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ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
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夜風が少し冷たい。
外に出た瞬間、酒と熱が一気に引いていく。
「……はぁ」
チャンスは小さく息を吐く。
ポケットに手を突っ込み、コインを取り出す。
軽く弾く。
カラン、と夜の中で乾いた音が響く。
(……つまんねぇ)
いつもなら、この時間が一番楽しいはずだった。
勝負の後、余韻に浸りながら
次の刺激を探す。
だが今日は違う。
コインをキャッチする。
開く。
結果を見る気にもならない。
そのまま握り潰すようにポケットに戻す。
(決着、ついてねぇしな)
ただの中断。
それだけのはずなのに——
無意識に、首元に触れる。
「……」
指先に触れる、わずかな違和感。
皮膚の表面に残る、かすかな痛み。
親指でなぞる。
少しだけ、ひりつく。
(……マジでやりやがった)
思い出す。
あの距離。
あの温度。
噛まれた瞬間の、わずかな衝撃。
「は」
小さく笑う。
呆れたような、でもどこか楽しそうな。
「マーキングとか、ガキかよ」
吐き捨てるように言う。
だが——
指が離れない。
もう一度、触れる。
なぞる。
確かめるみたいに。
(……残ってるな)
強く噛まれたわけじゃない。
だが、確実に“跡”として残る程度には、意図があった。
ただの衝動じゃない。
あれは——
(あいつ、分かってやってる)
チャンスの目がわずかに細くなる。
歩き出す。
自分の拠点へ向かう道。
だが思考はずっとそこに残っている。
「……」
もう一度、触れる。
今度は少し強く押す。
わずかな痛み。
それが、妙にリアルで。
(……面白ぇな)
口元が歪む。
「勝手に印つけて満足してんじゃねぇよ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
足取りは軽くない。
だが重くもない。
ただ、妙に落ち着かない。
拠点に着く。
扉を開ける。
静かな室内。
明かりをつける。
いつもの場所。
いつもの空間。
ソファに体を沈める。
天井を見上げる。
「……」
静寂。
本来なら、退屈な時間。
だが今日は違う。
退屈になる前に——
思い出してしまう。
指がまた、首へ。
無意識。
もう何度目か分からない。
「……チッ」
舌打ち。
だが、止めない。
鏡の方へ視線を向ける。
少しだけ体を起こす。
立ち上がる。
そのまま鏡の前へ。
襟を軽くずらす。
「……」
うっすらと残る歯型。
完全じゃない。
だが、確実に分かる。
そこに“触れられた証拠”。
「……は」
笑う。
今度は、はっきりと。
「やっぱ気に食わねぇな」
指でなぞる。
ゆっくり。
「俺のもんに勝手に印つけんなよ」
その言葉は、半分冗談で
半分——本音。
一瞬、沈黙。
そして
「……いや」
小さく首を傾ける。
「別に、いいか」
そう言いながらも、
指はまだそこにある。
完全には離れない。
(どうせ、消える)
数日もすれば。
跡なんて、簡単に消える。
いつも通り。
何もなかったみたいに。
なのに——
(消える前に、もう一回くらい)
思考が止まる。
自分で、自分の考えに気づく。
「……は?」
小さく声が漏れる。
眉をひそめる。
「何考えてんだ、俺」
ありえない。
同じことを、もう一度?
しかも自分から?
「……」
沈黙。
だが——
否定しきれない。
さっきの感覚。
あの一瞬の“読めなさ”。
あれは、確かに——
「……退屈しねぇな、あいつ」
ぽつりと落ちる。
ソファに戻る。
今度は深く沈み込む。
目を閉じる。
だが眠れない。
代わりに浮かぶのは、
あの距離、あの視線、あの噛み跡。
そして——
「次会ったら」
小さく呟く。
目を開ける。
その目は、完全に冴えている。
「ちゃんと終わらせる」