テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#Paycheck
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
キッチンに、小さく生地を叩く音が響く。
エリオットは黙々と手を動かしていた。
粉だらけの手で、生地を押して、折って、また押す。
さっきまでの空気なんてなかったみたいに、
完全に仕事モード。
——のはずなのに。
背後に、気配がある。
分かってる。
振り向かないだけ。
一回、軽く息を吐いてから。
「……まだ我慢してる?」
何気ない声で言う。
手は止めないまま。
次の瞬間、
後ろから、ぐっと腕を回される。
ぴたりと背中に体温が重なる。
「……してねえよ」
低い声が、すぐ耳元に落ちる。
エリオットの肩が、ほんの少しだけ揺れる。
でも、振り向けない。
両手は粉だらけで、生地を触ってる。
完全に、無防備。
「へえ」
少しだけ口角を上げる。
「じゃあこれ、ただの気まぐれ?」
チャンスの腕が、少しだけ強くなる。
逃がさないみたいに。
エリオットはそれを感じながら、生地を押す手を止めない。
「ねえ」
わざと落ち着いた声で続ける。
「さっき“覚えてろ”って言ってたのに」
軽く笑う。
「ずいぶん大人しいじゃん」
挑発。
完全に分かっててやってる。
チャンスの呼吸が、わずかに近くなる。
そのまま——
エリオットの首元に、そっと唇が触れる。
一瞬だけ。
でも、はっきり分かる温度。
エリオットの手が、ぴたりと止まる。
生地を押したまま。
動かない。
「……っ」
小さく息が漏れる。
でもすぐに、整える。
「……それで?」
あえて平然とした声を出す。
「それで満足?」
チャンスは何も言わない。
代わりに、もう一度。
今度は少し長く、首筋に触れる。
エリオットの肩が、わずかに強張る。
でも——逃げない。
逃げられない。
手が使えないから。
その状況が、余計に熱を上げる。
「……ずる」
ぽつり、と漏れる。
チャンスがわずかに動きを止める。
エリオットはそのまま続ける。
「こっち何もできないの分かっててやってるでしょ」
責めてるみたいな言い方。
でも、声はどこか甘い。
チャンスの腕が、さらにきつくなる。
「お前が言ったんだろ」
低く返す。
「我慢すんなって」
エリオットは一瞬黙って——
くすっと笑う。
「……あーあ」
わざとらしくため息。
「ちゃんと来るんだ」
少しだけ首を傾ける。
触れやすくするみたいに。
無意識なのか、わざとなのか分からない動き。
「じゃあさ」
声を少し落とす。
「最後までやりなよ」
挑発。
完全に火に油。
チャンスの手が、エリオットの腰に触れる。
ぐっと引き寄せる。
生地と台の間に、軽く押し付けられる形になる。
エリオットの呼吸が、一瞬乱れる。
でも——
笑う。
「……ほんと、容赦ないね」
小さく呟く。
「でもさ」
視線だけで、横目にチャンスを捉える。
「それくらいの方がいい」
完全に受け入れてる言葉。
でも次の瞬間、
わざと生地を強めに叩く。
パン、と音が響く。
「——ほら」
少しだけ息を整えてから、
あえて軽い声で言う。
「生地、ダメになるよ」
現実に引き戻す一言。
でも距離はそのまま。
チャンスは離れない。
エリオットも、振り向かない。
ただ、そのまま——
微妙に触れたままの距離で、
どっちも引かない。