テラーノベル
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ゆゆゆゆ
キッチンに、小さく生地を叩く音が響く。
エリオットは黙々と手を動かしていた。
粉だらけの手で、生地を押して、折って、また押す。
さっきまでの空気なんてなかったみたいに、
完全に仕事モード。
——のはずなのに。
背後に、気配がある。
分かってる。
振り向かないだけ。
一回、軽く息を吐いてから。
「……まだ我慢してる?」
何気ない声で言う。
手は止めないまま。
次の瞬間、
後ろから、ぐっと腕を回される。
ぴたりと背中に体温が重なる。
「……してねえよ」
低い声が、すぐ耳元に落ちる。
エリオットの肩が、ほんの少しだけ揺れる。
でも、振り向けない。
両手は粉だらけで、生地を触ってる。
完全に、無防備。
「へえ」
少しだけ口角を上げる。
「じゃあこれ、ただの気まぐれ?」
チャンスの腕が、少しだけ強くなる。
逃がさないみたいに。
エリオットはそれを感じながら、生地を押す手を止めない。
「ねえ」
わざと落ち着いた声で続ける。
「さっき“覚えてろ”って言ってたのに」
軽く笑う。
「ずいぶん大人しいじゃん」
挑発。
完全に分かっててやってる。
チャンスの呼吸が、わずかに近くなる。
そのまま——
エリオットの首元に、そっと唇が触れる。
一瞬だけ。
でも、はっきり分かる温度。
エリオットの手が、ぴたりと止まる。
生地を押したまま。
動かない。
「……っ」
小さく息が漏れる。
でもすぐに、整える。
「……それで?」
あえて平然とした声を出す。
「それで満足?」
チャンスは何も言わない。
代わりに、もう一度。
今度は少し長く、首筋に触れる。
エリオットの肩が、わずかに強張る。
でも——逃げない。
逃げられない。
手が使えないから。
その状況が、余計に熱を上げる。
「……ずる」
ぽつり、と漏れる。
チャンスがわずかに動きを止める。
エリオットはそのまま続ける。
「こっち何もできないの分かっててやってるでしょ」
責めてるみたいな言い方。
でも、声はどこか甘い。
チャンスの腕が、さらにきつくなる。
「お前が言ったんだろ」
低く返す。
「我慢すんなって」
エリオットは一瞬黙って——
くすっと笑う。
「……あーあ」
わざとらしくため息。
「ちゃんと来るんだ」
少しだけ首を傾ける。
触れやすくするみたいに。
無意識なのか、わざとなのか分からない動き。
「じゃあさ」
声を少し落とす。
「最後までやりなよ」
挑発。
完全に火に油。
チャンスの手が、エリオットの腰に触れる。
ぐっと引き寄せる。
生地と台の間に、軽く押し付けられる形になる。
エリオットの呼吸が、一瞬乱れる。
でも——
笑う。
「……ほんと、容赦ないね」
小さく呟く。
「でもさ」
視線だけで、横目にチャンスを捉える。
「それくらいの方がいい」
完全に受け入れてる言葉。
でも次の瞬間、
わざと生地を強めに叩く。
パン、と音が響く。
「——ほら」
少しだけ息を整えてから、
あえて軽い声で言う。
「生地、ダメになるよ」
現実に引き戻す一言。
でも距離はそのまま。
チャンスは離れない。
エリオットも、振り向かない。
ただ、そのまま——
微妙に触れたままの距離で、
どっちも引かない。
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