「恋、こっちだ」
更衣室を出ると、既に着替えて準備運動している尊さんが手招きする。
その水着姿は、予想通り、俺の想像を遥かに超えていた。
引き締まった身体に適度に筋肉がついたラインがシンプルながらも洗練された水着に映えている。
思わず見惚れてしまう。
「お、お待たせしました……!尊さん、かっこいい……」
「よし、行くぞ」
手首を握られて引かれるように歩き出す。
尊さんの手の温もりが、砂浜の熱さとは違う熱を俺の体に伝える。
サンダルを履いていても足裏に感じる砂浜の温もりが気持ち良い。
海水に入った瞬間、冷たい感触に驚きつつもワクワクする気持ちの方が大きい。
海水浴シーズン真っ只中ということもあって、周りには家族連れやカップルが楽しそうにはしゃいでいる。
俺たちも、その中の幸せな一組だ。
よく見ると波が去ったあとにまるで流れ着いたメッセージボトルかのように
綺麗な貝殻が砂の間から姿を覗かせていた。
キラキラと光を反射している。
「うわ!尊さん見て見て!すごく綺麗な貝殻落ちてますよ!」
しゃがんで砂を手で払って貝殻を持ち上げ、太陽にかざしてみる。
虹色に輝いて見える。
顔を上げると、尊さんが微かな笑みでこちらを見つめていた。
太陽の光が彼の輪郭を縁取っていて、まるで映画のワンシーンみたいだと思った。
その一瞬が、永遠のように感じられる。
「ふっ…お前、はしゃぎすぎだ」
「……!!!」
尊さんが腹を押えて吹き出したように笑った。
心から楽しそうな、無邪気な笑顔だ。
あまり見ない笑顔に、つい顔が赤くなる。
耳まで熱いのを感じながら、無意識に下を向いて貝殻を握りしめてしまった。
この笑顔を独り占めできることが、何よりも幸せだ。
「?どうした、また下向いて。他にもいいものあったのか?」
尊さんが俺の手元を覗き込む。
「い、いえ!ただちょっと…綺麗すぎて……見惚れちゃったんです」
我ながら苦し紛れな言い訳だ。
でも尊さんは特に追及することなく、「そうか」と言ってまた波打ち際を見つめている。
そこからは、波と戯れるように走ったり、たまに尊さんの長い脚に水をかけたりする。
そのたびに尊さんは軽く反撃してきて、お互い、年甲斐も無く笑い合った。
水をかけ合うだけの単純な遊びが、こんなにも楽しいなんて。
時間が経つのも忘れそうになるくらい夢中になって遊んでいるうちに、いつの間にか昼過ぎになっていた。
腹の虫が、休息を促すように鳴り始める。
「一旦休憩するか?」
「そうですね、お腹も空いてきましたし…!」
◆◇◆◇
昼食を取るために海の家に向かった。
ソフトクリームやかき氷など、定番のものを揃える店員さんの活気のある声が飛び交う中
俺は棒アイスと焼きそばを、尊さんはたこ焼きとソフトクリームを注文した。
空いているテーブル席に尊さんと横に並んで座っていると、しばらくして商品が運ばれてきた。
潮風が、焼きそばの香りを運んでくる。
「「いただきます」」
海鮮を混ぜ込んだパラパラ麺の焼きそばはとても美味しくて、あっという間に平らげてしまった。
潮風の下で食べるジャンクフードは、格別だ。
そしてデザート代わりに買った棒アイスを口に入れると、甘さと共に爽やかな風味が広がる。
「おいし~…」
棒アイスの冷たさが舌先に広がる。
最初はミルキーな甘さが口全体を包み込むが、その奥に隠された乳脂のコクがじわりと溶け出してくる。
表面は滑らかそうでいて、よく見れば細かな氷の結晶が凸凹と主張している。
それを舌全体で受け止めるようにゆっくりと舐めあげる。
そのとき、ふと棒アイスにある種の既視感を覚えた。
(なんか…尊さんのちんちん舐めてるときみたい……っ)
突如として脳裏に浮かんだ不純なイメージ。
頭の中で、棒アイスが、違うものに置き換わってしまう。
反射的に目を閉じて必死に打ち消そうとするけれど、一度繋がった思考は容易く離れてくれなかった。
場所が場所だけに、隣にいる相手が相手なだけに、 この妄想はヤバい。
あの硬くて熱い棒状のモノが自分の舌によって徐々に溶けていく感覚。
表面に浮かぶ無数の汗がまるでアイスの結晶みたいで。
喉の奥まで深く咥え込んで吸い付く時の甘美な痺れ───
その時の熱と、今の冷たさが混ざり合って、全身がぞくぞくする。
「……っ!」
顔に熱が集まるのを自覚して、これ以上は危険だと慌てて残りのアイスを一気にかじり込む。
冷たすぎる衝撃で舌が痛むのに、胸の鼓動だけは治まる気配がない。
心臓が、ドクドクと不規則に鳴っている。
(って、なに考えてんの俺……!こんな場所で……っ尊さんの真横で、こんな変態なことを…!)
目の前では尊さんが熱々のたこ焼きを爪楊枝で刺して平然と口に入れている。
その優雅な食べ方と、俺の頭の中の淫靡な思考のギャップが、さらに俺を追い詰める。
尊さんの動かす綺麗な口さえ、妙に艶っぽく見えてしまうのは完全に俺のせいだ。
「おいどうした?顔赤いぞ」
視線だけが刺さってきて思わず肩が跳ね上がる。見られていた…!
「い、いえっ!た、尊さんのたこ焼きも美味しそうだなって……!」
(尊さんのたこ焼き……やばいやばい全部下ネタに聞こえてくる)
「本当か?」
「は、はい!俺も頼めばよかったです…あはは」
我ながら下手な嘘だ
俺の嘘に尊さんが気付かないわけがない。
何を考えていたのか、全てバレているんじゃないかとヒヤヒヤする。
「……お前、まさか」
尊さんがまじまじと見てくるので
(|尊さん《ちんちん》のこと考えてるってバレた……っ?!!)
と焦っていると
「熱中症じゃないだろうな…大丈夫か?」
優しく額に手を当てられた。
ひんやりした掌の感触が心地よい。
安堵と、期待外れの気持ちが交錯する。
「だ、大丈夫です!!全然……っ!!」
必死で否定する俺を見て、尊さんは小さく笑みをこぼした。
「それならいいが……無理するなよ…ってお前、唇に青のりついてるぞ」
そう言いながら尊さんが俺の唇についた
「……あ、ありがとうございま……」
唇に尊さんのひんやりとした指が触れた瞬間、ピリッと電流が走ったような錯覚に囚われる。
たったこれだけの接触で、また妄想が爆発しそうだ。
(ダメだ……!!こんな些細なことでドキドキしてちゃ……っ、平静を装わないと)
一方で尊さんは全く動じずにソフトクリームを頬張っている。
大人の余裕だ。
対する自分はといえば、尊さんが舌でクリームを舐めとる動作さえ、今の俺には妙に淫靡な行為のように思えて仕方がない。
顔を真っ赤にして挙動不審になっている始末。
あまりの自分の変態っぷりに自己嫌悪さえ芽生えそうだった。
まるで思春期の少年だ。
「ちょ、ちょっと冷たいの食べて冷えちゃっただけかも、です、あはは…っ」
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