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ぴこん🎶
《後輩がやらかしちゃってさ、後片付けがあるから今日も帰りが遅くなるから先に寝てて》
健二からLINEが届いた。
〈大変だね、頑張って!ご飯は温めるようにしとくけど、わからなかったら起こしてね〉
優しい人だから、私が息子の翔太と寝ているのをわざわざ起こしたりはしないだろうけど。
「翔太、今日もおとうちゃん遅いって。おかあちゃんと一緒に先にねんねしようね」
「うん、おかあちゃん、これよんで」
翔太が持ってきたのは、戦隊モノの絵本だった。
こういうのを読むのは健二の方が上手い。
休みの日にはちゃんと翔太の相手もしてくれるいいお父さんだと思う。
小遣い制で、月3万円。
それでも文句も言わず、元気に働いてくれている。
見た目は中の上?
高校時代の同級生で、卒業してから友達の結婚式でばったり会って、それから付き合って1年で結婚した。
私のお母さんは離婚して一人で私を育ててくれた。
今は新しい旦那さん(私にとっては義理のお父さん)と再婚してそこそこ楽しそうに暮らしてる。
お母さんに相談してみようか?と思うけど、気のせいかもしれないことで、騒ぎ立てるのはなんだか悪い気がして。
だから最近ちらりと見え隠れする、ほんのわずかな夫の違和感を見ないようにしてきた。
でもやっぱりなぁ、気になる。
翔太が寝付いたことを確認すると、さっき届いたLINEを読み返す。
《後輩がやらかしちゃってさ、後片付けが…》
昔と違うLINEの書き方。
どこが?
多分昔だったら
《ごめん、帰りが遅くなるから先に寝てて》
ときて、そのあと私が理由を尋ねたら
《後輩が…》の話になる。
忙しいとLINEをするのも簡単に済ませたいから、とりあえず謝って遅くなることを伝えて、理由はあとで付け足すものだった。
先に理由を言われると、[LINEのやりとりをそれ以上したくない、理由を詳しく聞かれたくない]と暗に告げられているように思う。
「考えすぎかなぁ…」
思わず独り言。
寝返りをうつ翔太に毛布をかけて、いつのまにか一緒に寝てしまった。
夫は夜中に帰ってきたようで、食べ終わったお茶わんは流しに下げてあった。
次の日、いつものようにアラームで起きる。
翔太は逆さまに寝ていてその向こうに健二が寝ていた。
二人を起こさないようにそっと起きだして、洗濯機をまわすことから始める。
ご飯はタイマーでもうすぐ炊き上がるから、あとはお味噌汁と、卵焼きと海苔かな?
あ、そうだ納豆も。
「おかあちゃーん…?」
「翔太起きたの?」
「おはよう…」
「あらおとうちゃんも?」
「うん、翔太に起こされた。二度寝すると寝過ごすから、もう起きるわ」
「すぐご飯にするから、顔を洗ってきて」
いつもの朝だ。
何も変わらない。
「昨夜も遅かったの?ごめんね、寝ちゃってて」
「あぁ、いいよ。うん、まぁ遅かった。もう仕事できない後輩持つと、苦労するよ」
「大変なことだったの?」
「うん、まぁね、得意先に謝罪メール送ったり直接電話したり…」
「ふーん、ねぇ!そういうのって残業手当てはつくの?」
納豆をかき混ぜていた健二の手が止まった。
「いやっ、これはその後輩の失態をフォローしたから、サービス残業になっちゃうな。まぁ、先輩としては仕方ないよ」
「なぁんだ、じゃあ、遅くなるだけ時間の無駄なんだね。普通の残業の方が助かるのにね」
「そうだけど、仕方ないよ。これからもたまにこんなことあるかもしれないけど、俺に遠慮せず、先に休んでていいからね」
「うん、ご飯だけどうするか、連絡してね」
「わかった」
「コーヒー飲んでく?」
「うん、寝不足気味だから濃いめで頼むよ」
サービス残業なんて、ブラック企業みたい。
健二も大変なんだ。
「はい、どうぞ、濃いめのブラックです」
「ありがとう」
健二を送り出し、掃除をして翔太と散歩に出かけた。
抜けるような空は、空気まで軽やかに感じて気持ちいい。
「翔太、あっちのカニさんの公園まで遊びに行こうか?」
「うん、いくいく、わーい」
大きなカニを型どったジャングルジムのようなものがある公園は、近所の同年代ママたちの交遊の場所にもなっている。
もう何組かの親子が遊んでいた。
「あ、くるみちゃんだ!」
「ホントだ、よかったね、くるみちゃんがいて。おはようございます♪くるみちゃんママ」
「おはようございます、しょうちゃんママ」
子どもの名前にママをつければ、なんだか親しくなれる、それがママ友。
「ほら、翔太、くるみちゃんと遊んでいいよ」
「うん、くるみちゃん、あーそーぼ」
「しょうちゃん、じゃあブランコしよ」
子どもたちはそろってブランコに乗り始めた。
「そういえば、くるみちゃんママ、久しぶりだよね?ここに来るの」
「うん、ちょっとね、なかなか来れなくて」
「体調でもくずしてた?痩せたみたいだけど」
「……ゴタゴタしてたから」
なにやらトラブルがあったような言い方だ。
「あ、ごめん、デリカシーがないよね?気にしないで。無理に聞かないから」
「ううん、聞いて!私の話!」
「聞いて欲しいなら聞くけど?」
「うちの夫、アイツ浮気してた!!」
そういうことか。
「浮気って?誰と?」
「それがね、まだ大学生の21の子」
「会社の人とかじゃないんだ」
「うん、なにかのパーティの手伝いに来てた子らしくて」
くるみちゃんパパは、大手の商社の営業だと言っていた。
仕事関係のパーティで知り合ったということなのだろうか?
「私ね、来年30になるのよ。それでね、そろそろ二人目が欲しいなって、アイツに話したの。そしたら、疲れたとか、残業で遅くなるとかでちっとも相手してくれなくてね」
「でも、もともと忙しくしてたよね?」
「まぁね、営業だからお客様の対応もあるから土日も接待に出かけたりしてたけど…、少し前から違ったんだよね」
「何が?」
ふぅとため息をつく、くるみちゃんママ。
「接待費用は会社から出るんだけど。最近、接待費用を立て替えて払っておかないといけないからってちょくちょくお金を持ち出してたの」
「接待ってゴルフとか?」
「まぁ、だいたいゴルフだね。朝早くからだったり、下手すると前日の夜から泊まりがけということもあったし。でも、その接待がうまくいけば仕事につながって出世できるとか言うから、出すよね?あくまで立て替えだしね」
「そうだね、返ってくるならいいか」
でもね、と続けるくるみちゃんママ。
「お給料の振り込みを見ても、そんなお金、振り込まれてないの。どうしてって聞いたら、手続きが遅れてるだけだって」
「うん…それで?」
「遅れるのもおかしいと思ったけど、ある日、アイツの財布を見ちゃったの。そしたらね、ゴルフ場の領収書じゃなくて、伊豆のリゾートホテルの領収書が入ってた、お二人様って!」
「ホテル?」
「私には神奈川のゴルフ場に行くって言って出て行ったのによ!」
「で、問い詰めたの?」
「そう、でも認めなかった、勘違いだってたまたま伊豆のゴルフ場に変更になったんだとか言って。お二人様といっても女と二人って意味じゃないとか言ってね」
決定的な証拠がないということか。
「で、どうしたの?」
「興信所ってやつに調べてもらった、その結果が、21の大学生だったということ。さすがプロね、証拠の写真を何枚も撮って送ってくれた。その写真と報告書を持って、私、実家の福岡に帰ってたの。これからのことを考えたくてね」
「それで、決めたの?」
「実はね、まだ興信所の報告書のことはアイツに話してないのよ。証拠を突きつけて慰謝料もらってただ離婚するのでは、腹の虫がおさまらないから」
ふふっと小さく笑ったくるみちゃんママの顔が、ちょっと怖かった。
「…というわけで、なにかうまい仕返しがないか一緒に考えてくれない?しょうちゃんママ」
「えー、なんか巻き添えになりそうだよ」
他人事ではないかもしれないなと思った。