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王宮から屋敷に戻ったルシンダは、さっそくクリスに茶会での出来事を話した。
せっかく王子から良い先生を紹介してもらえるのだから、何としてでも習いたいが、そのためには義両親から許可を得る必要がある。
さらに、うまく伝えないと却下されてしまう可能性もありえるため、伝え方を慎重に考えなければならない。
そう思ってクリスに相談してみると、クリスが交渉役を買って出てくれた。
「こういうのは機嫌がいい内に話すのがいいから」
そう言って、その日のうちに掛け合って、見事許可をもぎ取って来てくれたのだった。
「お父様とお母様に掛け合ってくれて、ありがとうございます! こんなにすんなり許可してもらえるなんてすごい…!」
「こういう時は、彼らにとってのメリットも提示してやればいいんだ。アーロン殿下の人脈と繋がれることを強調したら納得してくれたよ。それに、殿下直々の紹介だから、無下にする訳にもいかなかったんだろう」
クリスは何でもないことのように言うが、ルシンダがお願いしに行っていたら、これほどスムーズにはいかなかったはずだ。
(お兄様って、本当にまだ十一歳? もう精神年齢でも負けてる気がする……)
なんとなく切ない気持ちになっていると、クリスが気遣わしげに尋ねた。
「僕はすでに別の先生に魔術を習っているから、トレバー先生の授業はルシンダ一人で受けることになるが大丈夫か?」
「はい、少し寂しいですけど頑張りますね」
「あまり無理はするなよ」
ルシンダが頷くと、クリスは優しく目を細め、いつものようにルシンダの頭を撫でたのだった。
◇◇◇
魔術の授業初日。
ルシンダは魔術の先生であるフローラ・トレバー子爵夫人の屋敷を訪れていた。
「ルシンダ・ランカスターと申します。今日からよろしくお願いします」
「フローラ・トレバーよ。アーロン殿下からお話は伺っているわ。まずはあなたの魔力を見せてくれるかしら」
フローラが優しく微笑んでルシンダの手を取る。
「あなたに私の魔力を流して反応を見るから、目を瞑ってリラックスしてちょうだい」
ルシンダが目を瞑ると、手のひらから何か温かいものが身体に広がっていく。
そのまま数十秒ほど待っていると、心地よかった温かさがふっと消えていき、右手に重ねられていたフローラの手が離れるのを感じた。
「……もう大丈夫よ。あなたの魔力はかなりの濃さね。全属性に適性があって、特に雷属性に親和性があるかしら。きちんと努力すれば、きっといい魔術師になれるわよ」
「本当ですか⁉︎ 嬉しいです!」
期待以上の高評価にルシンダは顔を綻ばせた。
この世界での魔力は血に宿り、その濃度で魔術の素養が判断される。つまり、魔力が濃ければ濃いほど少ない魔力で威力の高い魔術を使えるのだ。
そして、属性への適性も重要だ。高魔力の持ち主は大抵、風火水土氷雷の全属性の魔術を扱えるものだが、適性がなければ威力が落ちてしまう。
全属性に適性があるということは、使える魔術に幅ができるということ。魔術師を目指すルシンダには願ってもないことだった。
(全属性で高度な大魔術が使えるようになるかもしれない……!)
明るい未来に胸を弾ませていると、フローラが「でも……」と続けた。
「……心にちょっと蓋があるというか……。強く抑え込んでいる部分があるのかしら。魔術を自在に操るには精神を解放することが大切よ」
「精神を解放……ですか?」
「ええ、そうよ。心にフィルターを作らないで、物事をありのまま受け入れるの」
「……なんだか難しそうですね」
「ずっとじゃなくていいのよ。魔術を使うときの心構えの話だから。でも、少しずつでいいから、それを意識してみて」
「はい、分かりました」
その後は、フローラがいくつか簡単な魔術を披露してくれ、魔力の扱い方について教えてくれた。
「では、今日はここまで。また一週間後にね。まだ危ないから自主練習もしてはだめよ」
「分かりました。また来週、よろしくお願いします!」
魔術の授業は週に一度とのことで、ルシンダはもっと詰めて練習したかったが、まだ年齢も幼く体も心も未熟なため、このくらいのスケジュールにするのが適切らしい。あまり頻繁に魔力を使うと成長に支障が出るようなので、仕方がない。
そうして毎週フローラの元へと通い、真面目に授業に取り組んだ結果、最初の一月で魔力の扱い方には及第点をもらうことができた。
「では、いよいよ魔術を発動する練習を始めましょうか」
「はいっ!」
ついに楽しみにしていた魔術発動の練習ができると、ルシンダが目を輝かせて喜ぶ。
そんなルシンダの様子を見て、フローラは目を細めた。
「では最初は、一番容易で危険の少ない、風属性の初級魔術を練習してみましょうか。『創風』といって、その名の通り風を生み出す魔術よ。まずはこんな風に、そよ風を吹かせてみましょう」
そう言ってフローラがピンと人差し指を立て、空気をなぞるように動かす。すると、それまでまったくの無風だったにもかかわらず、突然ルシンダのうなじを爽やかな微風が吹き抜けて亜麻色の髪がふわりと舞った。
「初めは今くらいのささやかな風を創り出せれば十分よ。この進化系が『鎌鼬』や『旋風』などの攻撃系魔術になるの」
(まさにゲームの世界みたい……! 早く攻撃系魔術が使えるようになりたいな)
前世でプレイしていたゲームの魔術師キャラを思い浮かべ、ルシンダはついテンションが上がってしまう。
「魔術をスムーズに発動するためのコツはありますか……⁉︎」
「そうねぇ、魔術の発動には想像力が一番大事なの。使う魔術を具体的にイメージして、そこに自分の魔力を送り込むのよ」
(なるほど……。想像力には自信があるわ!)
前世ではゲームにのめり込みすぎて、現実世界でもしょっちゅう空想に耽っていた。
自分が魔術師だったら、空中に大きな水球を浮かべて、その中を泳いでみたいなんて少し子供っぽい空想から、風の魔術で背中を押して楽に歩きたいというものぐさな願望まで。
(前世の妄想癖がこんなところで役立つなんて……!)
かつて毎日していたように、イメージを練り上げる。
(そうだ、せっかくだからあの花を──)
ルシンダが柔らかな手つきで人差し指を振る。
すると、小さなそよ風が生まれ、そばに咲いていた可憐な野花を揺らして、白い綿毛がふわふわと舞い上がった。綿毛はそのままそよ風に乗って、陽の光を浴びてきらきらと輝きながらフローラの目の前を飛んでいく。
「……初めてとは思えない出来よ。とても綺麗だった」
フローラがほぅ、と息を吐く。
「きっとあなたはいい魔術師になれるわ」
フローラの慈しむような眼差しと言葉に、ルシンダは確かな自信と手応えを覚えた。そして、これからもっと頑張ろうとやる気をみなぎらせるのだった。