「また仕切り直しをして、指輪を決めに行かないとな」
「あっ、そうだった」
私は泣く子も黙るハイジュエリーブランドの数々を思いだし、「うーん」とうなる。
「好きなのを選んでいい」と言ってもらえているのに、なかなか決められないなんて贅沢な悩みだ。
そう思いながら、私は先日から感じている尊さんの違和感に、どう対応したものかと悩む。
彼は多分、私に関する隠し事をしている。
何度か話そうと試みているものの、とっかかりを見つけられず、打ち明けられずにいる……ように見える。
(無理に聞くのは良くないよね。困らせたくないし……。いつか話してくれる時がくるのかな)
私は尊さんに抱きついたまま考え、溜め息をつく。
心の中で「えいっ」と気合いを入れたあと、顔を合わせていないのをいい事に、思い切って聞いてみる事にした。
「……尊さん、私に隠し事してる?」
尋ねると、彼は少し沈黙したあと静かに息を吐いて白状する。
「……あると言えばある」
「私は知らないほうがいい事?」
さらに聞くと、尊さんはしばし黙ったあと、言いにくそうに返事をした。
「いずれ話す」
「…………はい、分かりました」
私は小さな声で返事をする。
こう言われてしまった以上、しつこく聞くのは現金だ。
尊さんはいつも、私にとって最良の選択をしてくれる。
だから彼がまだ話さないほうがいいと思っているなら、私は待つしかないんだ。
とはいえ、隠し事をされて若干の落ち込んではいる。
ギュッと抱きついたまま考えていると、彼は「ごめんな」と言って体を少し離し、見つめてくる。
「意地悪しているわけじゃないんだ。もしかしたら朱里を傷付けるかもしれないから、慎重に情報を見極めてから伝えたいと思ってる。……分かってくれるか?」
「……はい」
丁寧に説明され、今度は素直に頷けたけれど、自分の子供っぽさが嫌になる。
(……でも、尊さんはいつでも私の事を考えてくれている。……ありがたいなぁ)
指先で涙を拭うと、尊さんは困ったように笑った。
「泣くなよ」
「泣いてませんよ。目から汗が出たんです。デトックスです」
「ぶふっ」
とっさに冗談を言うと、尊さんは噴き出す。
「お前はそういう女だよ」
「本当はちょっと落ち込んだんですけど、尊さんが私の事を考えてくれてるって分かったので、逆に感動したんです」
正直に言うと、彼は小さく笑う。
「俺の頭の中は、朝から晩まで朱里の事ばかりだよ」
「朱里Aから朱里Zまで、ちっちゃいのが色んな事をしてるんですね」
「ちょっと待て。そうなると妄想が追い付かない。勝手に頭の中で暴れてそうだ」
尊さんは明るく笑い、親指と人差し指とで十センチぐらいの隙間を作り、その空間をジーッと見て小さな朱里を妄想する。
「…………可愛いな……」
「やだもう。冗談ですって。本物がここにいるんですから、本物を可愛がってください」
そう言うと、尊さんは私をジッと見たあとに「よし」と立ちあがった。
「猫洗い開始!」
「スイッチ入った!」
「そーら、洗うぞ!」
尊さんは私を抱えて洗い場に立ち、シャワーで椅子を流したあと、そこに私を座らせた。
そしてヘアクリップを取り、目の粗いブラシで丁寧に私の髪を梳いたあと、俯かせてから頭にシャワーをかけてきた。
丁寧に優しく湯洗いしてもらえるのが気持ちよく、私は目を閉じてされるがままになる。
「……尊さんのお風呂屋さん、気持ちいいですね。お金取れるかも」
「………………〝お風呂屋さん〟って微妙な仕事になりそうだから、名称について再検討してくれ」
「えー。部長厳しい」
尊さんはたわいのない話をしながらしっかり私の頭を湯洗いし、シャンプーを手に取って泡立ててからシャクシャクと髪を洗っていく。
「……気持ちいい……」
「痒い所はございませんか?」
「…………背中」
「そっちかよ」
尊さんは笑いながら、一応背中を掻いてくれる。
コメント
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必ず話してくれるから信じて今はお風呂屋さんを楽しもう♥️