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夜。王都の外れ、小さな裏路地。
ほぼ盲目のアンナリーゼ・ヴァルディスは花屋での仕事を終え、香料の袋を手に帰路についていた。
アンナはその日、いつも通る道が路面工事で通行出来ない事を知り、少しだけ回り道をしていた。
ここは、初めて通る裏路地だった。
足音。馬車の金具が揺れる音。
ガサガサ……おい、早く降ろしちまぇ!
硬てぇロープだなぁこれ……!
そこには積まれた荷を盗もうとしている二人組がいた。
何気なく立ち止まったアンナに、鋭い視線が突き刺さる。
「今の……女か?」「見てたよな、俺らのこと」
男の声。二人組の低い囁き。
「やるしかねぇな」
金属音が鳴る。「カシャッ」「カシャカシャッ」
折りたたみのジャックナイフが開かれた。
危険を察知したアンナの白い指が、香料の袋を握りしめた。
一瞬の沈黙ののち、アンナは小さく息を呑み、
その場から身を翻すようにして駆け出した。
「おい、逃げたぞ!」「追えッ!!」
薄暗い路地に、複数の足音が響き渡る。
逃げる静かな足音、追う乱暴な足音。
「くそっ……どこへ消えやがった!!」
⸻
ジルは今日も、夢を見る。
暗い路地。人気のない夜道。
少女の後ろ姿。白い服。ゆっくりと歩いている。
その背後から、黒い影が迫る。複数の足音。野太い声。
「おい、止まれよ……」「チラッと見てただろ?」
彼女が振り返る。
ジルはその顔を知らない。誰なのかもわからない。だが——
ナイフが振り上げられる。悲鳴。鋭く、短く、消える声。
白い服が赤く染まる。
彼女の体が地面に倒れ込む。香料の袋が転がる。
彼女の名を呼ぼうとするが、声が出ない。
自分はただ、その光景を見ているだけ。
やがて視界が崩れ、霧の中に消えていく。
次の瞬間、花屋の前。店先で微笑む彼女の姿。
未来の光景。
ジルははっと目を覚ます。
「……また、夢かよ」
冷や汗でシャツが張り付き、息が荒い。
隣で寝ていたロマーノが寝ぼけ眼で「うるせぇ……」と呟く。
ジルはベッドに座り込み、天井を睨んだ。
「今度のは……違う。絶対に違う」
⸻
翌日。いつもの広場。ジルの演説。
「そしてこの国の未来は——」
一瞬、言葉が止まる。
観衆の後ろに、夢で見たあの女性。
アンナ。
静かに微笑み、他の誰よりも静かに立っていた。
「今日は日が悪りぃや店閉めだ!おまんま食い上げだなぁ!」
演説を途中で終わり、皆が方々に散りゆく中、ジルは彼女に近づいた。
「俺はジル。なぁ今夜、メシ行かねぇ?ちょっと遠いけど、ミートポトフの店があってさ」
アンナは少し驚き、すぐに笑った。
「ええ。良いですよ」
そして、夜。
ジルは花屋にアンナを迎えに行く。
歩きながら話す二人。
「あなたの嘘には、真実がある気がするんです」
「え?いや、俺、ペテン師だからな?」
「でも、演劇みたいで。見えないけど……あなたの言葉、好きですよ」
ジルは笑いながら、少しだけ赤面した。
「……あっ、財布忘れた!悪ぃ、すぐ戻るから、まっすぐ行ってて!」
アンナは頷き、ジルが指した路地へ。
⸻
アンナ、再びあの路地へ。闇が近づいていた。
チンピラたちが、同じ場所で馬車を物色していた。
「女……!こっち見てたよなァ!?」
ジルの夢が、重なる。
そこへ、ジルが飛び込んで来た!!
「待て、この人は目が——」
「知るかッ!!」
ナイフが突き出される瞬間。
「来るなら、俺に来いッ!!」
両手を広げて、アンナを庇う。
そのとき。
「動くなッ!!」
路地奥から現れる、鎧の足音。
王国の紋章を掲げた兵士たちが現れた。
「貴様らを現行犯で拘束する!」
チンピラは取り押さえられ、引きずられていく。
ジルは呆然としたまま、アンナの手を握った。
「財布を取りに行った……って言いたいとこだけど、実は途中で近くの屯所に走って報告してた」
彼女の手を離さずに、心の中でぼそっと呟いた。
「……ギリギリだったな」
⸻
騒ぎが収まった後、道の向こうから馬車が近づく。
乗っていたのは、兵士から報告を受けるバリュス卿。
「ふむ……また嘘をついてペテンを……いや、この女性を助けたか」
ジルは今までの経緯を、バリュス卿に話した。
バリュスは馬車から降りると、二人に向かって言った。
「二人とも、馬車に乗ってくれ」
馬車はそのまま、隣町のバリュス邸へ。
重厚な扉。薪のはぜる音。
夫人が笑顔で迎える。
バリュス卿は、妻に軽く耳打ちをする。
笑顔で、キッチンに向かう妻。
「お口に合うかわからないけど……」
テーブルの上に置かれた鍋から、芳しい香りが立ち上った。
ジルは目を見開き、アンナは微笑む。
「……ミートポトフかよ」
ジルはふっと笑い、初めて気が抜けたような表情をした。