テラーノベル
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新作。「三文字の距離」です、どうぞ
会議室の空気は重かった。
意見がぶつかるのはいつものこと。
でも今日は、引き際を失っていた。
「その案じゃ弱いって言ってるんだよ」
仁人の声は低く、鋭い。
勇斗の視線が変わる。
「弱いって何?」
「そのままの意味じゃん。」
一瞬の沈黙。
周りが止めようとする前に、勇斗が立ち上がる。
「最近さ、自分の意見正しいって顔しすぎじゃない?」
その言葉が、刺さる。
「は?」
椅子が鳴る。
仁人も立ち上がる。
距離が近い。
「言い方ってもんがあるだろ」
「そっちこそ」
売り言葉に買い言葉。
一瞬だった。
勇斗が、ドン、と仁人の胸を押す。
予想外の衝撃。
ぐら、と体が揺れる。
カッと頭に血が上る。
「痛ッ…やめろよ!」
反射だった。
仁人も、強く押し返す。
次の瞬間。
勇斗の足が椅子に引っかかる。
バランスを崩す。
倒れる。
鈍い音。
床に響く衝撃。
時間が止まった。
「……勇斗?」
誰かの声が遠い。
勇斗は動かない。
目は閉じたまま。
さっきまで怒っていた顔が、静かすぎる。
仁人の手が震える。
押した感触が、まだ残っている。
俺が。
呼吸が浅くなる。
「救急車呼んで!」
柔太朗の声が響く。
慌ただしくなる部屋の中で、
仁人だけが動けない。
勇斗が運ばれていく。
その時、一瞬だけ。
勇斗のまぶたが、微かに動いた気がした。
仁人は思わず一歩踏み出す。
言わなきゃ。
今ならまだ間に合う。
ごめん。って
たった三文字。
でも。
喉が締まる。
声が出ない。
もし今、目を開けて。
もし怒った顔で見られたら。
怖い。
怖くて、言えない。
ストレッチャーが廊下の向こうに消える。
何も言えないまま。
会議室に残る、倒れた椅子。
仁人はその場に立ち尽くす。
胸の奥で何度も繰り返す。
――ごめん。
でもその三文字は、まだ誰にも届いていない。
ED
コメント
2件
さいっこう😖🫶🏻 頭に来るじゃなくて頭に血が上るって書いてるのがめっちゃ工夫されててすごすぎる😖 さのじんさいこー🫠