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第127話:猫耳娘『ヨモ』の襲来
「お、おい結愛……。三百万円の広告費をぶち込んだ、海外オーディションの結果が出たってのは本当か?」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で身を乗り出しながら、マイクに向かって声を震わせていた。
あれから数日。
英語圏向けの新規VTuberオーディションは、結愛の完璧な裏方統括によって、X(旧Twitter)や海外の掲示板で瞬く間に話題を呼んでいたらしい。
何と言っても、予算三百万円の【外注費】パワーである。
世界中から一攫千金を狙う有象無象の応募者が、数千件規模で殺到したと聞いていた。
画面の向こうで、俺の財務兼アシスタントである結愛が、ウェブカメラ越しに銀縁メガネをスッと押し上げる。
『はい、ルシフェル様。お預かりした予算を最適に配分した結果、非常にエンゲージメントの高い母集団を形成することができました』
相変わらず、感情の起伏がミリ単位も存在しない、完璧なコールセンターボイスだ。
『一次の書類選考、および二次の音声サンプル審査をすべて終え、我が社のグローバル展開を担うにふさわしい、唯一無二の【最強のリソース(新人)】を一名、選出いたしました』
「おおお……! ついに決まったか! で、どんな奴だ? やっぱりアメリカの陽キャ女子大生か? それとも、イギリスの気品溢れるエリート美女か!?」
俺は脳内で、きらびやかな金髪の美少女VTuberが、流暢な英語でドルを稼ぎまくっている光景を妄想していた。
これでもう、俺が中一レベルの「ディス・イズ・ア・ペン」を泣きながら練習する必要はないのだ。
『ルシフェル様。百聞は一見に如かず、と申します。さっそく、特急料金で仕上げた彼女のLive2Dモデルと、ディスコードの通話を接続いたします』
結愛が画面を操作すると、俺のモニターの右側に、新たなシルエットが浮かび上がった。
「……うおおおおっ!?」
俺は思わず、三十万円のデスク(※心の声。実際は三万円の安物デスクだが、気分は最高経営責任者だ)を叩いて立ち上がった。
画面の中に現れたのは、俺の『ルシフェル』のデザインを遥かに凌駕する、超絶クオリティの猫耳美少女だった。
フワフワとした、柔らかそうな毛並みの猫耳が頭のてっぺんにピンと立っている。
髪型は少し癖のある無造作なショートボブで、大きくて丸い瞳は、どこか眠たげな琥珀色(アンバー)に輝いていた。
パーカーをぶかぶかに着崩し、萌え袖の先から小さな手が見え隠れしている。
誰が見ても「守ってあげたい!」と叫びたくなるような、圧倒的な愛くるしさを誇るガワだった。
「可愛いじゃねえか……っ! 名前は何て言うんだ?」
『モデルの識別名、および活動名は【ヨモ(Yomo)】でございます』
「ヨモ!? なんで俺の部屋で寝てる茶トラ猫と同じ名前なんだよ! 結愛、お前適当に付けただろ!」
『……ヨモさん、接続されました。ルシフェル社長へのご挨拶をお願いいたします』
結愛は俺のツッコミを華麗にスルーし、通話のミュートを解除した。
俺は、耳を澄ませた。
海外の、若さ溢れるキャピキャピとしたキャッチーな挨拶が飛び出してくるのを、今か今かと待ち構えていた。
しかし。
スピーカーから聞こえてきたのは、予想を宇宙の彼方まで裏切る、とんでもない「音」だった。
『――あー……。ハロー……。マイク、入ってます……? てか、これ、座って喋らなきゃダメですかぁ……?』
「…………は?」
俺の動きが、ピタリと止まった。
その声は、めちゃくちゃに低体温だった。
眠たげで、気だるげで、一言喋るだけで周囲の酸素濃度が3%くらい下がりそうな、圧倒的な【やる気のなさ】。
まるで、地獄の底から這い出してきたナマケモノが、渋々マイクに向かって息を吐いているかのようなトーンだ。
画面の中の猫耳娘『ヨモ』は、Live2Dの機能をフルに活かして、信じられないほどダラけた「あくび」のモーションをキメていた。
『はじめましてぇ……、ルシフェル社長……。ヨモです……。オーディション受かったって聞いて、嬉しいんですけど、ぶっちゃけ面接のためにパソコン起動するの、マジでだるかったです……』
「お、おいおいおい結愛!?」
俺は冷汗をドバドバ流しながら、ディスコードの個人チャットに文字を打ち込んだ。
【なんだこのやる気ゼロの女は!? 英語圏向けの最強タレントって言っただろ! これじゃあただの『猫耳をつけた粗大ゴミ』じゃねえか!】
すると、結愛から即座に、氷点下のレスポンスが返ってくる。
【ルシフェル様、ご安心ください。彼女の【中身】は、私が厳密なバックグラウンドチェック(経歴調査)を行った、筋金入りのエリートです】
【どこがエリートなんだよ! 完全にニートのオーラが漂ってるぞ!】
【はい。彼女は英語圏のネイティブであり、語学力に関しては文句なしの最高評価です。……しかし、その本質は、実家で一日二十時間は布団から出ない生活を数年間続けている、筋金入りの【ズボラ女子(ニート気質)】でございます】
「俺の同類じゃねえか!!」
俺はマイクに向かって、思わず素のトーンで叫んでしまった。
かつて、四十歳になるまで実家で親の脛をかじり、終わらない現実逃避を続けていた、あの暗黒のニート時代。
ヨモの纏う空気は、あの頃の俺の『負のオーラ』と、完全に同質、いや、それ以上に洗練された【怠惰の極み】だった。
すると、俺の叫びを聞いたヨモが、ピコッと猫耳を寝かせながら、めんどくさそうに呟いた。
『えー……、社長、声大きいです……。耳が痛いです……。あと、先に確認しておきたいんですけどぉ……、ヨモ、週休五日がいいです。配信は、ゲームしながら無言でもいいですか……?』
「いいわけねえだろ!! お前、三百万円の経費(投資)がかかってんだぞ!」
『えー……。じゃあ、スパチャの額に応じて、ちょっとだけ喋ります……。あ、でも、英語ならいくらでも喋れるんで、海外のリスナーがなんか言ってきたら、適当にあしらっておきますねぇ……』
そう言った直後。
ヨモの口から、突如として信じられないほど滑らかな、マシンガンのような英語が飛び出した。
『――Hey, if you’re gonna complain about my attitude, why don’t you go watch some over-produced generic idol instead? I’m just here to pixelate my lazy life, okay?(おい、私の態度に文句があるなら、作られた量産型アイドルでも見てろよ。私はここでダラけた生活をドット化してるだけなんだから、わかった?)』
「なっ……!?」
鳥肌が立った。
言葉の意味は1ミリもわからなかったが、その発音、テンポ、そして相手を完全に小馬鹿にしたようなネイティブ特有の「煽り話法」のクオリティが、異常に高かったのだ。
これには、あの鉄面皮の結愛すらも、画面越しに満足げに首を縦に振った。
『お分かりいただけましたでしょうか、ルシフェル様。現在の海外市場、特に英語圏のZ世代において、過剰に元気な陽キャVTuberは、逆に『嘘臭い』として敬遠される傾向にあります』
結愛の冷徹なプロの分析が、四畳半に響く。
『逆に、彼女のような【圧倒的にリアルな怠惰】と【容赦のないネイティブの煽り】のギャップは、海外の過酷な競争社会に疲弊した若者たちに、強烈な【チル(共感)】と【中毒性】を提供します。これは、現代のバズ・マーケティングにおけるブルーオーシャンです』
「ち、チル……? 中毒性……?」
『はい。さらに重要な経営的メリットがございます。彼女は物欲が皆無であり、実家から一歩も出たくないという強い意志を持っているため、基本報酬の交渉において、非常に安価な【省エネ経費】として契約を締結することができました。我が株式会社インフィニティ・ワンの利益率を最大化する、最強の盾です』
結愛の脳内インボイス電卓が、パチパチと勝利の音を立てていた。
確かに、やる気満々で「あれこれ機材を買ってください!」と要求してくる意識高い系タレントよりも、「布団から出たくないから、最低限の電気代だけくれ」というニートの方が、経営者(金を払う側)としてはコントロールしやすいし、余計な経費がかからない。
「なるほど……。国に税金を盗られるくらいなら、この猫耳ニートを囲い込んで、海外からドルを毟り取るための『動かない大砲』にするってことか……」
俺は、三万円のゲーミングチェアに深く腰掛け、ニチャアッと下品な笑みを浮かべた。
四十歳の元ニートが、海外のガチニートを雇って、世界の富裕層からドルを巻き上げる。
これぞ、底辺の逆襲(グローバル版)だ。
『あのぉ……、社長。ヨモ、そろそろ眠いんで、通話切っていいですかぁ……? あ、契約書はスプレッドシートで送っといてくれれば、寝ながらスマホで承認しますんで……。じゃ、おやすみなさーい……』
ブツッ。
ツールの通話終了音が、四畳半に虚しく響いた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな、これ……」
俺の背中に、未知の不安による冷たい汗がツーッと流れ落ちる。
税金対策として海外に放った、最初の矢。
それは、俺の想像を遥かに超える、筋金入りの『最強の怠惰タレント(爆弾)』だった。
世界進出の第一歩は、四十歳のおっさんの胃痛を、一気に地球規模へと拡大させる狂乱の幕開けとなったのであった。
コメント
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うわあ……これはまた衝撃的な新入社員(?)が出てきましたね(笑)。三百万円の予算で見つけ出したのが「猫耳を付けた粗大ゴミ」ことヨモ……でも結愛さんの分析がまた冴えてて、「圧倒的にリアルな怠惰」と「ネイティブの煽り」のギャップが海外ウケするっていう理屈、なるほどなと膝を打ちました。英語の煽りを全く理解できないルシフェル社長の顔が目に浮かびます。そして「動かない大砲」という発想、底辺の逆襲グローバル版、面白すぎます。この会社、ますます目が離せなくなりましたね……!
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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