔力の集合体が大百足諸共包み込み、”湖の乙女よ、導き給え” と真逆の色である漆黒の光へと変化する。
その光に触れたモノは外側から肉体(物体)を魔力が侵食し、一瞬で骨も形も残らず全てが消滅する。その名の通り、終末へと誘う悪魔の攻撃。
真正面から、高密度の魔力を浴びた大百足の胴体は甲殻ごとドロドロに溶けた状態になった。あと一撃、もう一度攻撃を打ち込めば胴体を真っ二つに出来るチャンス。
だが、
「………あぁ…ダメだ。もう動けそうに……ないな………」
僕の体は、限界点へと到達していた。”終末双星レーヴァテイン” を振り下ろしたその直ぐ後、崩壊し続けていた僕の右腕は失われ、頭部は脳と目・鼻があった場所が崩れ、脚という脚は消えて腰まで消滅していた。
そして、残された時間を使い切った僕の体は、これまで崩壊するはずだった時間を取り戻すかの様に、凄まじい速度で消えて行く。
落下中の晃弘さんを回収して、全員無事で生還する予定だったが、今この瞬間に僕が再構築される時間では晃弘さんの回収には間に合わない。
結局、僕が成した事は全て無意味に終わった。唇を強く噛み締め、その事実を受け入れるしかない。
こんな状態の僕を見たら、妖術師は何と言うだろうか。役に立つと思っていた僕に失望してしまうだろう。あぁ、どこまで行っても、僕は―――
「―――それでも彼は、”良くやった”と言うはずだよ。仲間を見捨てない、それが妖術師の良い所だ」
僕の背後で何かが音を立てずに急接近し、崩れて倒れる寸前の僕の肩を軽く叩き、再び素早く真横を通り過ぎる。
ソレは妖術師より背が高く、拳には謎の金属で出来たグローブの様なモノを付けていた。通り過ぎたソレからは、これまで出会った術師とは群を抜いて強い闘気を感じる。
人間だ。全く知らない、顔を見たことがない人間が、大百足目掛けて猛スピードで殴り掛かっている。
「―――『superbia』!!」
その人間、男が左手に装着しているグローブ……否、ガントレットの装甲が大きく開き、隙間から膨大な魔力が放出されて拳が加速する。
そして右手のガントレットは大百足を越え、落下中の晃弘さんの元へと飛翔した。
分裂寸前の大百足の胴体に五度、若干溶けていたというのもあるが、簡単に甲殻を砕いて粉々にする程の威力のパンチを叩き込む。
「―――『gula』!!」
僕たちがやっとの思いで傷つけた甲殻を、たった五度の攻撃で破壊し、大百足の胴体が真っ二つに割れ、 甲高い鳴き声が空気を揺らしてその巨体が地面へと強く倒れ込んだ。
そして、男の声と同時に、再びガントレットの装甲が音を立てて変形する。先程とは全く違う、手のひらのみに分厚い金属の塊が集まり、空気中の何かを吸収していた。
「―――『avaritia!!』
男がガントレットで吸収したのは、恐らく妖の傷から漏れ出した妖力。止め処無く無限に溢れ出る妖力は、空気中に溶け込み、魔術師の臓器を刺激する。
………毒だ、やはり魔術師にとって対の存在である妖術師が持つ妖力は毒と同じ。あの男はそれを予め知っていて、ガントレットを作り出したに違いない。
なぜそう言い切れるのか、簡単な話。男が技を繰り出す時、そしてガントレットで吸引する時も、空気中の魔力の揺らぎが一切起きていない。 妖力だけを確実に吸っているのだ。
「………あなたは……いや、その武器は一体……?」
再構築が始まる寸前で、僕は最後の力を振り絞って声を出す。目の前に立つ謎の男の素性を知りたい、そんな一心で。
その意欲を感じたのか、男は大百足から一歩離れてこちらを向き、左手に装備しているガントレットを強く握りしめて言う。
「―――『七つの罪源』。人間を蝕み、七つの死に至る罪を寄せ集めて創り出した究極の武器」
「そして私は、特殊対魔術師殲滅組織『Saofa』の元代表、永嶺惣一郎。構造を理解して物質を錬成する……錬金術師の一人さ」
妖術師から少しだけ聞いた名、惣一郎という名前を男は名乗った。まさかの人物の介入、その出来事ひとつで戦況はひっくり返る事になる。
―――そして、男に全てを託すかのように、僕の体は完全に消滅して再構築を開始した。
死を覚悟して向かった偽・魔術師の討伐から生還し、各地点の術師から情報を受け取って駆けつけた甲斐があった。
まさか彼、妖術師に新たな仲間が加わっていたとは。初めて出会った時とは違う、妖術師は成長し続けている。
生憎、妖術師はこの場に居なかったけれども、それを知れただけでも収穫があったと言ってもいいだろう。
「……さて、ある程度の話は聞いてます。あなたが『鋼鉄の錬金術師』である晃弘さんで間違いありませんね?」
京都に向かう途中で妖術師と出会い、電車内で暴走していた妖を二人で討伐。その後、消滅した彼『創造系統偽・魔術師』と応戦し、生還した謎多き老人。
………にしてはやけに若く見えるし老人と断定できる要素も無い。報告間違え……なんて事もありえそうだ。
「あぁ、そうだ。そうだが『鋼鉄の錬金術師』って呼ぶのはやめてくれ。若気の至りで付けた名前だ、この歳でその名称はちと恥ずかしいってもんだ」
晃弘はそう言って『双縄猟銃』を抱えて座り込む。創造系統偽・魔術師が復活するまで少し時間がある、私も少し大きめの石に腰掛け、体力を回復させる。
私と晃弘の二人で呑気に世間話をしているが、まだ大百足が完全に死亡した訳では無い。再び動き出すのは恐らくもう少し後。
こちらも魔力を消費し尽くして枯渇寸前、創造系統偽・魔術師は復活中。一時の 休憩という訳だ。
「………錬金術師、ということはその銃もご自分で?」
「数年前にな。材料はその辺に落ちてた手頃な木材と、知り合いの錬金術師から譲り受けた鉄鉱石を使って創り出した。『双縄猟銃』って名だ、戦闘になればこいつに勝る武器は他に無いと思うほどに優秀だ」
「なるほど『双縄猟銃』ですか。構造を読み取った感じ、ライフル銃と散弾銃のどちらにも変化可能ですね?」
「………その構造を創るのに少し時間がかかっちまったがな。じゃあ次は俺からの質問だ、お前さんのソレはなんだ?」
「このガントレット、ですか?」
私は腕に装着しているガントレット『七つの罪源』に触れ、晃弘の質問に面と向かって回答する。
「『七つの罪源』と呼ばれる武器です。人々が抱える嫉妬、怠惰、強欲、傲慢、色欲、憤怒、暴食の『七つの死に至る罪』と自身の魔力を媒体として “変形”・”攻撃” を可能とするモノ 」
「このガントレットは未知の金属で構成され、無意識の内に創り出したせいか、私ですら内部の構造は理解出来ませんでした」
未知の金属を入手したのは妖術師と出会って暫く経った後、空間支配系統魔術師『沙夜乃』を討伐する前日。
魔術師と偽・魔術師の情報を掻き集める際に出会った一人の男から交渉を持ちかけられ、私はそれを承諾した。 その条件が、なるべく多くの『七つの罪源』をガントレットに吸収させて男に返却する事。
妙に胡散臭い男ではあったが、沙夜乃との決戦前夜、この先起こる魔術師との大戦に備えなくては行けない場面という事もあり、受け取らざるを得なかった。
「………大丈夫なのかそれ」
「大丈夫……とは言いきれませんよね。死の概念が組み込まれた武器を腕に装着してる様なモノですから」
確かに危険ではある。危険ではあるが、それよりも圧倒的に “興味深い” が勝る。
………この考え方を過去に妖術師の父親から何度も注意された事がある。好奇心は猫をも殺す、とはよく言われたものだ。
「談笑はここまでの様ですね。それでは………再開するとしますか」
「あぁ、そうだな。こっちはもう既に準備万端だ」
私と晃弘が立ち上がるとほぼ同時に、創造系統偽・魔術師の身体が砂のようなモノで構築されて行く。それが彼の、創造系統偽・魔術師が持つ技の代償なのだろう。
そして、創造系統偽・魔術師とは真逆の方向で大百足が先程とは違う、まるで猛獣のような雄叫びを上げた。
「お待たせしました。再構築が終わり、『創造』はいつでも使えます」
両者互いに勝利を譲らず、守るべきモノを守るためにその武器を構える。
新たなる協力者、錬金術師『永嶺 惣一郎』 を含めた第二戦が、創造系統偽・魔術師が復活したタイミングで開始した。
大百足の巨体が縦横無尽に暴れ回り、崖の壁が崩落して私や晃弘達の方に降りかかる。岩や砂が大半で、このまま横に走って避ける事は難しい。
故に、創造系統偽・魔術師の扱う『創造』による攻撃で、避けること無く物質そのものを全て蒸発させる。
「『聖剣』」
頭上の物体が全て消滅し、砂埃によって見えなくなっていた大百足の胴体が再び姿を現す。
………あの時に真っ二つにした胴体が完全に結合して、傷跡なく再生している。この脅威の再生力、妖の特性の一つなのだろう。
「―――『invidia』!!」
『七つの罪源』に格納されていた二つの噴射口が手首の辺りに出現し、貯蔵していた妖力と魔力を利用して加速する。
こちらに向かってきていた大百足の胴体を拳で受け止め、衝撃で甲殻ごと大百足の体内を破壊。受け止めた部分の逆側が盛大に破裂し、大量の血液と妖力が溢れ出ていた。
「―――『gula』!!」
空気中に溢れ、漂い、溶け合う全ての妖力を再び吸収し、『七つの罪源』の動力へと変換する。
溢れ出た妖力を放置すれば、一般人に影響を与えてしまう他に、創造系統偽・魔術師である彼の行動に支障をきたす可能性がある。
大事な戦力、京都の魔術師を討伐する為の協力者をこの場で死なせる訳にはいかない。
叫び動き続ける大百足は胴体が破裂したことなど気にせず、動かせる頭部のみで晃弘と創造系統偽・魔術師の方向へと接近する。
「させない!!」
少しだけ動きが鈍くなった胴体へと飛び乗り、その上を全速力で駆け抜ける。甲殻はまるで整備されたコンクリートの様な硬さをしている為、予想の三倍早く頭部付近へと到着した。
まるで一本の、大きな釘を刺すイメージ。私の拳に装備しているガントレットで、大百足の頭部を貫くイメージ。
拳を振り上げ、狙いを定め、一撃で大百足の頭部を破壊する!!
「―――『ira』!!」
振り下ろされた拳を大百足の頭部に直撃し、耳の鼓膜が破れそうに成程の鳴き声を出して暴れ始めた。 ………失敗した。頭部の甲殻が硬く、拳で貫く事は出来なかった。
だがそれでいい。もしこの時に頭部を貫く事が出来れば全工程を飛ばして進行させたが、ここで失敗した事で通常通りの作戦進行へと移行する。
「第二作戦開始!!」
私の掛け声が木々を揺らして響き渡り、手には例の『創造』に使う棒を持った創造系統偽・魔術師が岩陰から飛び出る。
そして創造系統偽・魔術師の行動開始を合図に、晃弘は大百足のいる場所とは真反対の方向に走り出した。
「『聖剣』!!」
黄金に輝く一筋の光が大百足の巨体を包み込み、少しだけ薄暗くなった空をほんの一瞬だけ明るく照らす。
時刻は夕暮れ間近、日が落ちれば視界も悪くなって攻撃が通りにくくなる。出来ることなら、日が落ちる前に大百足を仕留めたい所。
二度、三度と創造系統偽・魔術師の『聖剣』が私の正面を通過し、大百足へと襲い掛かる。その光が私の足元を照らす合間に、晃弘と同様に急いで移動を開始する。
「こっちに誘導する!創造系統偽・魔術師は引き続き『聖剣』を、晃弘さんは下級妖の迎撃準備をお願いします!」
大百足の乱入により、多数の妖が巻き込まれ消滅してしまったが、木々を越えた先には消滅を免れた妖がわんさか存在する。
その全てを相手しながら戦うのは不可能、確実に全滅END。それだけは何としてでも避けたい。
「誘導先は京都県境、見張りの偽・魔術師にわざと見つかって京都の魔術師をおびき寄せます!」
妖術師の殲滅を目的として、大百足を私たちの元に送り出したのは京都の魔術師では無い。 もし京都の魔術師が大百足を使役しているのなら、大百足から微かに魔力の残穢が検出されるはずだ。
だが、大百足からその残穢は感じられない。不明の偽・魔術師の魔力は感じるが、それ以外に重要そうなモノは何も無い。
「京都の魔術師じゃないなら、一体誰が私たちの所に大百足を……?」
でこぼことした山道を晃弘と共に駆け抜け、木々の暗闇から飛び出る妖を晃弘が『双縄猟銃』で吹き飛ばす。
県境まで残り数十メートル。京都の魔術師は大百足を使役していない為、自身の縄張りを荒らした大百足を粛清しようと行動を開始するだろう。
妖を殺せるのは妖術師と、対の存在である純正の魔術師のみ。私たちと偽・魔術師の力では手も足も出ない。
そのためには急いで目的地へと………、
「―――なんだ?大百足の動きが止まっ
「………っ全員、回避行動!!」
刹那、大百足の周囲からバチバチと音を立てて雷が発生する。それは少しづつ広がって行き、数秒後には走っている私たちの所にまで到達した。
考えて走る事に集中し過ぎて、大百足の攻撃を予測出来なかった。いやそれ以前に、大百足は一度もこの技を使っていない。未知の攻撃、例え予測が出来ても避けるのは不可能。
「―――っががあああぁ!!」
雷鳴が空気を切り裂き、大百足を討伐せんと躍起になっている術師三人をその雷で断罪した。
皮膚が焼ける様な痛み、体の内側がかき混ぜられる感覚を数秒間味わいながら、私はその場で膝を着いた。
「………けほっ……これが龍族を迫害した実力を持ち、妖の上位に上り詰めた『大百足』。やはり、一筋縄では行かないな」
先程の雷をただの人間が喰らえば間違いなく即死していただろう。
だが生憎、私は錬金術師だ。 雷が私と接触するタイミングを見計らい、『七つの罪源』の『gula』を起動。
例え人肌に触れ、体内に電気が駆け巡ったとしても生存出来る程度まで雷を吸収し、ガントレットの燃料へと変換する。
「………微量の放射線まで吸ってしまったが、ガントレットに故障も無く、動作も正常。まさかあの一瞬で大百足の攻撃を回避出来るとは、ね」
ほんの少しだけ火傷を負った皮膚を眺めた後、想像系統偽・魔術師と晃弘のいた方向に目を向ける。
私は寸前で最小限のダメージに抑えたが、自衛の手段を持たない二人は雷が直撃したはずだ。”死”、とまでは行かないだろうが、相当な負傷をしていてもおかしくない。
今すぐにでも二人の安否を確認しに行きたい所だが、
「………偽・魔術師の気配が遠くなって行く、京都の魔術師に伝達が完了した合図で間違いない」
大百足の誘導は私の仕事。誘導役が居ないとなれば、予期せぬ場所で大百足と京都の魔術師の戦いが巻き起こり、余計な犠牲者を出すかもしれない。
「―――こっちだ、大百足!」
私を置いて移動を始める大百足の胴体を凄まじい速度で駆け抜け、再び大百足を指定の位置まで誘導を開始する。
あと少し、もう少し耐えて突き進めば希望はある。その先に勝ち筋が見えるはずだ。
遂に私は木々を抜け、大百足を迎え撃つ程の空間がある場所まで到着した。田んぼや畑が広がる土地にポツポツと民家が建っている。
あとはこの地に京都の魔術師が現れるのを待ち、大百足を討伐するだけなのだが。果たして上手くいくのか………。
意識が外れたコンマ数秒、大百足は甲高い鳴き声をあげて水面を揺らす。甲殻から先程目にした雷とは全く違う色、赤黒く光る稲妻が田んぼの水と空気中の水分を伝達して広がって行く。
「―――『gula』!!」
『七つの罪源』を起動した後、脳内に思い浮かんだたった一つの言葉が私の回避行動を阻害する。
“もう間に合わない”。文字通りこの雷は一度受けたモノとは根本的に違い、受けた相手を確実に殺す悪魔の稲妻。まさに必殺の攻撃。
「………死に損なった私を神は許さず、断罪のチャンスを与えた。それがただ今この瞬間だったというだけさ」
大百足に伝わるはずのない、誰にも聞こえないセリフを吐き捨て、私は『gula』を解除した。
そのまま雷は私の肉と骨を断ち、皮膚を食いちぎる様に裂いた。全身から出血した肉体は形を保てず、私だったモノは肉塊へと変貌する。
不思議と痛みは無い、昔から死を受け入れる用意は済んでいた。
既に腕と呼べない何かを天に掲げ、私を救い友として共に戦った彼の名前を告げる。
「―――よ……妖術師……」
「悪ぃがデカブツとの戦闘は出来ねぇ、何せこの俺は影で作った虚像だ。惣一郎さんを回復させるだけで手一杯って訳」
顔も輪郭も無い真っ黒な影が、私の体に指一本だけ触れた。その影に熱や感触は存在せず、唯一内側に広がる感覚があったのは、指先から零れ落ちる “光” だけだった。
その “光” は私の五臓六腑に行き渡り、傷ついた箇所が次第に再生を始める。
「本当は妖力を持つ相手にしか使えない術なんだが………なぁ、惣一郎さん。あんたの死に場所はまだここじゃない」
“光” に込められていたのは再生の力だけではなく、妖術師である彼の切実な『生きて欲しい』という願いも篭っていた。
全く妖術師は、彼は一体何時何処でこんな小技を覚えたのだろうか。こんな所が、彼の父である八重垣さんと重なって見えて仕方がない。
―――生きろ、と言われたのだ。私の仕事はまだ終わらせないと、妖術師はそう言った。特殊対魔術師殲滅組織『Saofa』の元代表として、願われたのならば遂行せねばならない。
「―――あ”あ”がぁあああ!!」
まだ完全に再生しきっていない体を起こし、『七つの罪源』を再起動させる。 動力源に扱っていた妖力を解放し、私の体内へと流し込む。
心臓を起点として施された治癒の術に倍の妖力を流し、その効果を最大限に引き出す。そうする事により、再生の速度が増して片膝着けるまでに回復することに成功した。
「君はまだ私に、生きろと言うのかい。君に黙って偽・魔術師と手を組み、 組織を捨てたこの私を」
「………んな事、とっくのとうに知ってた。それに偽・魔術師に協力を求めてたのは俺の為だろ?なら攻める理由は無い」
大百足は絶えず雷を放出し続け、周囲の民家諸共破壊活動を行っている。私が復活したことに気付いている様子は無く、背を向けて雄叫びをあげている。
「―――役目は終えた。過去の俺に、託したぞ」
妖術師の影はポツリと呟いて、まるで最初からその場に居なかったかのように姿を消した。
最後のセリフに多少の違和感を抱いたが、数秒後には影が言い残したセリフが何だったのか、私は完全に忘れてしまった。
それでも、あの影の残した奇跡だけは、私の心臓を動かし続けている。
「………君のそう言う所が、父親に似ているのだろうね」