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一瞬だけ、吸い込まれそうなほど強く目が合う。
心臓が跳ねた。
けれど、直哉はすぐに
何事もなかったかのようにすっと視線を逸らして、女子たちの輪の中へと戻っていってしまった。
「っ……」
その冷たい拒絶の瞬間に、昨日自分が放った最低な言葉の重みが、一気に脳裏に蘇ってきた。
『お前、本当に……最近、重いんだよ!!』
最低だ。
あんなに傷ついた顔をした直哉を、俺は初めて見た。
あいつはただ、俺のことが好きで好きでしょうがなくて、不器用にしがみついていただけなのに。
それを『重い』の一言で片付けて
挙句の果てに、ちゃんと謝ることすらできずに意地を張っている。
◆◇◆◇
放課後
部活のない日の夕暮れ。
俺は一人、昇降口の下駄箱の前で立ち尽くしていた。
早く帰らなきゃいけないのに、なぜか足が動かない。
すると、背後から聞き慣れた、けれど少しだけ遠慮がちな足音が近づいてきた。
「兄さん」
「……直哉」
恐る恐る振り返る。
そこに立っていた直哉は、いつもの自信満々な独占欲の塊ではなく
少しだけ困ったように、頼りなげに眉を下げて笑った。
「今日は……友達と、帰る?」
「…っ」
その聞き方。その距離感。
完全に俺に気を遣って、踏み込まないように必死に自制しているのが痛いほど伝わってくる。
その健気な姿を見ていたら、胸の奥が痛くて、苦しくて、もう限界だった。
「……今日はいい」
「え?」
「お前と帰るんだよ、バカ」
言った瞬間、直哉の切れ長の目が、分かりやすいくらいに丸く見開かれた。
けれど、俺はあいつの顔を正面から直視することができなくて
フイッと顔を斜め下へと背けながら、ぶっきらぼうに言葉を続けた。
「昨日の…その……あの言葉は……」
謝れ。
俺が間違ってたって、お前の愛を重いなんて思ってないって、ちゃんと言え。
頭の中では分かっているのに、ツンとしたプライドが邪魔をして、うまく口が動かない。
「……悪かった。言い過ぎた」
蚊の鳴くような小さな声でそう告げると、直哉はしばらくの間、呆然としたように黙り込んでいた。
静寂が昇降口を包み込む。
嫌われただろうかと俺が不安に駆られた、その時。
「兄さん」
いつもの、鼓膜がとろけそうなほど優しい声が響いた。
「俺もごめん。昨日、ちょっと嫉妬しすぎて余裕なくなってた」
「……」
「でもね」
直哉は一歩、俺の前に近づくと、少しだけ自嘲気味に微笑んだ。
「兄さんに『重い』って言われたの……正直、めちゃくちゃショックだった」
「っ……」
やめろ。直球でそんなことを言われると、罪悪感で胸が本当にハチの巣になりそうだ。
俺はこれ以上の恥ずかしさと愛おしさに耐えきれなくなって、衝動的に手を伸ばすと
直哉の制服のブレザーの胸元をぐっと力任せに掴んだ。
「……だから、悪かったって。何度も言わせんなよ」
「うん」
「……あと、その……」
「なに?」
直哉が顔を覗き込んでくる。
俺は直哉の胸に額を押し付けるようにして、消え入りそうな声で本音を絞り出した。
「お前に……普通に接されて、無視されんの……死ぬほど、嫌だったんだよ……っ」
言った瞬間、自分の顔が信じられないほどの熱量でカッと熱くなるのが分かった。
心臓が爆発しそうだ。
けれど、俺のその限界のデレ文句を聞いた瞬間
直哉の顔が、まるで世界がパッと輝いたみたいに、最高に幸せそうにクシャッと歪んだ。
「……あはは!兄さん、ほんと可愛すぎ」
「わ、笑うな!」
次の瞬間。
ぎゅっ、と、骨が軋むほどの圧倒的な力で
俺の身体が直哉の大きな胸の中に抱きすくめられていた。
「ちょ、おまっ…誰か見たらどうすんだよ!」
「無理。兄さんからそんな可愛いこと言われて、我慢できるわけないじゃん」
耳元で低く、愛おしそうにクスクスと笑う声が近い。
首筋に押し付けられた直哉の髪の感触が、狂おしいほどに心地よかった。
……くそ。
やっぱり、恥ずかしくて死にそうだけど。
この鬱陶しいくらいの重い愛に、骨の髄まで慣らされてしまった俺にとっては────
こいつと離れている時間の方が、よっぽど無理なのかもしれなかった。
姫華