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『夢と過去と』
僕の家。裕也と千春と結恵もいる。よく晴れた、静かな日。
目の前には、父さんと母さんが写った一枚の写真。
「本当に亡くなったんだな。昨日、会ったばかりなのに」
「あぁ、救急車が来た時には手遅れだったらしい」
僕の意識に関係なく、裕也との会話は続いた。僕が話そうと思うこととは違うことを僕は話していた。
夢か?
ほぼ間違いない。これは父さんと母さんが死んだ次の日、四人で小さな葬式をした時。
「おまえさ、……」
えっ!?
「……」
聞こえない、何て言ってるんだ!? そんな僕の想いとは関係なく、聞こえない会話は進んでいた。そして景色はゆっくり光に包まれていく。
『一年の記憶』
――どのくらい時間が過ぎただろう。
暗い世界に一筋の光が入り込む。そしてゆっくりと、暗黒の世界は見覚えのある鮮やかな世界へと移っていった。
まだ頭はぼーっとしている。眠い。
朝の冷たい空気が少しずつ僕の眠気を取り除く。
いつも通りブラインドを上げ、窓をこれでもかという程まで開ける。冬の冷たい風が部屋の空気と混ざっていく。静かな朝だった。
「えっ!?」
振り返リ、確かめる。視界に入るここは、間違いなく僕の部屋。
「どうして、確か昨日は、病院で……」
そう、僕は昨日事故で父さんと母さんを亡くし、病院で寝ていたはず。
「まさか!」
慌てて時計を見た。
「!!」
声が出ない。僕の身におきた二度目の信じられないできごとを、受け止めきれなかった。
「に、2004年12月22日」
あの日だった。僕が父さんと母さんが死ぬ日に行く前の日、学園で終業式があった、あの日だった。
「そ、そんなことが……」
それは突然だった。
「があぁっ!?」
頭痛。言葉で言うのは簡単だが、その痛みは今まで味わった痛みの中でも群を抜いていた。それほどの痛みが僕を襲っていた。
「うっ、くそっ!!」
壁を殴った。冷たく白い壁からは何も伝わってこない。
僕はその場に倒れた。
何の音だろう……。
テレビの砂嵐のような、でも少し違う。あんなにやかましくはない。少し心地いい音。雨か?
僕の視界の中に誰かいる。
三人くらい。
誰だ。……あぁ、裕也たち。
三人とも、暗い顔をしている。多分ここは、僕の家の玄関。三人が中に入る。少し歩いて、座った。父さんと、母さんの写真の前で。
僕たちは線香をあげて、手を合わせる。こんなことをしたのは、確か父さんと母さんが死んだ次の日、簡単な葬式をしたあの日だったはず。でも、何か違う。
僕が見ているそれは、まるでビデオを早送りするように速度をあげた。見覚えがあるが、どこか微妙に違う映像が流れる。季節は過ぎ、ちょうど一年分ほど情景が変化して、それは止まった。
「なんなんだ、今の……」
いつの間にか頭痛も治まっていた。そして僕は、ひとつの可能性に気付く。
『true』
「待てよ」
僕は急いで携帯電話を探す。
「あー、もう!」
なかなか出てこない。その後制服のポケットの中から携帯を取り出したのは、だいたい二、三分くらいたった時。
「黒川、黒川結恵……!!」
信じられない。携帯の画面を見ながら、思考は全部停止した。
どうやら予想は事実になったようだ。
僕は結恵と付き合うようになってから、携帯のアドレス帳の中でまわりの友達とは違うグループにした。
ところが今見たこの携帯電話のアドレス帳には、彼女は友達のグループに登録されている。つまり、
「戻ってない。進んでる」
僕がこっちに来る前なら彼女は別のグループに登録されていた。それが友達のグループに登録されているということは、彼女は僕と付き合っていないということになる。
二回目の2003年12月23日に、僕は結恵から告白されなかった。そうなるはずの時に、僕は事故に巻き込まれ、病院に運ばれたから。そのせいで、微妙に未来、正確には今日が変わったのだ。
「さっきのが記憶、か?」
それならすべての説明がつく。僕は事故にあった後、何らかの原因でそれから一年先の未来にタイムスリップした。ただ記憶があるからタイムスリップというよりは、あの事故から一年間たって、今の僕の意識というか、精神が元に戻ったといった感じだろうか。一種の記憶喪失に似たようなものにも思える。
「なんだよ、なんだっていうんだ!」
殴った白い壁は冷たく、指に痛みを感じた。
『変化・疑問・優しさ』
「陽介!」
後ろから明るい声。千春が立っていた。
「おはよう」
「あぁ、おはよう、千春」
僕らは公園に向かって歩き始めた。
「明日だね」
少し神妙な声にも聞こえた。
「ん? ……あぁ、明日でやっと18歳かぁ」
「そうじゃなくて、お父さんとお母さん」
やっぱり。
「やめてくれよ。その話は今、気分が乗らないんだ」
「そうだよね、ごめん」
僕たちは無言のまま公園に向かった。
「おぅ、陽介!」
裕也。いつもと変わった様子はない。
「……おぅ」
「おはよー」
その後、裕也と千春はなにかを話していたけど、よく覚えていない。
「おはよう」
結恵の声。
「じゃあ行くか」
裕也が言う。僕たちは学園にむけて歩き始めた。
僕を除く三人の会話は、いつもとほとんど変わらずにいた。僕はその会話に入ることをしないで、ただ歩いていた。
「陽介君?」
結恵が僕の顔をのぞき込む。
「……ん? なに?」
「なにかあったの? なんか元気ないよ」
「……別に」
それ以上結恵は真相を聞こうとはしなかった。
僕は僕で、状況を理解すること、父さんと母さんのこと、これからのことでわけがわからなくなっていた。
気がつくと、とっくに僕は教室にいて、流れる雲を特に興味があるわけでもなく眺めていた。
「おまえなんかあったのか?」
裕也が僕に尋ねる。
「あぁ、まぁな」
「そうか。後でゆっくり聞かせてくれ」
「……あぁ」
裕也はそれだけ言うといつもの居場所に自分の体を落ち着かせた。
また気がつくと体育館で終業式を終え、僕は教室にいた。特にしたいこともなかった。ただ足は、ある場所へと向かっていた。
『思い出と現実のハザマ』
重い扉をゆっくり開ける。弱く優しい日差しが僕の目を容赦なく焼く。今の僕にはあまりに明るすぎる日差しだった。
僕の頭の上に、空があった。青く、濁ることをまるで知らないとでも思わせるような空だった。
「ふぅっ」
大きく息を吐く。ここは、僕にとって、大切な思い出の場所のひとつ。
夕焼けがきれいな日だった。眩しくない夕日が、屋上にいる僕と結恵を照らしていた。
「ごめんね、急に呼んだりして」
こんな日に結恵の澄んだ声はよく似合う、とわけのわからないことを考えていた。ただ、それほどこのシチュエーションは、絵に描くようにきれいで、魅力的だった。
「いいや、大丈夫だよ」
結恵の顔が少し赤いような気がした。夕日に照らされているから、実は違うのかもしれない。
「陽介君ってよくこの場所に来るよね。どうして?」
ちょっと痛い質問だった。
「この場所が大切な場所なんだ。裕也とのね」
背中からさらに後ろの方で扉が開く音。
「やっぱりここか」
裕也だった。
「ここは好きなんだよ。一番大切な場所にそっくりだし、空がきれいに見える」
彼は僕の隣に腰を降ろした。
「物好きだな、おまえも」
風が吹いていたけど、寒くはない。冬にしては暖かい今日なら、ちょうどいい風かもしれない。
「おまえさぁ、」
裕也がゆっくりと、ひとつの言葉を噛みしめるように話す。
「変だぞ? いつもと違うっていうか、ずっと話そうとしないし」
「そうか?」
「そうさ。朝だってまともに話はしないし、教室でこっちが話しかけてもまともな返事すら返そうとしないじゃないか」
僕が答えるまでに、少し時間を要した。
「そうか、そうだな」
「なんなんだよ、おまえ! しっかりしろよ!」
裕也がいらだっているのは僕にもわかる。
「うるせぇな! ほっといてくれ!」
ついつい僕も口調が厳しくなる。僕も同じ
「ほっとけるかよ!」
裕也に胸ぐらを掴まれて、僕の体は少し浮いた。
「おまえはそれでもいいかもしれない! けど俺にとってはよくないんだよ! おまえのあんな姿は見てられねぇんだ!」
「じゃあ見なきゃいいだろ」
「そういうわけにもいかない」
裕也の口調が、ほんの少し和らいだように思えた。
「朝といい今といい、いつものおまえじゃないだろ。両親が死んで一年たって、つらいかもしれないけど……」
「いい加減にしろ!」
屋上に静かな風が吹いた。
「おまえにはわからないよ! なにも知らないのに、知った口聞くんじゃねぇ!」
僕の声が、風にのって響いた。裕也の顔は、どこか寂しい感じがした。
「あぁ、知らないな」
裕也がひどく落ち着いて見えた。
「俺はわからないよ。おまえが何で悩んでいるのか、苦しんでいるのか、全然知らない。さっき言いかけた両親のことだって当てずっぽうだ」
「じゃあ……」
「でも、それをひとりで抱え込まなくてもいいだろ? それじゃあおまえがつらいだけじゃねぇか。俺は目の前で苦しんでいる奴を見過ごすことができないんだよ。だから俺に話してくれないか? 俺にはどうすることもできなくても、少しは楽になるさ。俺はおまえがどういう理由で苦しんでいるかわからない。だから俺に教えてくれないか?」
ひとつため息をついた。
「……ったく、相変わらずだな」
「まぁな」
「わかった、話すよ。そのかわり、今から話すことに嘘はない。信じると約束してくれ」
「わかった」
僕は今まで経験したことを話し始めた。
『告白』
「なっ!?」
さすがの裕也も信じられない様子だった。
「本当なのか?」
「さっき言っただろ? 嘘じゃない」
「つまりおまえは違う時間の流れの今日から一年前のあの日に戻って、また今日に来たってことか?」
裕也は僕よりも事態の飲み込みが早い。
「おおまかに言うとそんな感じかな」
「でもおまえ、昨日もちゃんと存在したじゃないか!」
「そこなんだよ」
僕は段差に腰掛けた。
「時間の行き来をしているのは、精神っていうか、心っていうか、そういうものだけみたいなんだ。だからちゃんと存在はしている。自分が何をしたか、一年分の記憶も今日になった瞬間に頭の中に入った。自分自身でもよくわからないんだ」
「……そうか」
裕也は理解してくれたようだった。
「なぁ陽介、確か一年前に戻った日って今日だったんだよな?」
「あぁ、今日の夜遅くだったはずだな」
「もしかしたら……」
裕也は何か言いにくそうな顔をしている。
「なんだよ」
「今日また一年前に戻るんじゃないのか?」
「……!!」
そうか、確かにそうなる可能性がないわけではない。そこまでは考えていなかった。
「どうなるんだ、どうしろって言うんだよ……」
ただ時間だけが流れていた。
『微かな可能性』
「大丈夫か?」
「あぁ、とりあえずは」
裕也が声をかけ、僕は曖昧な返事をした。僕たちは学校を出て、帰りながら話を続ける。すっかり気落ちした僕を見て、裕也は、
「なぁ、思うんだけど、両親に事実を言えば事故は防げるんじゃないのか?」
「かもしれないな」
「どうして言わなかったんだ?」
そうだ。どうして僕は事故のことを両親に言わなかったのだろう。
「自分でもわからない……父さんと母さんに会えた嬉しさで頭がいっぱいだったのかも」
「じゃあ、うまくやれば助けられるかもしれない! だろ?」
裕也の言う通りかもしれない。それなら助けることもできないわけではなさそうだ。
「でもまだ前の今日みたいに一年前に戻れるかどうかもわからないし、第一、それでも助けられるかどうか」
僕はあの言葉がずっと引っかかっていた。そのせいで、わずかに見えた可能性にも喜ぶことはできなかった。
「まぁそれはそうだけど、でももし戻れたら試す価値は充分あると思う」
「そうだな。ありがとう、裕也」
「なぁに、気にするなよ。ところで、ひとつ聞きたいことがある」
裕也は一息ついて、
「陽介がこっちに来る前の俺たち四人の関係ってどんな感じなんだ? 誰か付き合ってたりするのか?」
「はぁ?」
少し不思議に思った。裕也は基本的に恋愛の話はあまり好まなくて、自分はモテる割には好きな人がいないと聞いていたからだ。
「すまん、理由を言ってなかった。俺はな、陽介。結恵ちゃんのことが前から気になってたんだ」
ものすごく意外な一言が僕の体を撃ち抜いたような感覚があった。
「おまえにも言ってなかったな、すまん。自分の中で整理がついてからおまえに相談しようと思っていたんだ」
裕也の表情は本気だった。あの裕也が、結恵のことを。
「なぁ陽介、どうなんだ?」
「それは……」
とても本当のことを親友には言えなかった。
『敬いあうふたり』
「ふーっ」
やっと裕也の拘束から逃れることができた。裕也がこれほどまで熱い男だとは、さすがに僕もわからなかった。
「本当だな!」
裕也が念を押す。
「あぁ、誰も付き合っていなかった。裕也にもチャンスはあると思うよ」
つい言ってしまった。結恵は僕のことが好きだとわかってはいた。でも……いや、こっちでもそうとは限らない。もしかしたら、結恵が僕よりも裕也のことを好きになっているかもしれない。
どっちにしろ、僕は今日で消えるはずだから、関係ない話ではあるが。いや、そうなるかもまだわからないんだ。
「……?」
僕は気付いた。家の前に誰かいる。
「やぁ、こんにちは、陽介君」
中年の警察官、松崎さんだった。
「こんにちは、松崎さん。今日はどういったご用件でしょうか?」
「いや、近くを通りかかったものでね。久しぶりに話でもしようかと思ってね」
まったく、この人には参る。いくら近くを通ったと言っても、まだ日が高い。勤務時間であることに間違いはないだろう。それにも関わらず、僕のことを心配してくれているのだ。この人は他人よりも、家族に近い感じがする。
「そうですか。外は寒いですし、中へどうぞ」
「いやいや、あんまり長居はできないんだ。この時期はちょっと忙しくてね。ここで話をさせてくれないかな?」
「構いません」
やはりこの時期は人が多く外に出るせいか、忙しいのだろう。
「元気にしていたかな?」
「はい、おかげさまで見た通り元気です」
「それはよかった」
「一人暮らしにもだいぶ慣れてきましたし、心の方も安定してると思います」
実際そうではなかった。肉親が二回も死に、しかもまだ一日もたっていないのに、精神が安定するほど僕は冷酷で強靭な心は持ち合わせていない。
「いつも思うのだが」
松崎さんのいつもの優しい表情の中に、悲しいなにかがあるように思えた。
「君は強いな。そして大人だ。両親が死んでも、大金を手に入れても自分を見失うことがない。しっかりと自分を持っている。なかなかできることではないよ」
正直照れくさかった。
「ありがとうございます。でも、一概にそういうわけでもないですよ」
松崎さんの表情は、僕の意外な言葉で驚きを隠せていなかった。
「そうなのかい?」
「はい。両親が死んだ時には自暴自棄になっていましたし、まわりから見えるほど自分自身はそんなに強くないと思います」
嘘はない。実際僕は弱かった。裕也に言われて気付いたことだって、今日あったばかりだし。
「自分が強いなんて思える人は、私はほとんどいないと思うよ」
松崎さんはいつになく真剣だった。
「私は人が強いか弱いかは、他人が決めるものだと思う。他人によって、自分は強くもなるし、弱くもなる。私にとって、君は強く見える。それだけの話なんだよ。それに、私はそういう君を尊敬している」
「えっ!?」
今度は僕が驚きを隠せなかった。
「君のように、謙虚さの中に自分を持ち、しっかりと世界を見ている人間は少ない。私は君のそういうところを尊敬しているのだよ。中年のオヤジが若者を尊敬するなんてバカな話にも聞こえるが、君ならそれも納得できる」
この時の僕の表情はどんなだっただろう。きっと見てられないに違いない。
「そうですか?」
「あぁそうさ。君は自分にもっと自信を持ってもいい。ただ君は大人すぎるから、少し人に頼ることができるようになるといいね」
「今でも十分頼ってますよ」
これにも嘘はなかった。自分を失いかけた時、僕は多くの人たちに支えられていたのだから。
「松崎さんにも、たくさん助けられました」
「私の場合は仕事だからね」
苦笑いをしながら松崎さんは言った。
「それでも松崎さんには感謝してますし、尊敬しています」
「私を?」
「はい。仕事の枠を越えて暖かく見守ってくれる松崎さんは、理想であり目標ですから」
「こりゃ参ったな」
不思議な人だ。僕とこんな話をするために、仕事中にも関わらず僕の家まで来てくれたことがいまいち納得いかなかった。それがこの人だからという結論なら、今の世の中も捨てたものじゃないと思える。
「さて、じゃあそろそろ私は仕事に戻るとするよ。頑張るんだよ」
「はい」
どこまでも大きな人の後ろ姿を、僕は見続けた。
『迫る時』
刻々と時間がすぎた。太陽は顔を赤く染め、地平線の下に沈もうとしている。
僕はというと、特になにもしなかった。正確にはなにもすることがなかった。ただぼーっとして、部屋から外を見ていた。目的なんてない。来るであろう時を、ただ待つだけだった。
いつの間にか、日は完全に姿を消した。夜が、深みを増していた。
浅い眠りから覚めて、どうしても考えずにはいられないことを僕は考えていた。
もし一年前に戻ったら、どうしようか。この先、僕は“本当の今日”に戻れるのか、この流れの中の明日はどうなるのか、いくらでも考えることはわいてきた。
気の抜けたインターホンが僕を呼んだ。立っていたのは裕也だった。
「よう」
「おう。どうした?」
「そろそろだろ? 時間」
時計に目を送る。針は11時半を過ぎていた。
「そうか、そうだったな」
裕也を中に招く。声は、一切ない。
「裕也」
沈黙を破ったのは僕。
「ひとつ、頼みがある」
裕也は沈黙で同意した。
「一年前に戻った今日、夢みたいなものを見たんだ。おまえら三人が、上の部屋で泣いてた」
「例のベッドの前で三人が、ってやつか」
「あぁ。推測だけど、あれは多分、僕が死んだからだと思う」
裕也がものすごい剣幕で僕を見ていた。
「なっ!?」
「ただ確信がまだ持てない。でももし前回と同じなら、死んだ後の状況が見えるはずなんだ。だからもしそうなったら、なにか視覚的にわかるようにサインを出してほしい」
「そんなこと……」
「頼む。もう、時間がないんだ」
胸のあたりに、微妙な違和感が出始めていた。
「……わかった。必ずわかるようにやっておく」
「悪いな」
それより後は音が発せられなかった。ひたすら静寂が、空間を支配していた。
しかし、時は待ってはくれなかった。
「がっ、つっ……」
突き上げるような胸の痛み。強烈な痛みに何度も気絶しそうになる。
「陽介!」
裕也もこの時が来るのはわかっていたと思う。でも実際の状況に困惑しているようだった。
「くっ、が……はあっ、くっ……」
まともに息もできない。しかも時間がたてばたつほど、痛みもさらに増す。この世の終わりを痛感するような、そんな感じだった。
「陽介! しっかりしろ! 陽介!!」
裕也が涙混じりで呼びかける。
「た……、はあっ、の……」
なんとか出した僕の手を、裕也は力一杯握った。
「約束は必ず守る! 大丈夫だ!」
その言葉を聞いてからどのくらい時間が過ぎただろうか。
痛みがあるのかすら、もうわからない。真っ白だった。
まるで雲の中にいるかのよう。
なにかが目の前を通る。光?
前にも見たような気がする。そうか、やっぱり僕は……。
光の中になにかが見えた。人のような影。そうか、裕也。
裕也はなにかの前にいた。なにかを叫んでいる。隣に千春がいた。
裕也の前にあるのは、やっぱり僕の身体だった。白い布を顔にかけられている。
そうか、やっぱり……
光は燃えるように消えた。
なにも考えられない。雲の上に精神を浮遊させてるような感じ。
そこで、僕の意識は途絶えた。