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俺は阿部ちゃんに、幼稚園から高校に入学した日までの俺と涼太のことを話した。
相槌を打ったり、驚いたり、くるくると変わる百面相で俺の話を聞きながら、阿部ちゃんは口元を両手で押さえて、何度も「素敵…っ!」と言っていた。
なんだか阿部ちゃんが、少女漫画にときめく女子高生のように見えてきて、俺は本当に疲れているのかもしれないと、二、三度目を擦った。しかし、それは錯覚でもなんでもなかったようで、何度目を擦っても俺の目の前には、先ほどと全く同じように目を輝かせる阿部ちゃんがいた。
「こんもんだったと思うよ。涼太から聞いた話とそんな変わんないでしょ?」
「いえいえ!とっても素敵です!尊いです!!ひゃぁあ…だって、それって、渡辺さん、オーナーが初恋の人ってことじゃないですか!!それで、今もこうして一緒にいるなんて、、そんなの最高すぎる…っ!!」
「んまぁ…初恋ってのは、まぁそうなんだけど……阿部ちゃん大丈夫?」
阿部ちゃんは、先程まで口元を覆っていた両手を顔、肩、腕、いろんな場所に移動させながら押さえ続け、上半身をのたうち回らせていた。
こんなに荒れている阿部ちゃんを、俺は今までに見たことがない。様子のおかしい阿部ちゃんを心配する気持ちはあったが、これはこれで元気そうなので気にするだけ無駄な気もした。
音に反応してこういう動きをするおもちゃが、外国の雑貨を多く取り扱っているアンテナショップに売っていたなぁ、なんてどうでもいいことを考えながら、阿部ちゃんのコミカルな動きを見ていた。
「思い出話は落ち着いた?そろそろご飯にしようか」
後ろから涼太の楽しそうな声が聞こえてきて、振り返ると、トレーいっぱいにご飯を乗せて運んできてくれていた。
「いつもありがと。めっちゃ腹減った。まだある?運ぶの手伝うよ」
「ううん、これでおしまい。ありがとね。」
「はぁぁあ〜っ、…夫婦みたい…、すてき…」
俺たちからしたら日常的に交わしているこのやりとりを、阿部ちゃんはなんだか宝物を見るような目で見ていて、正直かなり恥ずかしい。
相手が佐久間やふっかなら、からかうなと思いきり怒ることができるのだが、相手が阿部ちゃんとなると、どうにも強くは言えないし、阿部ちゃん自身全く悪意もなさそうなので、調子が狂ってしまう。
一方、涼太は阿部ちゃんの様子をそこまで気に留めてはいないようだった。
それなら俺もいちいち気にしていても仕方ないか、と阿部ちゃんの反応については、ここから先は普通のことなんだと思うことにして、涼太が作ってくれたご飯をいただこうと箸を掴んだ 。
「んんん〜…っ!!おぃひぃ…」
阿部ちゃんは、ハンバーグを一口食べながら、語尾にハートマークがつきそうなほどに溶けた声を出した。幸せそうに目を細め、右頬に手を添えている。
あざといのか、天然でやっているのか、どっちなのかはわからないが、こういう可愛くて守ってあげたくなるようなタイプ、めめ好きそうだよな、なんて思いながら、ご飯を一口頬張った。
「いつもそうやって美味しそうに食べてくれるから、本当に作り甲斐があるよ。」
「本当に美味しいんですもん!俺もこんな風に作れるように頑張ろう…!」
「ふふ、いつでも練習しにおいで?」
「わぁっ!ありがとうございます!」
「花嫁修行しないとね?」
「はなっ…!?そ、そういうつもりではなかったんですが…」
「ん?でも、目黒さんと一緒に食べられたら幸せでしょ?」
…始まった。
涼太は時折、こうして無意識に人をからかう。涼太としては、そこに全くもって悪気は無く、これは涼太の羞恥心というセンサーがかなり鈍いことに起因するのだが、相手からしたらたまったものではないだろう。
恥ずかしくて居た堪れなくなることも、照れ臭くて全部は伝えられないことも、涼太は全部口に出してしまうので、決まって相手は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そして阿部ちゃんも今、顔を通り越して耳と首まで真っ赤に染めて下を向いてしまっている状態だ。
また、それは同時に逆の場合も然りで、基本的に涼太は自分の気持ちを誰にでもストレートに伝える。隠すということをしない。
そういうモードに入った時の涼太は危険だ。頬杖をついて首を傾け、上目で相手を見つめながら微笑む。それはどこか挑戦的で、なんとも蠱惑的に見えるのだが、何よりも第一に、その顔がとんでもなく可愛い。これまでも、涼太のその表情に射抜かれて、自分に気があるのかと勘違いをする奴が後を絶たなかった。そいつらを追い払うことに、だいぶ苦労した記憶が脳裏を掠める。
そして俺自身、幾度となく涼太のその無自覚の可愛さに心を打ち抜かれ、涼太のからかいの餌食になり、その度に何度も何度も頭を抱えてきた。
俺は、じわじわと涼太に追い詰められて、あたふたする阿部ちゃんに声をかけた。
「阿部ちゃん、間に受けないでいいからね。涼太いつもこうだから。」
「いつも、ですか?」
「俺も今まで散々揶揄われてきたから」
「俺がいつも意地悪な人みたいに言わないでよー」
「本当のことでしょ?あの日もそうだったじゃん」
「え、俺何かしたっけ?」
「阿部ちゃん聞きたい? 」
「っ!!聞きたいです!!」
俺は、阿部ちゃんに「入学式のあとにね…」と話し始めながら、付け合わせのほうれん草のバターソテーを頬張った。
高校の入学式を早々に更けてしまった俺たちは、もうとっくに下校の時間になっていたことにも気付かずに、ずっと屋上で二人抱き締め合っていた。
涼太が落ち着くのを待ってから下に降りると、俺たちのクラスがある階には、全くと言っていい程に人の気配がなかった。授業が始まるのは明日からだったなと思い起こして、がらんとした教室に鞄を取りに行き、俺は涼太と一緒に帰った。家まで道のりを二人だけで歩いて帰るのは、意外にもこれが初めてだった。
涼太はずっと俺の制服の裾を掴んでいた。それは、もうどこにも行くなと言われているようで、涼太のその無言の執着に心が疼いた。
ふと、ぐいっと裾を引っ張られる。後ろを振り返ると、涼太が立ち止まっていた。
「どうした?」と聞くと、涼太は「うち、来て」とそれだけ言って、裾を掴んだまま俺を引っ張って歩いて行った。
三年ぶりに涼太の部屋に上がった。
最後に見た景色と、なにも変わっていない家具やカーテンの色に懐かしさを覚える。
個人的には、ここで最後にやらかした自分の痴態も、一緒に蘇ってきて大分気まずいのだが、涼太はそんなことはお構いなしに、俺の目の前に座った。
俺は何を言われるのかと内心ヒヤヒヤしながら、涼太が話し始めるのを待った。
涼太は何度か思案するような様子を見せたかと思うと、唐突に口を開いた。
「今までどこに行ってたの。どうして連絡くれなかったの。」
そう訴える涼太の瞳は不安げに揺れていて、俺の胸はどうしようも無く掻き乱された。
こんな顔させたくなかった。しかし、全てを話すことは、まだできない。まだダメなんだ。
でもその気持ちと同じくらい、はぐらかしたくなくもなかった。そんなことをしたら、涼太は俺から離れて行ってしまうんじゃないかって、そんな気がした。
俺は、一つ一つ、慎重に言葉を選びながら伝えた。
「…俺、夢がある。絶対叶えたいものなの。」
「ちょうど、涼太と最後に会った日に、その道に進むためのチャンスをもらったんだ。それからはずっとそれを叶えるために生きてた。」
「ずっと会えなかったのは、そのせい。」
「ずっと連絡返さなかったのは、本当にごめん。あの日、涼太に酷いことしたって思ったら、後からどんどん怖くなった。嫌われたかもしれないって思って、逃げた。ごめん。自分勝手で。」
涼太はずっと相槌を打ってくれていた。
俺の話を遮ることもせず、ただただ、聞いてくれていた。
こういう時に思う。涼太はいつでも、底抜けに優しくて、俺はいつもそれに甘えてばかりだと。
こんな曖昧な言い方で、納得してくれと言われたって難しい話だろうに、怒ることも、取り合わないということもせず、じっと耳を傾けてくれた。
今、俺をまっすぐに見つめてくれているこいつに、俺がしてあげられることって、なんなんだろう。
今の俺には、きっと、不確かな未来と、守れるかどうかもわからない約束しか渡せるものがない。確実なものなんて、今この場所には何一つとして無いなんて、そんなの、あまりにも酷い。あるのはずっと揺るがない俺の気持ちだけだ。 しかし、気休めにしかならないとしても、それでも伝えたかった。
涼太は、許してくれるだろうか。受け入れてくれるだろうか。
たんぽぽを渡したあの日のように、俺の言葉と気持ちを受け取ってくれるだろうか。
「涼太、今はまだ全部言えないけど、でも俺、絶対に迎えに行くから。俺の中で納得のいく俺になった時、必ず涼太を幸せにするから。だから、待ってて欲しい。」
好きだとも伝えていないのに、「待っててくれ」だなんて、おかしくて身勝手だと我ながら思う。
そもそも、涼太が俺のことを好きなのかもわからないのに。
独り歩きしているガキの頃からの強い気持ちが、ずっと涼太を苦しめてるのかもしれないと怖くなっても、止められなくて、口から溢れ出した。
しばらくの間、涼太は何も言わなかった。
テーブルを挟んで向かい合いに座った俺たちを、静寂が包み込んだ。
涼太は目を伏せて、何かを考えていると言った様子だったが、自分の中で言葉を見つけると、またまっすぐに俺の目を見て、口を開いた。
「俺が、翔太のこと嫌いになるわけないでしょ?それに、翔太がこれまで大変だったんだって、頑張ってきたんだってことは、今の翔太を見ればちゃんとわかるよ。今は伝えられないっていうなら、それでもいい。翔太が言えるようになるまで待ってるから。でも、応援くらいはさせてよ。」
涼太はどうしてこんなにも優しいんだろう。
今まで俺が何をしていたのか、どこにいたのか、何一つはっきりとは伝えられなくても、これまでの俺を全て知ってくれていたかのように認めてくれた。
輝く目と、熱狂的な歓声に包まれるあのステージの隅っこで、誰も俺のことなんて見ていないのに必死に踊る俺を、涼太だけがずっと見ていてくれたかのように「頑張った」と言ってくれることが、この上なく嬉しかった。目頭が燃えるように熱かった。
あんなに寂しそうな顔をしていた涼太のそばにいることが、今の俺にできる最高で最低の、せめてもの罪滅ぼしだというのに、これからも当分は、それすらしてあげられない。
それでも、今度はちゃんと涼太に伝えなければならない。悲しませてしまうとしても、怒らせてしまうとしても、ちゃんと言わなければいけない。
俺は、拳をぐっと握り締め、意を決して伝えた。
「涼太、ごめん。明日からもまた会えなくなる。今日は入学式だったから無理言ってこっちに来られたけど、また明日からそっちの方に行かないといけないんだ。」
「翔太がどうしても叶えたいことなんでしょ?なら、謝らないで。応援してるから。」
「ありがとう。ほんとにありがとう。」
「でも、連絡だけはするって約束して?」
「ご、ごめん…今日からはちゃんとそうする……。」
「うん、ありがとう。未来の俺を大切に思ってくれるのは、すごく嬉しいんだけどね…?」
涼太は目の前のテーブルに肘を付き、手のひらに頬を乗せて首を傾げる。
上目で俺を見つめて、ふわっと目を細める。
「今の俺のことも大事にして欲しいな。ほんとは、翔太がそばにいてくれないと寂しいんだから。…一緒にいられない時間も、俺がよそ見なんてできないように、ちゃんと捕まえててね?」
そう言って、涼太は無自覚に人を惑わせる仕草でにっこりと微笑んだ。
俺はこの日初めて、涼太の魔性に頭を抱えた。そして、涼太が少しでも俺を見ていてくれているうちは、絶対によそ見なんてさせてはいけないと、固く肝に銘じた。
コメント
2件
魔性の舘様だぁ❤️❤️阿部ちゃんに負けずじとあざといです❤️❤️❤️‼️
魅惑の舘様だぁーー🫣💙❤️