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「何。どうしたの。」声をかけて来たのは、同じクラスの春馬だった。
その春馬は、怜の意外な反応に目を丸くしている。
怜も、あからさまにガッカリしていたことを悟られないため、何もなかったかのように返事をする。
「…なに」
「なんか怜、目充血してね?恋でもしてる?」
「してない。勉強三昧なだけやん」
先程まで同じ講習を受けていた春馬は隣のクラスに彼女がいる。
それに怜たちよりもこういった話が得意なやつという認識があるので、怜は妙に居心地が悪く感じる。
「あー。バイトもしてんだっけ。
夏休みの講習ってさ、だるいよな。
そだ。だけど怜って、佐藤ユウと最近、いい感じらしいじゃん」
「え?」
怜は春馬の顔を見る。
春馬はすぐに、失敗したというような顔をする。
「…やべ。言うなって言われてたんだった。」
「…」
「ごめん、今の忘れて。」
春馬は怜の肩を叩いて言う。
それからすぐ近くの自分の靴箱から靴を出し、音を立てて床にそれを置いたかと思うと、靴を履く。
「あ、でもさ。
この間の噂。覚えてる?ユウと、知らないおっさんの密会現場のこと。」
「ああ。そういえばそんなことあったね」
「つめたっ。…まあ、お前ら幼馴染だもんな。
それがさ、佐藤さんが言うには、あれはヤケになってたからノーカウントって事らしいよ。」
春馬は、頭を掻きながら言う。
「ノーカウント?」
って、なにが?怜は未だ混乱したままで春馬に尋ねる。
「…よくわかんないけど、女子はさ」
「誰から聞いたの?」
「佐藤の友達」
春馬は他のクラスの友人を見つけると、怜そっちのけでそっちの方へと声を掛けてさっさと出て行ってしまう。
残された怜ははあ〜とため息を吐いた。
自分の靴を玄関へと置くと、それからスマホの画面で見た時間からここから駅までと電車の時間を考えつつ、ユウへの返事を打つ。
ー30分は掛かるけど、それでもいい?
それだけメッセージを入力すると、送信ボタンを押して怜は歩き出す。
ちょうど帰宅途中の生徒が、あちこちで戯れているのが見える。
怜が帰宅してから、インターホンが鳴るまではものの5分とかからなかった。
荷物を部屋に置き、くつろいでいた怜はスマホをチェックし、そこに受信が一件だけ来ていることに気付く。
慌てて階段を降りてから玄関のドアを開けた向こうに立っていたユウは、すでに私服に着替えていた。学校へ行くのと同じリュックを背負っていたが、前髪を下ろし、ジーンズとカーディガンという大人しめの格好をしている。
怜と目が合うと、ユウは少し照れて笑っている。
怜は少しギクリとする。
小さい頃からずっと近い場所で育ってきたユウのことを、女だと思って見ることなんてこれまで無かった。
春馬から言われた事を少しだけ意識してしまっている。
「この間の事なんだけどね。集まる場所、一緒に下見に行こうって話になって…」
「うん」
ユウは返事をした怜の方を見上げて微笑む。
「クラスごとに、一人ずつ呼んだ方がいいかなって話になったの。」
「うん。学祭の話だったっけ」
「…うん。
それで、その日空いてるなら怜は、どうかなって。」
「えー。俺?でも、そっちの代表の人たちと全然仲良くないけどいいの?」
「う、うん。まあ、一応それは名目で、休みだしちょっと遊びたいなっていうノリではあるんだ。
ごめん。わたし、怜の名前先に出しちゃって。皆、気になるって言い出しちゃって」
「俺が?なんて言ったの?」
「…ん。何も、言ってないよ。でもサッカー部のサワグチレンって言ったら、だいたいは知ってるから。皆」
「…え。そう?
でもなあ。俺、結構知らない人の中に入るの苦手なんだよなあ。」
そう言うと、ユウは妙な顔をする。
「うん。…なんかごめん」
「時間、大丈夫?」
怜がそう言うと、ユウは妙な笑顔を浮かべて言う。「うん、まだ。…でも。」
「…」
「ごめん。わたし…ムカついた?」
「なにが?」
「この間も話した時怜が乗り気じゃ無かったの知ってた筈なのに、私また…忘れちゃってた。
そうだよね。だって怜とわたしが毎日してること、違い過ぎるもん」
ユウは耳に髪をかけ直して俯く。
「どゆこと?」
「ううん。ごめん。とりあえず今日は帰る」
ユウは後ろを向くとドアを開け、玄関から出て行ってしまう。
残された怜はそこに立ち尽くす。
一体なんだ?
そんな不可解な気持ちに巻き込まれている気がした。
「ふい〜っ」
怜が大きな音を立ててソファに寝転がると、妹が「うわ、おっさん。」と声を出す。
怜がそっちの方を見ると、何かの雑誌を見ながら動画も点けて、スマホも操作しているみたいだった。
「お前、部活とかしないの。」
「…わたし?うーん。高校入ったら、ビジュツブでも入るかなあ。」
「ふーん」
起き上がり、怜は妹の庵が見ている雑誌を覗き込む。意外と、大人向けのもので、綺麗に着飾った女性がポーズを取っている姿が載っている。
(ふうん。こんなもの見るんだ)
怜にとっての庵は、家の中でゴロゴロしているか、怜の目を盗んでイタズラをしては、母親に都合のいいことを言いつけている、ムーミン谷で言うとミィみたいなちっちゃくて変なやつみたいな感じだった。
だからもし、庵が好きな男を見つけて来て、頬を染めてデートしている現場なんかを見たとしたら…笑ってしまうかもしれない。
怜は再びソファに寝転び、スマホを操作している。
ユウからはメッセージは無かった。
(って考えると、俺がムーミンみたいなやつなのかな。庵やユウからしたら…)
怜はその考えに若干不快な気持ちを感じていて、すぐに馬鹿らしくなって考えるのをやめた。
庵はスマホに夢中になっていて、動画から流れてくる車同士の爆発音などに全く反応しないで笑っていた。
…いや、でも怜はそれを笑えないだろう。
不意に、そう思った。
いくら庵が相手だとして、身近で必死に生きている姿を見ている相手を、それが自分からしたらどれだけ妙な形であったとしても、それを笑う権利は怜にはないのだと、なんとなく思ったのだった。
怜に取ってここ最近「ホモ」問題というのはやけに頭の中で重要な位置を締めていたらしい。
怜は、部屋に篭ると何気なくスマートフォンを取り出し、「ホモ」と入力してそこにずらりと出て来る写真やブログなどにざっと目を通してみる。
そこに出て来るのはサッカー部で目にするようなムキムキの男同士がくっ付いていたり、かなり際どい性描写が上がって来るだけで、怜は詳しい事があまり頭に入ってこないうちに、思わずその画面の×ボタンを押してそれを閉じた。
次の日も講習だった。
2教科連続で授業を終えた後で、部活がある生徒は弁当を出したり、購買に行くなりして教室で準備をのらくらとしながら時間を潰していた。
「おい、怜」
「ん」
「見て。笹岡」
怜は友人から指を指された方を見る。
「あいつ最近、なんかこの辺に居ない?」
「え、そうなの」と惚けた返事を返す怜。
「あーお前、国語取ってなかったか。あいつ、国語A受けてるから1組か2組で見かけるんだわ。」
隣から別の友人が口を挟む。
「ふーんそう。」
笹岡は怜と同じクラスの女子生徒と話しているみたいだった。
その話題は直ぐに終わり、別の友人がテレビの話を始めていた。先日の、お笑い芸人の番組を見たのだろう。
暫しその番組を見てる者同士で会話を始める。
…一体なんで、このグループでも笹岡の話題が出たのか。怜は今一度自分の行動を思い返して考えてみる。
いや、多分笹岡は「そういう奴」なんだ。
何を考えているのかわからない、誰彼構わずに距離を詰める、トラブルを起こす、転校生みたいに異質な存在。
怜が取り止めもなくそんなことを考えているとき、ウッ、と友人の一人が唐突に心臓を抑える。怜達がそっちに目を向けると、
「…俺、実は
心臓が弱いんです…」
ギャハハハハ!胸を抑えそう言った生徒はいきなり笑い出す。
怜はすぐに、何の事かと思い当たり、驚いて目だけで笹岡の方を見る。
運の悪いことに、笹岡はこっちを見ている。
ただふざけているだけの男子の群れの中に居る怜と笹岡の目が合い、ちょっとだけ表情を変えたかと思うが、また女子との会話に戻る。何の事を話しているのか、遠くて多分分からないのだろう。
向かいにいる生徒は若干の笑みを残したままで、怜達のリアクションを待っている、
「なにそれ?」怜がむかむかする気持ちを抑えて言うと、友人は「ん?持病がある奴」と冷めた声で返事をする。
その、返事から、友人がなぜかわからないが、笹岡のことを嫌っているという事が伝わってくる。
ふざけているのは一人だけで、周りの友人は白けた目でその男を見ているだけだった、
だが、多分全体に伝わっている印象というのはこんなものなんだろうなと怜も思い、自分だって数ヶ月前までは同じような目で笹岡のみならず、全く知らない別のクラスの人間について話したりもしていたかもしれなかった。
部活で汗を流した後で、いつものように部員同士くだらない動画やゲームの話をして戯れていた。その中で、怜も笑いながら脱いだウェアやタオル、水筒などの荷物を纏めている。
「怜はこの後またバイト?」隣の友人から声を掛けられる。
「うん。でもあと一日行ったら、暫く休みもらってる」
「旅行行くんだっけ」
「そうだよ。」
「ふーん。バイトで、出会いとかってあるのかなあ」
「一応、高校生も何人かいるよ。でも、皆彼氏持ちのやつ」
「まじっかよ…」
「リア充もいる所には居るんだよ。
それも同じとこにあいつらめちゃくちゃ集まってくるし」
ふーん、という友人をよそに、怜は立ち上がってじゃあな、と先に玄関の方へ向かう。
アルバイトが始まるまではまだ時間があったのでコンビニで何か買って行こうかと怜は思う。
怜はトイレの水を流す。それから支度を終え、再び外に出ようとすると、階段からざわざわと声がした。何人かが別方向から玄関へ向かって歩いて来ているみたいだ。
怜はなんとなく、立ち止まる。
考えを打ち消そうとするが、つい階段の方を見る。
確かにそれは吹奏楽の集団のようで、傍に楽器を抱えている生徒もいる。が、笹岡は見当たらない。
怜は、集団がそれぞれの靴箱の方へ散らばった頃、既に荷物を抱えて玄関を出ていた。
それから、怜はいつものように置いてある自転車の前へと向かう。
籠に自分の荷物を置き、鍵を取り出して開けようとしていると、怜の肩をぽんと叩く奴がいた。
怜は振り向き、思わず「あ、」と声を出す。
笹岡が、怜の方を向いて笑っていた。