「ゆず、ゆず……くん」
「はい♡ 貴方のゆずです」
「何で、ここに……え、どうして、家」
「まあ、それはーちょーっと企業秘密なんですけど……」
「あー! 祈夜柚!」
俺とゆず君の間に割って入るように、あや君が後ろから大きな声を発した。それに驚いて、俺はこけかけて、目の前のゆず君にもたれ掛るような形で、抱き留められる。
「朝音さん、大胆ですね」
「いや、ちがくて」
ゆず君は、にんまりとした顔で、俺を見ると、意地悪を言うようにそう口にして、俺の肩を優しく撫でた。それだけでも、不思議と身体が反応してしまい、あの夜のことを思い起こさせる。反応しちゃダメだと、俺は、他のことを考えようとしたが、そんな俺とゆず君を見て、あや君が目を輝かせる。
「あの、あの! 祈夜柚さんですよね。俳優の」
「うん? まあ、そうだけど。もしかして、朝音さんの弟?」
「はい! というか、兄と知り合いなんですか。何処で知りあったんですか。色々聞きたいですし、何か、思ったよりも格好いいです。とりあえず、家に上がってくださいよ。立ち話も何ですし、兄に会いに来たなら、どうぞ、どうぞ」
と、何故かあや君がその場を仕切るように、ゆず君にマシンガントークを喰らわせ、ささっと、家の中に入っていってしまう。まあ、憧れの俳優がいきなり訪ねてくれば、誰だって平然としていられないだろう。あや君を見ていれば、興奮しているのが丸わかりだし、本当にファンなんだなあ、と思った。普段、BLの話しかしないから、こう、俳優にも興味があったんだと。最近は、BLドラマも増えてきたから、それで詳しくなったというのもあるかもだけど。
俺は、ようやく体勢を立て直して、ゆず君にごめん、と謝る。
「いいですよ。それに、抱き付かれたの、別に嫌じゃなかったですし」
「それなら、いいけど……って、そうじゃなくて、どうしてここに?」
「朝音さんに会いに来たんですよ。お家デートとかやってみたいなあって」
「それ、ゆず君の家でも良くない?」
「えーだって、何回か来てません? だから、朝音さんの家の方が新鮮なんじゃ無いかって思って」
まあ、確かにそうだけど。と思いながら、取り敢えず中に入って貰おうと思った。だって、またあのクソダサジャージにキャスケット帽子だったから。じゃなくても、家に祈夜柚っていう有名人が来ているって見られたら大変だと思ったから。ゆず君はなんの遠慮もなしに「おっじゃましまーす」何て言って家に入っていった。本当に現金な子だとおもう。
でも、面倒な事になったことは確かだ。
リビングに戻れば、普段は何もしないあや君が、お茶を準備して待っていて、何だか面接するように、一人席を勝ち取り、俺と、ゆず君が座るであろう席を空けて待ち構えていた。
「どうぞ、座ってください」
なんて、促して、あや君は目を輝かせている。
そんなあや君の事なんてお構いなしといった感じに、自分のペースで座って、出されたお茶を何のためらいもなく飲むゆず君。自由人と自由人のぶつかり合いを目にして、頭が痛くなった。気にかけるとか、そういうのをきっとこの二人は持ち合わせていない。
「祈夜柚さんは、どうしてこちらに。というか、何で兄と。って、兄ちゃん何で教えてくれなかったんだよ。てか、もしかして祈夜柚のこと聞いたのってそういうことだったの!?」
「へえ、朝音さんが、僕のことをねえ。そうだ、弟君なんて名前?」
「俺ですか。俺は、綾って言います。朝音綾。あの、多分朝音だとどっちも朝音なので、名前で呼んで下さい」
と、ちゃっかり、名前呼びをせがむあや君。
それに、少し胸の痛みを覚えた。だって、俺はまだゆず君に名前で呼ばれたことなかったし……苗字呼びだし。そう思って、ゆず君を見れば、彼の宵色の瞳がこちらをじっと見つめていて、それから、ゆず君は安心させるようににこりと笑った。
「この際、朝音さんの事、紡さんって呼んじゃおっかな。そしたら、公平でしょ? ね、紡さん」
「……っ、公平って。別に俺は」
俺の心を読み取ったように、ゆず君が言うので、俺は思わず目をそらしてしまった。内心、あや君より先に名前を呼んでもらえたことが嬉しくて、少しの優越感に浸っている。
でも、それって、もしかして恋人役だから名前呼びなんじゃないかとも思えてしまって、複雑だった。
それから、あや君のゆず君への質問攻めが始まった。例えば、俺と何処で知りあったのだとか、ゆず君主演のドラマのあれが好きだとか、これが好きだとか、兎に角色々。そのどれもに、丁寧に答えていくゆず君。俺はそんなゆず君を隣で見守りながら、話を聞いていた。俺が始めて聞くこともあったし、知っていることもあって、また一つゆず君を知れたなあ、という満足感もあって無駄な時間じゃ無いと思った。焦った様子もなく落ち着いて答えるゆず君を見て、時々『俺』と混じるところを見つけて、そこに引っかかりは覚えたものの、崩さない笑顔を見て、プロ意識から無意識にそうなっているんじゃないかな、と俺は思って口を挟まなかった。勿論、その後それに対して言及するつもりはないし。
そうして、時間は経っていき、すっかり意気投合したゆず君は、あや君とゲームをしたり、あや君のBL漫画をかして貰ったりと、我が家のように過ごしていた。弟がもう一人出来た感覚で、見守っていれば、あや君が「泊まっていって下さい」なんて言ったものだから、俺は、それはちょっと、と口を挟みたくなった。だって、かせる部屋がないから……ないわけじゃないけど、そんな急に、とどうせ準備するのは、俺なのに、という気持ちが出てきてしまった。だが、ゆず君が満面の笑みで、勝ち誇ったようにいうので、俺は止めることが出来なかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて、泊まらせて貰います♡」
そう言った後、俺を見て、不敵な笑みを浮べたゆず君は、俺の見間違いじゃないだろう……か。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!