テラーノベル
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2話です。どうぞ
救急車のサイレンが遠ざかっても、
会議室の空気は戻らなかった。
倒れた椅子。
床に残る擦れた跡。
誰も口を開かない。
「……大丈夫やろ」
誰かが言う。
慰めなのか、自分に言い聞かせているのか分からない声。
仁人はそこから動けない。
押した感触が、手に残っている。
ドン。
あの一瞬。
引かなかった自分。
「仁人」
名前を呼ばれて、やっと顔を上げる。
「今日はもう解散しよ」
頷くことしかできない。
楽屋に戻る。
勇斗の荷物が、そのまま置いてある。
ペットボトルのキャップも閉まっていない。
さっきまでここにいた証拠が、やけに生々しい。
仁人は勇斗の椅子を見る。
座れない。
自分の椅子にも座れない。
ただ立ったまま、拳を握る。
――ごめん。
喉の奥まで出かかる。
でももう、本人はいない。
言う相手がいない。
「……っ」
静かな楽屋に、自分の呼吸だけが響く。
そのまま何も言わず、帰った。
次の日。
いつも通りの時間。
いつも通りのスタジオ。
でも“いつも”じゃない。
楽屋の扉を開けると、
そこにあるはずの声がない。
勇斗の席は空いている。
誰も触れない。
誰も話題にしない。
「昨日は大事とって入院やって」
マネージャーの説明は、それだけ。
“ただの怪我”
その言葉に、周りは少し安心する。
仁人だけが、笑えない。
ただの怪我なら。
じゃあなんで、あんなに倒れた音が頭から離れないんだ。
リハが始まる。
立ち位置。
勇斗の場所が、ぽっかり空く。
そこを見ないようにするほど、目がいく。
「仁人、次そこ立って」
代わりに入る。
足が重い。
本来、勇斗が立つはずだった位置。
そこに立った瞬間、胸が締めつけられる。
――俺のせいで。
頭の中で繰り返す。
ごめん。
たった三文字。
昨日、言えなかった。
今日も、言えない。
勇斗に会っていないから?
それとも、会っても言えないから?
自分でも分からない。
ふと、ポケットのスマホに手を伸ばす。
メッセージ画面を開く。
勇斗の名前。
打ち込む。
「ごめ」
そこで指が止まる。
消す。
画面が真っ白になる。
――なんで打てないんだよ。
たった三文字なのに。
仁人はスマホを閉じる。
楽屋の空気はいつも通りのはずなのに、
どこか遠い。
勇斗との距離は、数キロの病院。
でも本当の距離は、
たった三文字分。
それが、今は一番遠い。
ED
コメント
4件
初めてM!LKの感動系みたかも、 最高だし、相変わらず書き方爆裂うますぎて滅、😖