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「近くに公園があるみたいだ、そこで休もうか。柳澤さんには俺からメッセージを送っておくから、心配しなくていい」
「うん、ごめんなさい」
それしか言えない。まさか岳紘さんも私が他の男性が奥さんと仲良さげなところを見て、ショックを受けているとは夢にも思っていないはずだから。
私自身も、正直こんなに心を締め付けるような気持ちになるとは思っていなかった。それなのに……
「夫として当たり前のことをしているだけだから、何度も謝らないで欲しい」
岳紘さんは私の事を真っ直ぐに心配してくれる。今までの彼からは考えられないくらい、私からその瞳を逸らさずに。
……どうして、今なのだろう? 自分勝手な事で傷付いているのに、こうして優しくされれば心が大きく揺れる。何度も拒絶されて私じゃ駄目なんだって分かってるのに、また自分を見て欲しいと願ってしまう。
「駄目よ、また欲張りになってしまうもの。貴方を困らせてしまうのは、もう嫌なの」
「雫……俺は困らない。今までだって雫に困らせられたことなんて、一度も無いよ」
岳紘さんが何を言ってるのかよく分からなかった。二人の交際だって私が強引にはじめたようなものだったし、両親が望んだとはいえ結婚をしたがったのも私だけだったはず。
その証拠に、初夜の後に岳紘さんは私を「女性として見れない」と言ったのではなかっただろうか。それなのに……
「みんな、どうしてそんな嘘をつくの? そうやって、私に全部嘘つくの?」
「雫? 何を言って……?」
頭の中がゴチャゴチャだった。一つ一つが別々に起きていればまだ冷静でいられたかもしれない。だけどショックな出来事が重なったせいもあり、私はそのまま岳紘さんの胸の中で思い切り泣きじゃくってしまった。
……涙が枯れて落ち着いたころには、私は夫の車の中で静かに眠りについていた。
「ん……、ここは私の部屋?」
「雫、気が付いたか? 気分はどうだ、用意しておいたから水を飲むといい」
常夜灯が付いただけの薄暗い部屋の中、いつの間に帰ってきたのか私は自分の部屋んのベッドで眠っていた。ここまで歩いた記憶はない、もしかして岳紘さんに運ばれてきたのだろうか?
差し出されたコップを受け取り、ゆっくりと喉を潤していくと少しだけこうなる前の事を思い出してきた。そうだ、私はあの時……
奥野君が奥さんと仲良さげにしている様子にショックを受けて、岳紘さんの言葉に反抗して泣き喚いたんだった。感情的になってしまったとはいえ、なんて事をしてしまったのだろう。
「……その、ごめんなさい。あの時の私はちょっとおかしかったの、岳紘さんは何も悪くないのにあんな風に責めてしまって」
「俺は気にしてない、言いたい事があればハッキリ言ってくれて構わない。俺たちは、夫婦だろう?」
夫婦、確かに私たちは夫婦だ。どこの夫婦よりも、心の距離がある形だけの。だけど今の岳紘さんの態度はとても真摯なように感じた、上辺だけでなく本心でそう言ってくれているようで。
最近少しだけ私達夫婦の距離を、彼の方から短くしようとしている気がするのは私の気のせいだろうか?
「どうして、いまさらそんなことを言うの? 私から最初に離れようとしたのは、岳紘さんの方でしょう」
嫌味のつもりで言っている訳じゃない、本当に分からないのだ。今になって夫がそんなことを言い出す理由が、どうしても。特別なルールを作って、他に好きな相手を作って良いと言ったのはそっちじゃない。
なのに、今更どうして?
「それは、その……俺が至らないばかりに雫を傷付けてしまったと思う。だけど」
『ピリリリリリ、ピリリリリリ……』
何か言おうとした岳紘さんだったが、ベッド横のチェストに置いてあった彼のスマホの着信音がそれを中断させた。今日はなんだかこうして大事な話をしようとするたびに、何かしらの邪魔が入ってる気がする。
だけど、それさえも私達夫婦の噛み合わない関係を現してるようで笑えて来る。
「……出ないの?」
「ああ、ちょっと外に出てくる。雫はもう少し休んでいるといい」
まだ鳴りやまないスマホを持って、岳紘さんは私の部屋から出て行った。優しい言葉はかけてくれるけれど、やはり優先されるのは電話の相手ということなのだろう。
私の前でその相手と話そうとしないのも、きっと……深く考えなくても、その答えは出てる。
それ以上は夫の事も奥野君の事も想像したくなくて、ベッドに横になると布団を被って身体を丸めて眠ることに集中した。