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#山中柔太朗
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今回少し長めです。
お時間ある時にどうぞ。
「……勇斗、顔色悪いよ。今日の当直、俺が代わろうか」
「平気平気!俺を誰だと思ってんだよ、総合診療科のエース・佐野勇斗だぞ!」
いつものように胸を叩いて笑っていた勇斗だったが、連日の激務と深夜残業のツケは、確実にその体に蓄積していた。
事件が起きたのは、午後一番の外来が終わった直後のことだ。
他科へ急ぎの書類を届けるため、勇斗は西棟の階段を足早に降りようとしていた。
その数歩後ろを、カルテの束を抱えた仁人が静かに歩いていた。
「……っ、ぁ」
階段の踊り場に差し掛かった瞬間、勇斗の視界がぐらりと大きく揺れた。
足元がすっと沈み込むような感覚とともに、急速に血の気が引いていく。
必死に手すりを掴もうと伸ばした腕は虚空を切り、膝からガクリと力が抜けた。
そのまま制御を失った身体が宙に浮く。
死角になった急な階段の下へ向かって、豪快に倒れ込みかけたその時。
「——勇斗っ!!」
後ろから伸びてきた手が、勇斗の白衣の襟ぐりを力任せに引き戻した。
ガツンッ!!と強い衝撃とともに勇斗の身体は踊り場の床へ倒れ込む。
しかし、自分の身体を引き戻した反動で、勢い余った仁人の足元が崩れた。
「仁人——っ!?」
ゴトン、ゴトンと嫌な音が階段に響く。
仁人は数段下の踊り場まで転がり落ち、壁にぶつかってようやく止まった。
「仁人! 仁人!!」
血の気が引いた勇斗は、転がるように階段を駆け降りた。
仁人は顔を顰め、右足首を抱えるようにしてうずくまっている。
「……っ……痛った……」
「仁ちゃん!? 喋れる!? どこ痛む!?」
「……うるさい、耳元で叫ばないで。足、ちょっと打っただけ」
冷静に答える仁人だったが、顔は真っ白、右足は痛みのせいかピクリとも動かない状態だった。
「右足首の重度捻挫、および靭帯損傷ですね。骨折に至らなかったのは幸いですが、しばらくはギプス固定と松葉杖生活が必要です」
処置室で柔太朗が手際よく右足にギプスを巻き終えると、整形外科の先生によって仁人の右脚は太もも下までしっかり固められ、傍らには二本の松葉杖が立てかけられた。
処置の間中、勇斗は壁際で固まったまま、一度も口を開かなかった。ただじっと、自分の拳を震えながら見つめている。
「じんちゃん、車椅子持ってきたで!診察室までの移動はこれ使ってや!」
「ありがとう舜太。助かる」
「仁ちゃん、クッション腰に挟む? 足高くしといた方が楽やろ!」
「太智、大袈裟。そこまでしなくていいから」
心配して集まってきたメンバーに、いつもの調子で返す仁人。
しかし、勇斗だけは違った。
「……俺のせいだ」
絞り出すような低い声に、処置室の空気が一瞬で静まり返る。
「俺が、ぼーっとして足踏み外したから。仁人が俺の代わりに、」
勇斗は膝の上に置いた拳を強く握りしめ、ボタボタと涙をこぼしそうなほど顔を歪めていた。
いつも最年長としてみんなを引っ張り、太陽のように笑っている勇斗が、幼い子供のように罪悪感で押し潰されそうになっている。
「俺が代わりに落ちればよかったんだ……! なんで仁人が足怪我して歩けなくならなきゃいけないんだろう……っ! ごめん、仁人、ほんとに……俺、」
パニックになりかけ、自分を責め続ける勇斗。
その時、松葉杖に手をかけようとしていた仁人が、静かに息を吐いて動きを止めた。
車椅子の上に座ったまま、すっと手招きをする。
「勇斗、ちょっとしゃがんで」
「え……?」
「いいから。耳貸して」
おどおどしながら勇斗が膝をつき、仁人の目線より低くなったその瞬間。
——ぽん、と。
勇斗の頭の上に、じんわりと温かい仁人の手が置かれた。
「……っ、」
勇斗が驚いて顔を上げると、仁人はぽんぽんと、優しく、どこか愛おしそうに勇斗の乱れた髪を撫でた。
「あのね、勇斗。勘違いしないでほしいんだけど」
仁人の声は、驚くほど穏やかで、大人だった。
「僕が手を伸ばしたのは、君が落ちて頭でも打って、使い物にならなくなるのが困るから。……それだけだよ」
「でも……っ、仁ちゃんが歩けなくなってたら意味ねぇだろ……!」
「意味はあるよ。僕の足一本で、お前が無傷で済んだんだから。大収穫」
仁人はふっと目元を緩め、柔らかく微笑んだ。
「僕が自分で判断して、勇斗を助けたの。だから、勇斗が勝手に責任を感じて、そんな情けない顔をする必要はどこにもない。……分かった?」
「……っ、じんとぉ……」
「ほら、顔を上げて」
ぽんぽんと、もう一度頭を撫でて手が離れる。
あまりにも大人な包容力と温かさに包まれ、勇斗は言葉を失い、真っ赤にした目を丸くしていた。
その様子を、処置室のドアの隙間から覗いていた3人がコソコソと囁き合う。
「……じんちゃん、めちゃくちゃお兄ちゃんやん……」
「すごいわ、あのはやちゃんがすっかり弟キャラになってもうてるやん……」
「柔太朗、動画撮っとけばよかったな」
「太ちゃん、さすがに不謹慎」
場の空気がふっと和らいだのを感じ取った仁人は、照れくさくなったのか、いつものツンとした表情に戻って勇斗から一歩引いた。
「……さて。反省してるなら、足が治るまでの間、勇斗には仕事してもらうよ」
「おう! 何でも言え! どこでもおんぶして運ぶし、車椅子もマッハで押す!」
「おんぶは暑苦しいから却下。…取り敢えず診察室まで運んで。それと、喉が渇いたからお茶買ってきてよ」
「分かった!!俺が車椅子押すから!!」
いつもの威勢を取り戻し、目を輝かせて車椅子のハンドルを握りしめる勇斗の横顔を見上げながら、仁人はギプスで固められた自分の右足を少しだけ愛おしそうになでた。
「……まったく。手のかかる最年長なんだから」
しばらく歩けない不便さはあっても、あの真っ直ぐな笑顔を守れたと思えば、決して悪い気分ではなかった仁人であった。
コメント
1件
ああ、もう、仁人さん…!! 自分が怪我したのに「大収穫」って言い放つ大人の包容力、最高でしたね。勇斗の頭をぽんぽんするシーン、じんわり温かさが滲んでて、胸がいっぱいになりました。普段ツンとしてる分、ああいう優しさが余計沁みます。周りの3人の「動画撮れば…」の小声も和みました。手のかかる最年長って内心で言いながらも、笑顔を守れたと思えた仁人。この一話だけで関係性の深さがぎゅっと詰まって、すごく好きな回でした🩷