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退院の日。晴れているのに、どこか風が冷たかった。
病院のエントランスに立っても、灯はしばらく動けなかった。
ここで出会って、ここで別れた。
笑った日も、泣いた夜も、全部ここに残っている。
でも、行かなきゃいけない。
行くと約束した。
彼の……晶哉と。
ポケットの中には、小さく折りたたまれた紙が入っている。
晶哉が書いた、“行きたい場所リスト”。
・海
・夜の観覧車
・灯台の丘
・映画館(恋愛もの)
・季節の花畑(春がいい)
どれも“2人で”行く予定だった場所。
でも、今は灯ひとりで、その場所に向かう。
いや、1人じゃない。
この胸には、晶哉の心臓が鼓動している。
彼は今も生きている。
確かに、灯の中で。
最初に向かったのは、海だった。
病院の近く、よく一緒に眺めていたあの海岸。
潮の香り。
風の音。
すべてが懐かしく、でも、どこか新しく感じられた。
波打ち際に立って、そっとつぶやいた。
「見えてる? 晶哉……来たよ。ちゃんと、ここに立ってるよ」
その瞬間、強く風が吹いた。
まるで、彼の答えのように。
「海てね、青くて広いだけじゃないんだ。遠く遠くまで続いてるの、まるで’命’のように。」
また、強く風が吹いた。
本当に、晶哉が答えてくれるかのように。
次に向かったのは、映画館。
選んだのは、恋愛映画だった。
内容はほとんど頭に入ってこなかった。
だけど、劇中のセリフがふと、心に引っかかった。
【あなたがいなくても、あなたといた時間は、私の中で生きてる】
ふいに涙が溢れて、慌てて拭った。
暗闇に紛れて、誰にも見られていないのが救いだった。
終わったあと、劇場の出口で見つけた小さな掲示板。
そこに貼られた手書きのメッセージが、目に留まった。
【大切な人へ。もしもあなたがこれを見つけたら、ちゃんと笑って。君の笑顔が、僕の生きた証になるから。】-T.M
灯は立ち尽くした。
それは、まるで晶哉からのメッセージのように思えた。
その夜、灯はホテルのベッドで、心臓に手を当てた。
トクン、トクン……静かに、でも力強く鳴っている。
「晶哉の鼓動、ちゃんと届いてるよ。明日は、灯台の丘に行くね」
灯は目を閉じた。
孤独じゃない。
もう、決して1人じゃない。
ずっと傍に晶哉がいるから……。