燈は再びドアを開き、部屋の内部に入る。
「やっぱり臭い凄いですね・・・」
鼻と口を掌で押さえながら燈が言う。
「それは負臭(ふしゅう)のせいですね」
「ふしゅう?」
「負の感情から出る独特な刺激臭の事を我々は負臭と呼んでいるんです」
また新しい用語が出てきた!と、頭を抱える燈。
そんな燈を見かねた暮内は、懐から一枚のマスクを取り出す。
「どうしても耐えれない場合は、こちらの専用のマスクをご着用ください。
100%ではないですが、特殊な繊維で作られているマスクで、負臭をかなり軽減できます」
そんな便利がなものがあるのなら、先に出して欲しいと、心の中で愚痴をこぼす燈だったが
この悪臭を軽減できるのならばと、手渡されたマスクを着用する。
「あ、若干臭うけど、だいぶ楽になりました」
「では間宮様!感情をひとつひとつ、処分してまいりましょう。」
「はい・・・お願いします」
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「こちらの感情はどうなさいますか?」
「これは・・・タンス?」
暮内が丁寧に指差したのはタンスだった。
いや、正確には、魂である燈にはタンスに見えていると言った方が正しいだろう。
タンスのドアには所々ビビが入っており、服も乱雑に投げ捨てられており、ビリビリに破れている。
「こちらは
という感情でこざいます」
「辛かった?・・・」
燈がタンスを【つらかった】と認識した瞬間
燈の中に、その感情を抱いた時の記憶が鮮明に蘇る。
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燈の通う、紅葉学園女子高校は、個性を重んじるという理念のもと、校則が設定されており
髪型や髪色が自由であるのはもちろん、制服の着用すらも任意となっていた。
そのため、通う生徒の髪型や服装は多種多様。
そんな高校に燈は、以前から興味のあった
いわゆる「原宿系ファッション」として部類されている、蛍光色の明るい服装で登校していた。
明るい服装を身につけていると、不思議と気持ちが明るくなったような気持ちになり
何故だか自信がみなぎるような感覚を覚えるため
燈にとっては「自分を出せる」お気に入りのファッションだった。
しかし、それは同級生や先輩には
と認識されていた。
その為、燈は日常的にいじめを受けていた。
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女子トイレでは、複数名の女子生徒が燈に、頭からバケツの水をぶちまけていた。
「お前さぁ・・・何度言ったら分かんの?」
「ウチらより目立つ格好すんなって忠告しといたよね?」
「そうよ!そうよ!」
複数名の女子生徒は、トイレのタイル張りの床の上でうずくまる燈を見下ろしながら、罵声を浴びせる。
「で、でも・・別に悪い事してるわけじゃ」
「口答えすんなっ!」
「うぐ・・・」燈は腹を思いっきり蹴られ、お腹を抑えて悶え苦しむ。
「そんなに忠告が守れないならさ、死ねよ!」
「そうよ!そうよ!」
「アンタみたいなヤツ、居るだけで邪魔なんだよね」
「な、なんで私が死なないと」
「だから黙れっつってんの!!」
女子生徒は、燈の顔目掛けて、思いっきり空になったバケツを投げつける。
「痛っ!!!」
「わかった?もう二度とそんな服で来んなよ!」
「なんで普通の格好できないかなぁ?」
「まぁ、これだけ痛めつければ、さすがにコイツも懲りたんじゃない?」
「そういう事だから!大人しく制服で登校するか自殺するか!さっさと決めろよ?じゃあな」
女子生徒は捨て台詞を吐くと、満足したようにトイレから消えていく。
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「どうなさいますか?」
「・・・・・・」
暮内の問いかけに燈は何も言わずに、その場に立ちつくす。
「間宮様?」
「あ、すいません。ぼーっとしてて・・」
「おそらく記憶が再生されたのではありませんか?」
「え?」暮内の問いかけに驚く燈。
「感情を認識すると、その感情を抱いた時の記憶が再生されるんです」
「記憶が・・再生・・・」
燈はこれが、負の感情があればあるほど、記憶が蘇るのかと思うと、憂鬱な気分になっていた。
「お辛いかもしれませんが、私も一緒です。頑張りましょう!間宮様!」
「あ、ありがとうございます」
燈はぎこちない笑顔をつくって見せた。
「では、間宮様!この感情はどうなさいますか?」
「こんなの・・・要りません」
「かしこまりました!では間宮様の了解のもと【つらかった】を処分いたします」
暮内がそう口にした瞬間、燈は不思議と心が少し軽くなったような感覚をおぼえた。
同時に、先ほどまでひどい有様だったタンスは、新品同様に綺麗になっていた。
「あ・・・」
燈は自分の胸を押さえる。
「この部屋は、間宮様のこころですから
今の間宮様のこころと完全にリンクしております」
「あ、だから今、少し楽になったんですね!」
「その通りでございます」
「ありがとうございます!暮内さん!」
燈は暮内に深々とお辞儀をする
「お礼を仰るにはまだ早いですよ」
「え?」
「まだ処分しなければならない、負の感情は沢山ございます!
どんどん処分して参りましょう!」
「はい!よろしくお願いします!」
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