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瑠璃の自宅は会社からバス停四つ離れた西都にある。
黒い瓦の一般的な二階建て和風家屋、前庭には立派な赤松が枝を伸ばし、辰巳石の門構え。
玄関先には黒と茶色の柴犬・トロが前脚に顎を乗せて寝息を立てていた。
電信柱五本先から賑やかな声が近づいてくる。
トロは顔を上げて立ち上がり、黒い尻尾をブンブンと振り、白い口元からへっへっと長い舌を出した。
「うおおおお、トロ! あんた相変わらずとろい顔してるわね!」
「ちょ、寿、静かにしてよ!」
コンビニの白いポリエチレン袋を振り回しながら、寿はトロの顔を両手でむぎゅむぎゅと撫でた。
トロはその顔を見るや否や飛び掛かり、尻尾は千切れんばかりに振る。
「ちょ、やめて、な、舐めないで!」
「トロ、お座り!」
それでもトロは黒いタイトスカートの中に鼻を差し込んだり、前脚で寿の腹を駆け上ったりしている。
瑠璃と寿は石川県庁近くの金沢西高等学校からの付き合いがあり、トロにすれば寿は(大好きなお姉さん)で大歓迎である。
「こんばんはーーー! お邪魔しまーーーす!」
「おっ、寿ちゃん、久しぶり!」
「お世話になります!」
「さぁ上がって、上がって! ご飯は?」
「食べて来ました!」
「おう、寿!」
「おっ、葵、良い男になったじゃん!」
「惚れるなよ」
「高校生は遠慮しとくわ」
久方ぶりの寿の来訪に、瑠璃の両親も弟も喜んだ。
今夜は《例の出来事》について話し合うため、瑠璃の家に寿が泊まりに来た。
メイクを落として素顔になった二人は、膝を突き合わせて布団の上に座った。
「瑠璃」
「はい」
「あんた、動揺してたわね」
「当たり前よ」
「黒木、あんたの顔見てたわよ」
「え!?」
「ほらぁ、気付いてない」
「気が付かなかった」
寿は缶チューハイを二本取り出すと瑠璃の前に突き付けた。
「はい、グレープフルーツとレモン無糖、どっち?」
「ええと……」
「……」
「ん〜と」
「あぁ、もう! これだから草食は! 甘いか無糖かで決まるでしょ!」
「そ、そっか」
「で、どっち!」
「グレープフルーツで」
「はい!」
グリグリと汗をかいた水滴の付いた缶チューハイを瑠璃の頰に擦り付けた。
「つ、冷たい!」
「瑠璃、あんた、悩んでない?」
「無糖?」
「あ・ん・ぽ・ん・たん!」
寿は右手の親指と人差し指で瑠璃の額をびしっと叩いた。
「い、痛っ!」
「まさか、奈良とより戻したりしないわよね!?」
「まさか!」
「奈良は二股で浮気していた男、誠意なし、金なし、顔面偏差値なし!」
「顔はあるでしょ」
「どーーーでもいいわ」
「建は……もう」
「なに、その変な間と、もう!? もう、なに!?」
「うん」
「それに(建)呼びは禁止! 奈良さん! さん付けよ! 建って呼んだら罰金!」
「罰金て幾らよ」
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「100円」
「や、やっす!」
「建なんてそんな名前に100円の価値もないわ! 100円でも高いくらいよ!」
「……ふぅ」
瑠璃は大きなため息を吐いた。
それを眺める寿の眉間には皺が寄った。
そして真剣な眼差しで詰め寄った。
「奈良に関わって良い事なんて無いわよ」
「う、うん」
「黒木を裏切ったらあんた営業部から総スカンよ、島流しよ」
「そ、そんな」
「黒木の純情を弄んだら、絶交だからね!」
「絶交……」
「奈良の事は勤務時間以外は無視! 目も合わさない!」
「う、うん」
「わかった!?」
あと四日。
あと四日で建が三共保険株式会社 金沢支店に戻って来る。
瑠璃は悩んでいた。
どんな顔をして奈良に接すれば良いのか、二人の姿を黒木がどんな思いで見るのか、それを考えると気分は重く沈んだ。