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私は歌うことが好きだった。いつも、人が誰もいない桜の木の前で1人で歌っていた。寂しくなんてない、歌なんて1人でできるし…………やっぱ少し、いや、かなり寂しい。でも、私の歌は上手くないから、人に聞かせるなんてことはできない。だから、私はいつもひとりで歌う。
今日も1人で歌いに、誰もいない桜の木の前に訪れていた。でも、今日は先客がいたみたい。
「あ……」
紫色に青色の混じった髪の毛の男の子。彼はこちらに気づくなり、「こんにちは。」と私に笑いかけた。
「こ、こんにちは……」
私もおろおろとしながら返事をする。
「君は?」
「わ、私は……草薙寧々……」
「寧々、か。いい名前だね。僕の名前は神代類だよ。」
「そうなんだ……類は何をしにここに来たの?」
お母さんから言われた「会話のキャッチボール」。一人にならないためには必要だって言われたから、会話を続けられるように必死に質問をする。
「ん?僕はね、特に理由なんてないよ。ここが心地良いんだ。そういう君は?」
あちゃ、話を返されてしまった。
「えっとね……歌いに、来たんだよ。」
「歌えるの?凄いね!聞かせてくれないかい?」
何この人、グイグイ来すぎじゃない?
「え、でも……」
断ろうとしたけど、類の眼差しがキラキラすぎて断りづらい。きっと私より小さい子なのね。身長も同じくらいだし。
しょうがなく、私は歌い始める。
「夏の暑さも、皆の思いも」
これは、最近知った「どんな結末がお望みだい?」という曲。MVの男の子と似てるなって思ったからこれにした。
「いつかは夜風に吹かれてもう」
ああ、人前で歌うなんていつぶりだろう?そこはかとなく気持ちがいい。
「前にしか進めないと知ったから」
「綺麗な〜」
「!?」
もしかして知ってるの?と振り向くとそこにはニヤニヤしている類がいた。そして、歌わないの?っと言わんばかりに急かしてくる。はいはい、歌えばいいんでしょう?
「枯れないで落とさないで」
「「胸に抱いた花束を〜」」
何コイツ、私より下手なくせにハモリとか入れてくるんだけど。腹立つ、一泡吹かせてやるわ。
「♪迷いや戸惑いの証明だって今までの夢を抱いて〜」
次だ、ここの高音でギャフンをと言わせてやる。
「♪振り返れば沢山の〜笑顔魅せて〜」
ほら、できた。どう?類は目をキラキラとさせて私の歌に惹き込まれているような気がした。ふふん、凄いでしょう?
「ふぅ……」
久しぶりに思いっきり歌っちゃった。やっぱり、歌うって楽しい。
「寧々って歌凄い上手いね!」
「へへ、ありがとう。」
褒められるってこんなに嬉しいんだ。私はこれまでひどい評価ばかりされてたからね
「ねぇ、類。」
「ん?どうしたんだい?」
「これからも、一緒に歌ってくれない?」
類は一瞬驚いたように目を思いっきり見開いたけど、次の瞬間にはとろけそうなほどな笑顔で「もちろんさ!」とうなずいた。
「寧々、彼岸大会に出よう!」
あの日から幾つか経って、一緒に歌ってたある日、唐突にそんな事言われたものだからびっくりしてしまう。脈絡、っていうものが類にはないの?
ちなみに彼岸大会っていうのは、4年に一度開かれる、村で一番歌の上手い人を決める大会のこと。なんか名前の由来があったんだけど、忘れた。確か、“悲願の優勝”から来てるんだっけ?
「でも、私下手だし……」
類だけならまだしも、悲願サレルほどの大人数の前で歌うなんて私にはできない
「下手じゃないよ!だって寧々は世界一の歌姫だもん!」
世界一って、いつ私が世界一になった?
「だーかーらっ!」
もうなにこの人、私より年上で身長バカ高いくせに子どもみたいに泣かないでよ。
「わかったから、わかったから。」
………出ればいいんでしょ、出れば。
はぁ、面倒くさい。でも、少し楽しみなのは……なんでだろう?
「続いては、“人魚姫”さんと“錬金術師”さんの“どんな結末がお望みだい?”です!」
大丈夫、大丈夫。私ならできる。あんな練習したんだから。私はマイクをぎゅっと握りしめる。
きっと、ここにいる審査員も心奪われるから。と、審査員席を見渡す。
……そこにいたのは
「あ、アンタっ…………」
どうしよう、足がブルブル震えて、嫌な汗が噴き出る。
「寧々…?」
ほら、類の時間も奪ってるから、早く、早く収まって!!どうしてここに、アンタがいるのよ。私を散々罵ったアンタが。
「そんな落ち込まないで。」
類が冷えたペットボトルを差し出す。でも私は受け取らない。落ち込むな、って言われても……私は今日一文字も歌えなかったんだよ?
「また次があるから、ね!」
なによ、何も知らないくせにペラペラと。
「もう、うるさいっ!類に何がわかるの?」
この苦しみが、類には分からないでしょ。大切な人の短い人生を奪ったんだよ?
「もうっ……関わらないで。」
私は背中を向けて走り出す。
「まって!寧々っ……!」
類が手を伸ばすけれどかわしてよけていく。
もうね、おばさんに告げられた日から分かってたんだ。
私が類の人生に関われるほどの力はないってね。
ねぇ、類。
きっと結末は幸せにはならないと思うけど
どんな結末か自分で選べないし、類の想いと理を共存することはできないけどね。
類が出会った人と育んだ絆だけは消えやしないから。
どうか、どうか幸せになって。
その日から、寧々の部屋では常に二人で歌ったどんけつが流れていた。
__これは、いつか消えてしまう儚い何かの前日譚である。