「兄ちゃん、矢っ張り最近色気づいてきたって」
「あ、あや君。そんなことないって」
「でも、トリートメント変えたとか、スキンケアに使ってる化粧水変えたとかじゃないでしょ? だったら、矢っ張り男?」
「何で、そこで男が出てくるのか分からないよ。あや君。ちょっとBL漫画の読み過ぎ」
朝食を作っている俺を、カウンター越しに見てくるあや君。名探偵気取りで、あや君はふむふむ、と俺を見て、「あってるでしょ」と、追い打ちをかけてくる。
色気づいてきたって、どういうことだと、言いたかったが、実際、ゆず君と身体を重ねたのもあって、否定できない部分もあった。それを、弟に知られたくないっていう思いと、あや君に知られたら、面倒くさいことになりそうっていう思いがあって、切り出せなかった。いや、切り出すないようじゃないから、切り出さないだけなんだけど。
(だって、あや君の知ってる俳優さんと、あんなことやこんなことしました……なんて言えないし)
あや君が、それをSNSで広めるってことはしないだろうけど、変に応援するから、何て言われるのも嫌だなと若干思ってしまった。
身体を重ねてしまった……あと、ゆず君に小説が書けるまで恋人役を続行して欲しいと『お願い』されてしまった。『お願い』だったので、勿論、断れ無かったし、俺は、それを受け入れてしまったわけだが、その日から、結構な頻度でメッセージが届くようになって、挙げ句の果てには、家に来たいとまで言いだした。どうにか、まだそれは早いかな。と誤魔化しているが、多分長くは持たない。ゆず君の行動力からして、そこまで長引かせることは出来ないだろう。それに、ゆず君が『お願い』と言ってきたら、俺は断れ無いし。
(あや君がいないときなら……って思ったけど、無理だよなあ)
ちょっと友達が来るから、友達の家に泊まらせて貰って? とは相談できないし、逆にまた怪しまれてしまうだろう。あや君は鋭いところあるし、また、ニヤニヤ笑われるのが落ちだと。
「はあ……」
「それは、恋煩いのため息かな、兄ちゃん」
「ち、違うって。ほら、席について。もうすぐで出来るから」
「はーい」
なんて、聞き分けの良いフリをして、あや君はちらりと俺を見ると、にまぁ~と顔を歪めた。絶対に、よからぬ妄想をしている。兄で妄想するなんて、それでいいのかと思うけど、あや君にとってはいい妄想の種になるなら何でもいいらしい。兄として、それはちょっとと思うんだけど、あや君が幸せなら仕方がない。
俺は、猫のホットケーキを作って皿に載せ、蜂蜜とバターを綺麗に盛り付けてあや君の元に持っていく。
「待ってました。兄ちゃんの可愛い猫ホットケーキ」
「はい、おまちどおさま」
こうやって、素直に喜んでくれる弟だからこそ、甘やかしている、大目に見ている部分はあると思う。よく、あや君に甘いね、と言われるけど、甘い自覚はある。
けど、それがあや君にだけかと言われたら、多分、後輩の二人や、ゆず君にも甘いんだと思う。このままじゃ、確かにちぎり君の言ったとおり、いいカモにされてしまうかも知れないけど。一応は、自制心とか、理性はあるし。ただ――
(『お願い』が断れ無いのだけは、辛い……かも)
誰にもこのことは言っていない。言ったら利用されるが落ちだってこと知っているから。分かってる、『お願い』が断れ無くなった理由も。その言葉に縛り続けられている理由も。全部分かっているからこそ、そういう『お願い』だったんじゃないだろうと、自分に言ってやりたい。過去の自分というか、今の自分にも。
「……」
そんなことを思っているとピンポーンと家のチャイムが鳴った。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
連続で鳴るチャイムに、ピンポンダッシュかとすら思って立ち上がる。近所の人が、最近やられたと聞いていたので、悪ガキが面白半分でやっているんじゃないかと、しかりに行こうと思って、俺は玄関へと向かう。生憎、カメラ機能はついていないため、玄関まで行かないと、誰がそこに立っているのか分からない。
「兄ちゃん、何、びくびくしてるの?」
「あや君、うーん、最近ピンポンダッシュされたっていってたから、それかなあと思って、ちょっと警戒してるだけ」
「えーまあ、ピンポンダッシュって面白いよね」
「あや君したことあるの?」
と、俺が聞けば、しまった、なんて顔をしてあや君は首を横に振った。
あや君への説教はあとにして、まずは、誰がチャイムを鳴らし続けているのか、突き止めなければ、と俺は恐る恐る玄関の扉を開ける外開きのため、逃げられる可能性は十分にあったが、俺が扉を開けた瞬間、チャイムは鳴り止み、俺はそこに立っていた人物とばっちりと目が合うことになる。
「え……」
「へへ~また、来ちゃいました♡ 朝音さん」
黒いキャスケット帽子を脱いで、テヘペロというように短く舌を出した犯人、祈夜柚は俺の顔を見て、にっこりと満面の笑みを浮べていた。
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