テラーノベル
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激しい雨が窓を叩く放課後、翼は一人、自分の机でその破片を広げた。パズルのピースを合わせるように、破れ目を慎重に繋ぎ合わせていく。そこにあったのは、いつも冷静だった冬真の筆跡とは到底思えない、酷く震えた文字の列だった。
『翼。今日、三島と話してるとき、一瞬だけ泣きそうな顔をしてただろ。なんで俺を頼ってくれないんだ。その仮面を剥ぎ取って、俺の前で全部吐き出してほしい。俺だけを求めて、縋ってほしい。消したい、この気持ちごと、俺の全部――』
「これって、冬真の……?」
冬真は、翼への友情を遥かに超えた強烈な感情を抱いていたのだ。親友である自分を独占したいという、熱く不格好な想い。冬真はその誰にも言えない情念に苛まれ、自分の独占欲に自己嫌悪を抱き、その苦しみを消すためにあの沼を訪れていたのだ。
ノートの続きには、さらに驚くべき事実が綴られていた。
『忘却の沼は、捧げられた嘘と引き換えに、対象の運命を歪める。俺が翼への執着を沼に捨てようとするたび、二人の絆そのものが消滅へと向かう』
友情だと思っていたものの正体は、底知れない執着だった。そして冬真がその執着を沼に投じるたびに、二人の関係は現実から少しずつ削り取られていたのだ。
冬真が学校から消えて以降、雨が降るたびにあの表情と、言えるはずだった言葉が脳裏に張り付いて離れなくなった。他の誰の記憶から消え失せようとも、翼の心にだけは、冬真がつけた傷跡が深く刻まれていた。
翼は取り憑かれたように、夜な夜な自室で冬真のノートを復元し続けた。
『翼を傷つけたいわけじゃない。ただ、あいつの嘘が悲しいんだ。嘘をつくたびにあいつの心が死んでいくのがわかる。俺がその嘘を全部代わりに引き受けてあげられたらいいのに』
その文字を目にした時、翼は胸を締め付けられた。
冬真は聖人などではなかった。その根底にあったのは、翼の醜さも保身も嘘も、すべてを自分の中に囲い込み、誰の手にも触れさせまいとする欲だった。それなのに、去り際の冬真はあまりにも静かに身を引いた。そのアンバランスさが、かえって冬真という男の存在を、翼の心に深く刻み込んでいった。
学校でも別の崩壊が起きていた。カーストの頂点にいた三島が、目に見えて焦り、周囲に当たり散らすようになっていた。
ある日、三島は無人の教室で翼の胸ぐらを掴んできた。
「おい、あの沼、お前も行ってんだろ! あそこに溜まってる奴らの本音の書き込み、見ちまったんだよ! 俺が今まで踏み台にしてきた奴らの、生々しい恨みつらみが全部あそこに沈んでる……! みんな俺を憎んでるんだ!」
三島もまた、誰かに嫌われる恐怖に耐えきれず、沼に弱音を捨て続けていた同類だった。しかし沼は三島の記憶を消す代わりに、彼が支配していた周囲の人間の無意識の憎悪を膨れ上がらせるという歪みを生じさせていた。
「もう無理だ……ここにいたら、俺の頭がおかしくなる!」
三島は怯えた声を上げて教室を飛び出した。翌週、逃げるように別の街へと転校していった。
三島が去った静かな夜、翼はノートの最後の一片を繋ぎ合わせた。それは冬真が退学を決意した直後、激しい葛藤の末に引きちぎられたページだった。
『俺が消えれば、翼は平穏を手に入れられるだろうか。もしそうなら、俺は喜んで消えよう。だけど、もし一度でも俺の名前を思い出してくれるなら、その時だけは本当の自分でいてほしい――』
冬真は翼を恨むのではなく、翼の平穏のために自らを消し去ることを選んだのだ。
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