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#松田陣平
千導 渉
610
【第四話:一瞬の躊躇、残された違和感】
「レディース・アンド・ジェントルメン! 今夜のショーはこれにて幕引きです!」
月明かりが降り注ぐビルの屋上。怪盗キッド――黒羽快斗は、手に入れた宝石を掲げ、集まった警察官たちに向けていつものキザな笑みを浮かべていた。
すでに退路は確保してある。あとはいつものように、トランプ銃で足止めをし、閃光弾で目眩ましをして、ハンググライダーで夜空へ溶けるだけ。
快斗は余裕を崩さないまま、懐からトランプ銃を取り出し、追手の先頭へと狙いを定めた。
――だが、その照準の先に飛び込んできた「顔」を見た瞬間、快斗の指先が凍りついた。
黒いスーツに、少し乱れた黒髪。そして、サングラスの奥にある鋭い眼光。
(……松田、の兄貴……!?)
心臓が跳ね上がった。
頭では分かっていたはずだった。あのニュースの後、彼が自分を追ってくる可能性はあると。
しかし、いざ目の前にその姿を捉えたとき、快斗の胸に去来したのは、かつて自分を救ってくれたあの広い背中と、観覧車から引きずり下ろしたときの必死な記憶だった。
(ダメだ。この人に……この人にだけは、銃口なんて向けられない。たとえ偽物のトランプ銃でも、驚かせたり、傷つけるような真似は絶対に――)
いつもならコンマ数秒で繰り出されるはずのマジックの攻撃が、完全に霧散する。
キッドの動きが、一瞬だけ不自然に、ピタリと止まった。
「――キッド!!」
松田の鋭い声が屋上に響く。その距離、わずか数メートル。
ハッと我に返った快斗は、攻撃を完全に諦め、トランプ銃を懐に押し戻すと、そのまま力任せに屋上のフェンスを飛び越えた。
「おい、待ちやがれっ!」
松田がフェンスに駆け寄り、夜空を見上げる。
白いハンググライダーはすでに風を捉えていたが、いつものような華麗な煙幕も、警察を嘲笑うようなセリフも一切なく、まるで何かから必死に逃げるように、ただ急いで闇の向こうへと消えていった。
「……チッ、逃げられたか」
松田は舌打ちをし、フェンスを叩いた。
だが、その表情は獲物を逃した悔しさよりも、深い戸惑いに満ちていた。
「どうした、松田」
後から追いついてきた降谷零が、息を整えながら松田の隣に並ぶ。降谷の目もまた、去り行く白い翼をじっと見つめていた。
「いや……なぁ、ゼロ。お前も違和感を覚えたか?」
「ああ。妙だったな」
降谷は顎に手を当て、鋭い目を細める。
「事前に調べたキッドの行動パターンなら、あそこで僕たちを足止めするための『仕掛け』を使ってくるはずだ。現に、奴は一度懐に手をやった。攻撃する意図は確実にあったはずだ」
「なのに、奴はそれをやめた。……まるで、何かを躊躇ったみたいに」
松田は自分の胸のあたりをギチッと掴んだ。
キッドと目が合った、あの一瞬。
モノクルの奥にあるキッドの瞳が、驚きと、そしてどこか「身内を気遣うような切なさ」を孕んで揺れたのを、松田は見逃さなかった。
「……あの野郎、俺の顔を見て動きを止めやがった」
「君の顔を? 公安のデータにもない君の顔を、なぜ国際犯罪者が知っているんだ?」
降谷の言葉に、松田は答えられなかった。
脳裏をよぎるのは、やはり3年前のあの観覧車の夜。自分を救い、閃光弾の中に消えた「あの生意気な中学生」の影。
(あのガキが……まさか、本当にキッドなのか? いや、だが、だとしたらなんで今夜、俺を見て攻撃をやめた……?)
「泥棒のくせに、警察に情でも移ったってのかよ……バカ言え」
松田はぽつりと呟き、ポケットから煙草を取り出そうとして、手を止めた。
残された奇妙な違和感。
キッドが隠した「優しさ」が、逆に鋭すぎる二人の警察官の導火線に火をつけてしまったことに、逃げ切った快斗はまだ気づいていなかった。
コメント
2件
命の恩人には、例え仕掛けであっても銃向けられない怪盗キッド、優しい…!
おお、第4話も熱かった……!キッドが松田の顔見て一瞬動き止めるシーン、めっちゃグッときたわ。あの「観覧車の夜」がちゃんと繋がってる感じがたまらん。普段の余裕あるキッドが「この人にだけは銃口向けられない」って人間味出してるところ、好きすぎる。ラストの「優しさが逆に火をつけた」ってのも皮肉効いてて痺れた。続き、早く読みたい🔥