僕を呼ぶリアムの声が聞こえる。
どうして?リアムは遠くにいるはずなのに。会いた過ぎて幻聴が聞こえるようになったのかな…。
「フィー起きて。着いたぞ」
「着いた…?」
って、どこに?
まだぼんやりとする頭で考える。ゆっくりと目を開けると、大好きな人の顔があった。
「えっ?リアム…」
「フィー寝ぼけてる?そうだ、俺だよ」
「本当に?あ、触っても消えない…夢じゃない」
「ふっ、フィーはかわいいな。何をしてもかわいい」
リアムが僕の隣で横になり、強く抱きしめる。
「ほら、俺はここにいる」
「うん、いる。よかった…」
「ずっと一緒だ」
「うん…」
ようやく頭がハッキリとしてきて、僕は馬車の中ではなくベッドに寝ていることに気づいた。二人が寝転んでも狭くない、大きなベッドだ。王城の僕の部屋の、半分もない広さの部屋の中には、あかりが灯っている。顔を動かして窓を見ると、外は真っ暗だ。
僕はすぐ傍にある紫の目を見て首を傾げた。
「ここは…どこかの宿?」
「違う。ここは俺とフィーの家だ」
「…え?王都から半日しか進んでないよ?ゼノは丸一日かかるって言ってたのに…」
「フィー」
リアムが僕を呼び、真剣な目で見てくる。
声も顔も真剣だったから、僕はドキドキと緊張してきた。
「どうしたの?顔が怖いよ…」
「ごめん、怖がらせるつもりはないんだ。フィー、正直に言うんだぞ?」
「…うん」
「今の体調はどうだ?辛くはないか?」
今度こそ僕の心臓が大きく跳ねた。
なぜそんなことを聞くんだろう。身体の呪いが進んで、僕がもうすぐ消えてしまうことに気づいたの?
「フィー?」
「どうして…そんなこと、聞くの?」
「だっておまえは、丸一日眠ってたんだぞ。熱まで出てきて苦しそうだった。水は飲ませたけど何も食べていないし。腹は減ってないか?」
「そ…うなの?そうか…。たぶん、いろんなことがあり過ぎて、すごく疲れてたんだよ。でもリアムに会えて安心したから、ぐっすり眠ってたのかも」
「それならいいが…。でもまだ身体が熱い」
リアムが僕の額に額をつける。
リアムの額が冷たくて気持ちいい。ということは、やはり僕は熱があるのか。
「これくらいの熱、大丈夫だよ。それよりもお腹が減った。なにか食べたいな」
「食べれそうか?たくさん食べて体力をつけような。今ラズールが消化の良いものを作ってくれてる。もうすぐ持ってきてくれるよ」
「わかった」
ラズールが作った料理は美味しいんだ。子どもの頃、僕が体調を崩すと、優しい味のスープを作ってくれた。久しぶりに、それを飲みたいな。
僕は顔を上げてリアムと目を合わせる。
「ん?」
「ねぇ、リアムと僕の家、見てみたい。起きてもいい?」
「いいけど…本当に大丈夫か?」
「大丈夫」
「じゃあ、少しだけだぞ?」
「うん」
リアムが僕の唇にキスをする。そしてベッドを降りると「おいで」と手を伸ばして、僕を軽々と抱き上げた。
家の中には、ベッドが置かれた部屋が三つと食堂とソファーがある広い部屋が一つ。僕が寝ていた部屋が一番広くてベッドも大きい。
僕はリアムの首に鼻を擦り寄せて聞く。
「ねぇ、もしかして僕が寝ていた部屋が、リアムと僕の寝室なの?」
「そうだ。毎晩フィーの顔を見て、フィーに触れて眠れる。こんなに幸せなことはない」
「ん…僕も。他の部屋は何に使うの?」
「残りの部屋は客室だ。俺とフィーの二人の家だが、ゼノが心配だから様子を見に来ると言って聞かない。ラズールだってそうだろ。だからアイツらが泊まれるように作らせた。それに…おまえの友達も呼べるぞ」
「友達…?僕に友達なんて」
「いるだろう?この国に」
「…え、あっ、ノアのこと?」
「そうだ。明るくなったら外に連れて行ってやる。ここはノアの家からも近いからな」
「え!そうなの?嬉しいっ」
僕はパッと顔を輝かせてリアムを見た。紫の瞳に映る僕の顔がとても嬉しそうだ。だけどすぐに曇ってしまう。ノアとはもっと仲良くなりたかったけど、時間が足りない。何回くらい呼べるのかな…。
「フィー?どうした…」
「……」
僕は無言でリアムを見つめた。
やはりリアムには正直に話そう。どうして僕が王位を譲ってリアムのもとへ来たのか。辛いことだけど、ちゃんと話そう。
でもそれは、ラズールの料理を食べてから…。
「ん…少しだけ、夢じゃないかなぁって思っちゃった。僕は呪われた子として生まれて、幸せになれないと思っていたから…。こんなに幸せで…夢みたいで…」
あ、また泣いてしまった。リアムの前だと、すぐに気が緩んで泣いてしまう。でも、リアムが優しくなぐさめてくれるから、いいや。
「夢じゃない、現実だ。俺はおまえの泣き顔もかわいくて好きだが、これからは嬉しい涙しか流させないからな。悲しい思いはさせないからな」
「うん…」
ごめんねリアム。僕は、リアムに悲しい思いをさせてしまう。悲しい涙を流させてしまう。そのことを考えると、ひどく胸が痛いよ…。
リアムが僕のまぶたにキスをする。頬にも鼻にも唇にもキスをしていると、「こんな所で何をしているのですか」と低く冷たい声が聞こえてきた。
声が聞こえた方へ目をやると、恐ろしい顔のラズールが立っていた。
「何って…家の中を案内してるのだが?」
「フィル様が泣いてるように見えるのですが?」
「これは、これからの俺との暮らしを思って流してる、幸せな涙だ」
「…食事の用意ができました。部屋にお戻りください」
「わかった」
ラズールが頭を下げて、背を向ける。
ラズールの後をついて行きながら、リアムが僕の耳に顔を寄せて囁く。
「なんだアイツ…大人しく引き下がったぞ。珍しいな」
「そうだね…」
ラズールは、僕の命が残り少ないことを知っている。僕の最期を見届ける覚悟で傍にいる。
僕はラズールの背中を見つめて、小さく「ごめんね…ありがとう」と呟いた。
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