「えっ、あの! なんか潰してません!?」
ケインが2つの巨大な拳によって殴られたのを至近距離で見て、クォンが叫んだ。普通なら間違いなくミンチである。
しかし、ピアーニャは嫌そうな顔のまま。
「ケインがあのテイドで、どうにかできるワケがない。きをつけろ」
「えぇ……」
常識的にはどうみてもアウトなのだが、そこは『ケインだから』という理由で無事を確信している。そしてその確信は、目の前で現実に変わる。
「うおおおおおっ!」
「んきゃあっ!」
「ぅおっとぉ!」
気合いの声とともに、ウッドゴーレムとツインテイラーの腕が弾かれた。弾いたのはもちろん中心にいたケイン。流星煌を纏い拳の挟撃を防いだ後、2つの巨大な腕を自力で跳ね返したのだ。
「えええええっ!?」
「………………!」
信じられない光景にクォンは絶叫するが、こうなる事が分かっていたピアーニャは冷静に、自慢げに踊り子風衣装でムキッとポーズを取りながら着地するケインを見る。
「な……アイツ、そんな…まさかっ!」
ある事に気が付き、愕然とした。
ブロント・エンドでは、コロニーから離れた場所で繰り広げられている戦闘行為を見る為、人々が集まったり、飛び上がったりしていた。
普段のエーテルガンの撃ち合いですら近づこうともしないので、巨大なモノが盛大に殴り合っている場所になど、誰一人近寄ろうとしない。こちらに飛び火しないよう警戒するついでの見物である。
そんな人々の視線は、空中に立っているネフテリア達にも向けられていた。
「なにあれ?」
「変態だ」
「やだおっきい……」
「ヘンタイ集団か?」
「あんなちっちゃな子まで……」
(なんかわたくし達までこの変態に巻き込まれてません!?)
ネフテリアは周囲への説明の必要性を感じていた。しかし少しだけ慌てているムームーによって阻止される。
「あのずっと見てましたけど、加勢というかアレ止めなくていいんですか?」
その言葉にハッとした。なんとなく流れでずっと見守っていたが、ミューゼとパフィが殴り合っている異常事態である。理由はどうあれアリエッタの教育に悪い。
「ふむ。確かに身内だというならば止めた方がいい。子供の教育に悪いからな」
『アンタが言うな!』
2人とも男に向かって叫んだが、男は特に気にした様子は無い。
前に出て、少し身をかがめた。
「では行ってくる」
そう言い残し、男は思いっきりジャンプ。物凄い勢いで戦場へと飛んでいった。
「ちょっと待ちなさいよ! ケイン!」
あんな変態をミューゼの目に入れたくない。そう思っているネフテリアは、加勢に向かう事に決めたのだった。
「なにあの跳躍力……」
「わたくし達も行くわよ! あの変態を止めないと!」
「はいっ」(ぴあーにゃにもこのカッコイイの見せてあげたいなぁ)
ムームーは戦慄しながら頷いたが、アリエッタはいつも通り条件反射での元気な返事である。
「ふたりともキをつけろ! そいつはドルナだ!」
『!?』
ピアーニャの言葉に、ミューゼとパフィが顔をこわばらせた。
ドルナ。夢のリージョン『ドルネフィラー』から漏れ出た夢そのもので、ドルネフィラーが過去集めた夢が、明確な自我を持って他のリージョンで動き回る存在である。なお、漏れ出た原因については分かっていない。
「ドルナ?」
不穏なものを感じ取ったクォンが、加勢する為にアーマメントを構える。しかし、ピアーニャによって制される。
「ムダだ。ドルナにはカンショウできん。ぜんぶすりぬけるぞ」
現実と夢は干渉不可能。見る事は出来ても触る事は出来ない。もちろんドルナから現実の生き物を触る事も出来ない。
「え、でも……」
「ああ、さいきんよくイッショにいるオマエとムームーには、はなしておくべきだな。アリエッタのチカラでカンショウできるようにしているんだ」
例外として、女神の娘かアリエッタの木(仮)によって何かされると、ドルナに干渉出来るようになるのだ。ウッドゴーレムはアリエッタが模様をつけた杖によって生み出され、ツインテイラーはアリエッタの木(仮)の蜜や葉によって増殖と染色がなされている。
偶然にも、そんな2体とだけ関わった事で、これまでケインがドルナである事に気付けなかったのである。
「アリエッタちゃんって何者?」
「……さぁな」
当然の疑問には、ピアーニャも知らぬ存ぜぬを貫くのみ。これ以上の詳しい話と口止めはムームーも巻き込んで行う事にし、今はドルナ・ケインをどうにかする必要がある。
「あれ、そういえば何でドルナだって気付いたんですか?」
「うっ……それは……」
触ってすり抜ける以外のドルナの見分け方。それは、体の一部が透明になっているという事。
その事をクォンに説明し、次にどこが透明なのかという疑問を解消する為にドルナ・ケインを見た時、ミューゼが悲鳴を上げた。
「もういやあああ!! よりによってなんでソコなのおおおおおお!!」
「あーあ、きづいてしまったか……」
ドルナ・ケインは、紳士的にウッドゴーレムの主と対話する為に、肩へと飛び乗っていた。そしてすぐに、ミューゼがその透明部位に気が付いて叫んだのだ。
頭の上にいるフーリエは茫然とし、丁度気絶から立ち直ったエンディアは、一瞬興奮した目で筋肉を見てから視線を下に移し、表情を絶望に染めた。
「お〇ん〇んが無い! 女性だったの!?」
「そうじゃない! ってゆーかチョクセツテキだなおい!」
「ひえぇ……最悪な場所ですね……」
ドルナ・ケインがドルナたらしめる透明の部位は、なんと股間だった。色々な意味で最悪である。太陽を背にした時に股間が光って見えたのは、単純に太陽の光が直接漏れていただけだったのだ。
エンディアの問いを受け、ドルナ・ケインは嬉しそうにクネッとポーズをとる。
「そうわよ☆」
「ひっくい声で気色悪い返答するなあああ!!」
ぞんっ
ミューゼの叫びとともに、ウッドゴーレムの肩から鋭い枝が真上に伸びた。その場に留まっていたら間違いなく串刺しになっていたであろう攻撃を躱し、ドルナ・ケインは空中に躍り出た。
そこへ、ジャンプしたツインテイラーの拳による追撃が迫る。
ドゴォッ
しかし吹き飛んだのはツインテイラーだった。その辺に浮いていたツーサイドアップ派を数名巻き込んで、盛大に倒れる。
「よう、いい加減ケンカは止めた方がいいぜ。総長ちゃん」
そう言って地面に降り立ったのは、もう1人のケイン。まさかと思ったピアーニャは、注意深くその体を見て、足場の雲をダンッと叩いて叫んだ。
「ホンモノまでくるなよおおおおお!」
現実のケインの方は、なんとサイロバクラムに合わせた女装となっていた。つまりアーマメントを装着したハイレグである。奇跡的にはみ出していない。
「いやん……♡」
その場では、エンディアだけが涎を垂らしながら喜んでいた。
「おーい!」
「ん?」
2人のケインが合流した時、遠くからネフテリアの声が聞こえた。ケインを追いかけて空中を走ってきたのだ。
「はぁはぁ。うげっ、なんでケインが2人いるの!?」
「かたほうはドルナだぞ」
「ひっ、やだぁ……」
それだけで自体のおかしさを理解したネフテリア。この世の終わりが到来したかのような顔でケイン達を見下ろしている。
ついでにピアーニャが、アリエッタにナデナデされた後にギュッっと抱きしめられるという深刻な事態に陥った。
「ぴあーにゃ、だいじょうぶ?」
「うむ、だいじょうぶだから、はなしてくれ……」
たったそれだけでピアーニャの精神に多大なダメージを与え、目から光が消える。そんな姿を間近で見てしまったムームーとクォンは、目を背けて震えてしまった。
「プーッ!」
「ごるぁテリア! あとでおぼえとけよ!」
遠慮なく噴き出したネフテリアの不幸な未来が決定。
それはさておき、2人のケインはいつの間にかウッドゴーレムに登り、フーリエに迫っていた。
「お嬢さん方、こいつを見てくれ、こいつをどう思う?」
「知るかあああ! なんで女物のスーツ着てんだよっ!」
問いかけられた方は絶叫してエーテルガンを構えているが、
「すごく、大きいです……」
「ちょっとリーダー!? 気を確かにっ!」
エンディアはなんとか上半身を捻り、首を限界まで回して必死にケインを見つめていた。息が荒いのは無理な体勢になっている為だけではないだろう。
そんな視線に気づいているのかいないのか。ケインは横にいるミューゼに優しく語りかけた。
「お嬢ちゃん、その素敵な服の事を教えてくれないか。我々警備隊の制服に丁度良い」
「ひっ」
「あの人今、警備隊の制服って……」
「ヨークスフィルンが、ますますおかしくなるな……」
ミューゼの衣装は露出こそ少ないが、アリエッタによってメカ風の魔法少女をイメージしたものになっている。ケインにとっても世間にとっても、目新しい服なのだ。
「ふむ、交換条件として、俺様の脱ぎたてではどうだ?」
「をいこらまてい! ダレがそんなもん、ほしがるんだ!」
「わたくしが欲しいです!」
「チジョはだまってろ!」
目が覚めた所に、逞しい筋肉と膨らみがやってきて、エンディアのテンションは爆上がり。
ピアーニャの叫びが多方面に炸裂している中、2人のケインはミューゼに迫る。最強の変態達に包囲されたミューゼは既に涙目である。
しかしここで、ドルナ・ケインが背後から迫る殺気に気が付いた。
「む」
「っらぁぁぁあああああ!!」
倒れたツインテイラーの髪を使い、自身をケインに向かって投げつけたパフィ。フォークを突き出し一直線で飛んでくる。
「ミューゼから離れるのよおおおお!!」
「おっと、情熱的なアタックだな! 負けちゃいられねぇ!」
何を思ったか、現実のケインがパフィに向かって飛んだ。そして空中で衝突。
「ぎゃああああ触るななのよおおおおぉぉぉ!!」
「はーっはっはっは!」
空中での戦闘において、エテナ=ネプト人は無敵の突進力を誇る。フォークを指で受け止めた勢いのままパフィを抱きしめ、そのまま彼方へと飛んでいった。
「えっ、パフィ?」
いきなり相棒を連れ去られてしまったミューゼは、目を点にしていた。
一同がいきなりな事態に対応出来ない中、ピアーニャだけが動き出す。
「おいアリエッタをたのむ! わちはパフィをおいかける! こいクォン!」(いまがチャンス!)
「へあっ! はい!」
パフィの救出を口実に、アリエッタから離れる事に成功。クォンだけを連れてパフィの方へと猛スピードで飛んでいくのだった。
「……はぇ?」(あれ? ぴあーにゃは?)
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