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少し日が強く暖かな昼過ぎ、日傘を差しながらゾルダークの庭を散策する。広い庭は体力をつけるのにちょうどいい。咲く花も美しく目を楽しませてくれている。月の物は終わりこれからライアン様が往診に来る予定なのだ。先にハンクの元へ行きその後私のところに来るという。それまで食後の運動を兼ねダントルを連れて歩く。立ち止まり花の蕾を撫でていると、私に近づく足音が聞こえる。ダントルが下がり道を作る。
「こんにちはキャスリン様、いい天気ですね」
久しぶりのライアン様は変わらない笑顔で声をかけてきた。
「こんにちはライアン様、閣下は終わりましたの?」
ライアン様が来るにはまだ早い時間だから庭を散歩していたのに予定が変わったのかしら。
「僕が早く来すぎてしまって閣下に会えていないんです。そうしたら庭でキャスリン様が散歩していると聞いたものですから、ならば先にお話をと思いまして僕も外へ出てきたんですよ」
なら部屋に戻った方がいいわねと思っていたら、ライアン様から散歩しながら話しますか?と提案された。それもいいかもしれないと思い、ダントルに声が聞こえない程度離れて貰ってライアン様と歩き出す。
「月の物が来たのですね。僕は王都を離れていたので申し訳ないです」
キャスリンは首を振る。
「いつもの月の物でした。痛みも期間も変わりなく、特に異常はありませんでしたから、ライアン様に往診していただく程のことは起きていませんわ」
ただ悲しかっただけ。
「それは何よりです。また子を宿しやすい日を算出します。その時は沢山注いで貰って下さい」
キャスリンは顔を赤くし頷く。
「でも定期的に出すよう閣下には念を押すのでキャスリン様も協力してくださいね」
「勿論です。閣下には感謝しかないですわ、とてもお優しいし」
ライアン様はえっ?と聞き返してきたのでもう一度同じ言葉を告げる。
「そうですね。閣下は素晴らしい方ですよ」
ライアン様は頷いている。ところで、と話題を変えてきた。
「夜会にはあれから参加してないようですね」
ライアン様とはハインスの夜会で会っていた。
「そうですの。月の物も来て食欲も落ちてしまって」
「無理は禁物です。夜会など気を遣うだけで僕はあまり好きではないんですよ」
夜会が苦手な人は多々いるのは事実。皆それを我慢して社交をしているのだ。ハンクのように王宮の夜会のみというのは稀だった。
「では今の社交界の噂はご存じでない?」
鼓動が早まる、まさかカイランとリリアン様が噂になっているの?私の耳には入れないようにしていただけで本当は広まっているの?
ライアン様を窺うと、知らないようですねと話し出す。
「スノー男爵夫妻は領地へ戻るそうですよ」
カイランとリリアン様のことではない。信じられなくてライアン様へ振り向く。リリアン様が領地へ戻るなんて、どうしてそんなことになったのかしら。カイランは知っているの?
「なんでもアンダル様が事業に失敗して王都の邸も引き払い男爵領へと。王都は金がかかりますからね」
邸を引き払うなんて余程だわ。アンダル様は商才がなかったのね。だからリリアン様は必死にカイランと会いたがっていたのかしら。お金の無心?だとするとカイランが可哀相になってくるわね。カイランは手を差し伸べなかったということになるわ。リリアン様のためならお金くらい融通すると思っていたのに。わからない人ね。
「夫妻はかなり揉めたようですよ。夫人の声は大きいから外にまで届いたんでしょうね。男爵領は王都から馬車で五日ですからね、かなり遠い」
カイランが寂しがるわね。でもこれで煩わしいのが消えてくれるなら私の心は落ち着くわ。ソーマが任せろと言っていたけどまさか、閣下が動いたのかしら。
雑談と体の状態を確認してライアンは邸へと戻っていった。
ライアンは呼ばれて執務室へ向かう。扉を開けるとハンクがソファに座り待っていた。ソーマが紅茶を入れてくれ一口飲む。少し温いが散歩終わりにはちょうどよくごくごく飲む。
「スノー男爵夫妻は王都を出ましたよ。なんだか慌てた様子で夫人の哀願も聞き入れず馬車に押し込んだとか、近衛も様子がおかしいし、折角可愛い息子が会いに行ったのに追い返されちゃって。まあそこで小耳に挟んだんですけどね、アンダル様がやらかしたって。やらかすのは夫人かと予想してたのに。閣下、何かしました?」
それに関してハンクは手を出していない。何も答えないが。
教えてくれないのかぁとライアンは呟く。
「僕は頑張ってゾルダーク領へ行きましたよ。高級な馬車だったんで快適でしたけどね。老公爵には初めてお会いしましたけど、閣下に似てますね。ゾルダークの血は強いなぁ。閣下そっくりな女の子が生まれたらどうします?それはそれで可愛いかな」
くくっと笑うライアンは睨まれていることに気付き姿勢を正す。
「僕の見立ては不整脈ですね。簡単に説明すると心臓の動きが時々悪くなると想像していただければ。今すぐどうなるというわけではなく、いきなり倒れて亡くなる可能性が有り、精神的に強い衝撃が加わると苦しくなる。治療法はないです」
「ほうっておけということだな」
「まあ、結論そうですね。不整脈もそれほど悪くないので前の医師がわからなくても仕方ないという程度です」
ライアンはハンクが考えていそうなことを想像していた。ここは老公爵を病気にしてカイラン様を遠くに行かせる算段でもしてるんじゃないか?
「邪魔になったら考える」
今は邪魔にもなっていない、と聞こえたのは僕だけではないだろう。カイラン様は一体何を考えているのやら。不能の可能性有りだな。夢精はしてもいざという時、滾らないのはよくあること。だとしたら閣下に似ず繊細な人なのかもなぁ。
ではまた、と言ってライアンは執務室から退室した。
「こんにちはアルノ医師」
珍しくカイランに話しかけられる。ライアンは挨拶をし、なんでしょう?と尋ねる。
「父の具合はいかがですか?」
この親子は顔がよく似ている。閣下を優しくしたのが息子だな。
「変わらずですね。長時間同じ体勢を続けないこと、静養すること。これを守っていただければ改善するでしょう」
そうですかとカイランは頷く。少しカイランを揺さぶってみたくなり小声で話しかける。
「ご友人のスノー男爵夫妻は王都を去りましたね」
その言葉にカイランはただ頷くだけ、特に思い入れもなさそうだった。男爵夫人を愛してる云々は消えたな。ライアンは確信した。
「アルノ医師は先程庭で妻と話していましたね。ハインスの夜会ではダンスも踊っていたとか、いつの間に仲良くなりましたか」
おや?キャスリン様のことを気にかけている、僕に嫉妬かな。よくない方向だな。
「閣下の往診時にお話し相手としてお茶を共にしましてね、ハインスでは僕の相手がおらずに誘ってしまったんですが申し訳ない。ご主人にお断りを入れなくてはならないところをその場にいらっしゃらずできませんでした。庭では最近体の調子が悪かったと仰っていましたので軽く話を聞いていたんですよ。医師なのでね」
ダンスは貴方がいなかったから踊りましたよと少し嫌味を混ぜる。医師として会話をしていると安心もさせる。
「そうですか、妻は特に悪いところもなく?」
「ええ、環境が変わり疲れてしまったのでしょう」
この夫婦、全く会話がないんだなぁ。こんな夫婦にはなりたくないや。しかし、この人は何を考えているんだ。やはり不能が有力だな。この年で不能では一生女知らずか、可哀相になってくる。
「小公爵様はお元気ですか?」
「多少夢見が悪くて不眠ですが…忙しいのでそれくらいがちょうどいいのかもしれません」
夢見が悪いが一度ならば僕に言わないよな、続くからこぼした。これはまさか新分野の精神の話になるな。勘繰りすぎか?体が疲れると逆に滾るものなのになぁ。
「不眠とはよろしくないですね、よく眠れる薬草がありますよ。いつ頃からですか?」
「いや、時々なんです。薬など必要ないですよ」
僕は閣下と繋がっているからあっちに知られたくないのか。弱みを見せたくないか。
カイランは、父をよろしくと言い去っていく。
その背を見てライアンは謎が深まる思いでいた。