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「私が会社を引き継いで2年よ。その前の業績不調までは私の責任じゃないでしょ」
ミルヴェイユは業績不調ではない。経営状態は悪くはないのだ。ただ、緩く下がってきているだけで。
だが、今の二人にはそんなことは関係なかった。
美冬の反論にぐっと一瞬詰まった祖父だ。
しかし祖父は真顔で美冬に言った。
「美冬、結婚か経営改善だ」
「結婚ー!? さっきまで彼氏と言っていたじゃない!」
祖父はつーん、と横を向く。
「結婚か経営改善だ」
悔しいことに祖父は筆頭株主だ。しかも株主にも経営陣にも顔が利く立場なのだ。
祖父が美冬をクビにする、と言えばそれは可能なのである。
* * *
「杉村さん、経営改善ってなにかしら?」
「経営を良くするってことですか?」
社長室で頭を抱えていた美冬に報告に来ていたマネージャーの杉村理恵が美冬に書類を渡しながら淡々と返した。
杉村とは長い付き合いだ。美冬が『ミルヴェイユ』に入社した時、杉村は企画部でアシスタントをしていた。
当時入社したばかりの美冬は分からないことは杉村に何でも教えてもらった。
数年で異動してしまったのだが、杉村のその異動は昇進であり、美冬が代表になるときにはマネージャーとして、祖父の信頼を得ていたのだ。
美冬も側でそれを見ていたのである。実務に関しては任せて大丈夫。そう思える人物なのだ。
「美冬さん、ベンチャーキャピタルってご存知ですか?」
突然杉村にそう尋ねられる。
美冬は首を傾げた。
「一応、知ってはいます」
ベンチャーキャピタルとは、ベンチャー企業やスタートアップ企業など、高い成長が予想される、まだ上場していない会社に出資を行う投資会社だ。
未上場時に投資を行い、投資先の企業が上場や成長した後に株式を売却したり、事業を売却して儲けを得る。
「けどうちはベンチャーでもないし、スタートアップ企業でもないでしょう?」
「まあ、そうなんですけど、ベンチャーキャピタルは新規企業だけに投資しているわけではないようなんですね。|園村《そのむら》ホールディングス、ご存じですね?」
「うん」
園村ホールディングスといえば中規模の商社のはずだ。扱うものは幅広く、地元に強い企業として有名である。企業としては総合商社になるのだろうか。
「あそこも以前、ベンチャーキャピタルの資本が入っています。つまり、成長性のある企業であれば、割と幅広く投資するようなところもあるんですね。まあ、園村ホールディングスの場合は他にも事情はあるんでしょうけど」
園村ホールディングスもミルヴェイユほどではないけれど、確か30年ほどの歴史のある会社だ。
そう言われれば、新規企業だけに投資しているわけでもないことが分かる。
「ベンチャーキャピタルから出資を受けた場合は借り入れとは違い、返済の義務はありません。しかもベンチャーキャピタルから出資を受けることは、その企業の事業内容やビジネスモデルが評価されていると認知され、それ自体にも価値があります」
美冬は書類から顔をあげ、杉村の顔を見ていた。
表情が変わる人でもないのでその心が読めるわけではないが。杉村は淡々と続けた。
「『グローバル・キャピタル・パートナーズ』という会社があります。ベンチャーキャピタルです。そこがクローズドではあるんですがコンペを行う予定です」
「『グローバル・キャピタル・パートナーズ』は知ってる。若い経営者よね? 確か。コンペ? 投資先を探しているの?」
「そうですね。何社かに声を掛けているようなんですけど、実を言うとうちにも声がかかってます。まあ、ご興味があれば……程度だったんですけど」
「ある!」
杉村は少し驚いた。
もともと美冬は判断は早い方だったが、いくら何でも回答が食い気味というのはなぜなんだろうか?
なにか理由があるように感じてそこが杉村には気になった。
一方の美冬はとても強い決意を固めていた。
──この、このコンペに勝てたら……っ!社長を続けられる!!
コンペに参加したのは『ミルヴェイユ』のデザイナーである石丸諒とマネージャーの杉村だ。
実際、この二人は美冬の両腕なのである。
女性向けのデザインをさせたら右に出るものはないんじゃないかと、勝手に美冬が思っている|石丸諒《いしまるりょう》。彼はとても優美な見た目をしている。
ご褒美をくれると言ったくせに?
ピンクベージュに染めた髪は下手をしたらキワモノにも見えそうなのに、石丸がしていてもその品格を失うことはない。
むしろ元からその髪色だったかのように違和感がないのは、見た目の良さがあるからだと美冬は思っている。
まるで二次元から飛び出してきた王子様のようだ。
本人がモデルをやっていてもおかしくないような美形なのである。そしてそのデザインも本人に負けず劣らず優美だ。
その二人を引き連れて、美冬は張り切ってコンペに挑んだのである。経営者として判断することは今までもあったけれど、会社の今後を左右するほどの話は初めてだった。
準備されていた会議室には30代から40代くらいの男性が六名、50代ほどの女性が一名が入ってきて、テーブルの周りに座る。
特に自己紹介的なものはなく、その中でも比較的若い眼鏡をかけた理知的な男性がにこりと笑って石丸を促した。
「準備ができたら、どうぞ?」
美冬はすう……と息を吸った。
「私は『ミルヴェイユ』の代表をしています、椿美冬です」
テーブルの周りの人のうち、数人が息を呑んで美冬を見たのが分かった。
美冬と一緒に来た石丸がプレゼンをするのだと思ったのだろう。
いつものことだ。美冬は慣れている。
「ミルヴェイユについてお話させていただきます」
女性なのかとか、若造がと思われても構わない。美冬は自分にできることをやる。