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距離を取る、という選択は
思っていたよりずっと難しかった。
若井は、距離を詰めるのが得意な人間だった。
廊下ですれ違えば手を振る。
席が近ければ自然に話しかける。
沈黙を、沈黙のままにしない。
僕が避けても、
それを「拒絶」だとすぐには受け取らない。
「最近、忙しい?」
口がそう動く。
僕は、頷く。
それだけで、若井は納得してしまう。
涼ちゃんは、何も言わない代わりに
行動で支えた。
三人で歩いていた帰り道。
自然と僕の隣に立つ。
若井が僕に話しかけようとすると、
先に涼ちゃんが話題を振る。
「そういえば若井、課題終わった?」
「え、まだ」
若井はそっちに意識を向ける。
僕は、その背中を見て、少しだけ息をついた。
助かっている。
でも同時に、終わりが近づいている気もした。
聞こえない。
若井の声は、もうほとんど音にならなかった。
内容は分かる。
でも、耳じゃなくて目で拾っている。
口の形、呼吸、間。
それが、ひどく親密な行為のように感じられて、
僕は視線を逸らすようになった。
見なければ、理解できない。
見れば、気持ちが揺れる。
どちらも、地獄だった。
若井は、確実に違和感を積み上げていた。
ある日、昼休み。
「元貴、なんか隠してることあるだろ」
僕は、反応が遅れた。
「……なに」
若井は、少し笑ってから、真顔になる。
「やっぱ、聞こえてないよな」
その口の動きは、静かだった。
僕の指先が、机の縁を掴む。
「聞こえてる」
嘘。
若井は、じっと僕を見る。
「じゃあさ」
ゆっくり、はっきり。
「今、俺なんて言った?」
僕は、答えられなかった。
沈黙。
涼ちゃんが、視線を伏せる。
若井は、もう笑わなかった。
「……涼ちゃん」
若井は、僕から目を離さずに言った。
「何か知ってる?」
涼ちゃんは、一瞬、迷った。
その一瞬で、若井は確信した。
「あー……」
若井は、乾いた笑いを浮かべる。
「そっか」
僕の胸が、きしんだ。
その日の放課後。
若井は僕を呼び止めた。
涼ちゃんはいない。
逃げ場はなかった。
「ちょっと、話そう」
その口の動きは、いつもよりゆっくりだった。
僕は、断れなかった。
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