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「お邪魔しました。おおきにね。」
「ん。気を付けてね!」
仕事の支度と心の準備に備えて一旦の帰宅を決めた俺は、泊めてもらったさっくんに御礼を告げる。彼がお日様の如くにかっと明るく微笑むと、こちらもつられるように笑みを浮かべるが、どうも口角筋が重く感じる。
「おいおい康二ぃ、笑顔固いぞ!うい!」
そう言って彼がずい、と両手をこちらに向けて合わせて来るのを待っている姿に、求められるがままハイタッチをするとそのままハグへと流れた。就寝前にもしてくれた、背中への優しいリズムと、たまに上下に擦られる温かい感覚が揺れる心を落ち着かせてくれる。
「大丈夫、だーいじょうぶ!康二は、自分の気持ちだけを考えたらいいよ。」
「でも、」
「でもじゃない。」
ぴしゃりと様子の変わった声音で遮られる中で身体が離れたと思えば、さっくんの両手が俺の頬を包む。そのまま真っ直ぐに俺の目を見て、彼は続けた。
「──康二がこの家を出た時から、俺は俺のやり方で行かせてもらうよ。そこに康二からの遠慮なんて要らない。必要ない。」
真剣な眼差しの大きな双眸、落とした声のトーン、はっきりとした言葉。先ほどまでの優しさとは打って変わる突然の言動に目を見開いていると、包まれていた頬が解放される。その頃にはもう──先ほどの表情は幻だったのかと思うほどに──いつもの笑顔がそこにあった。
彼の想いと決意を前に、定まらなかった覚悟の形がしっかりと意志を持って形成されていく感覚が立ち上る。拳をぎゅっと握って俺は、その感覚にも彼の言葉にも応えるように大きく頷いた。
「…っしゃ!!じゃあもう一言言わせてもらうわ!絶対負けへんからな!めめは俺のもんやからな!」
「ん、その調子!」
《ほなね、お邪魔しました!》と軽くなった口角を上げて手を振りながら改めて挨拶をし、胸を張ってドアをくぐる。
閉まりきる直前まで静かに耐えていた笑いを漏らしながら脱走防止の柵の向こう側で見送っていたニャンズに向かって呟いた彼の声は、最早俺の耳には入ってこなかった。
『…あの子さっき二言言ったよね?』
タクシーに乗り込み自宅の近くまでを目的地に運転手さんに伝えると、直ぐにスマホでチャットアプリを立ち上げて文章を打ち込む。
”めめお疲れ!今度空いてる日いつ?”
”飲みかゴルフ行かへん?”
送信ボタンを押した後は、スケジュール確認したりSNSで様々な情報をキャッチしたりで車内を過ごす。メンバーの中でも多忙を極める彼のことだから、早く返信が来るとは微塵も思っていない。こうして待っている時間にもわくわくしている自分に、しっかり恋してんねやなぁ…とマスクの下で密かにニヤつく。
(でも忙しいのにさすがにゴルフのお誘い挟んだのは欲張り過ぎやったかな…まぁでも行けそうな予定教えてくれるやんな、知らんけど。)
時間が経ってから送信した内容を考え直したとしても悲観的にならないのはきっと、さっくんが鼓舞してくれたお陰だと心から思う。
不意に、スマホのバイブレーションが鳴る。
期待はしていなくとも直ぐさま目をやると、ロック画面に浮かぶチャットアプリのロゴと並んだ《新着メッセージがあります。》の通知に思わず心臓が跳ね上がる。ロック解除からアプリ起動までの動作に一切の無駄はなく、トーク一覧を開けば【めめ】の2文字が通知バッジと共に1番上に表示されていることを確認した。
”お疲れ。さすがにしばらくはゴルフは無理そう。ごめん。直近なら〇日の〇時から〇時までは空いてるよ”
たまたま空く時間を見つけたこともあり、構わずトークルームを開いたと同時にその続きが解禁される。
”けど〇時からは佐久間くんの家でご飯して、演技の練習に付き合ってくれるって前から約束してて”
「── 、えっ?」
返信しようとした直前で指が止まったその瞬間から、表示された文章がどんどんせり上がる。
”一応さっき佐久間くんにも相談してみたけど”
”康二が良ければおいでよだって。”
”俺も別にいいけど”
”康二も来る?”