テラーノベル
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「音って名前、いいよね」
そう言われたのは、何回目だっただろう。
でもそのあとに続く言葉は、だいたい決まっている。
「なんか、ふわっとしてる」
音はその言葉を、ずっと引っかけたまま生きてきた。
ふわっとしている。
つまり、印象に残らない。
強くない。
はっきりしない。
誰かの一番には、なりにくい。
⸻
高校二年の春。
進路調査の紙を前に、音はペンを止めていた。
周りはもう書いている。
「大学」「専門学校」「就職」
どれも、音の中にしっくりこない。
(やりたいこと…)
頭に浮かぶのは、一つだけだった。
⸻
雑誌の中の世界。
ランウェイの上を歩くモデル。
ページをめくるたびに変わる表情。
服を“着ている”んじゃなくて、“表現している”人たち。
(あっち側に行きたい)
初めてそう思ったのは、中学生のときだった。
でも——
「無理だよね」
誰にも言わず、自分で消してきた。
⸻
その日の帰り道。
駅のホームに貼られた一枚のポスターが、音の足を止めた。
モデルオーディション募集。
大きく写っているのは、人気アイドルグループのセンター。
名前は——音
(……え?)
思わず、もう一度見る。
見間違いじゃない。
同じ名前。
同じ“音”。
⸻
「珍しい名前ではないし…」
そう呟きながらも、胸の奥が少しだけ熱くなる。
そのポスターの中の彼は、まっすぐ前を見ていた。
強い目。
迷いのない表情。
(同じ名前なのに、全然違う)
⸻
帰宅してからも、その顔が頭から離れなかった。
スマホで検索する。
すぐに出てきた。
人気急上昇中のアイドル、音。
圧倒的な存在感。
ファンの数。
ステージでの輝き。
(遠いな…)
画面を見ながら、ぽつりと思う。
⸻
でもそのとき、初めて——
音は考えた。
(同じ名前で、あそこに立ってる人がいるなら)
(自分も、少しは近づけるんじゃないか)
根拠はない。
自分を奮い立たせるための言い訳だった
でも、それは今までの「無理」とは違った。
⸻
その夜。
進路調査の紙に、音は初めて書いた。
「モデル」
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コメント
2件
良いね!! 最近投稿頻度凄いね