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会社の理念や創業からの流れ、今回の話を受けた動機など準備した通りに美冬は話していく。
何人かはメモもしてくれているようだったし、時折深く頷いている様子も見えたので、感触は悪くないのかなと思った。
美冬は一時間ほどでプレゼンを終え、
「何かご質問はありますか?」
と締めに入る。
目つきの鋭い若い男性が手を挙げた。
「お願いします」
美冬が彼の方を見ると彼は腕を組んだ。
美冬はどきんとする。
それは別に彼が顔立ちが整っているどうのこうのではなくて、腕を組む、という行為自体が美冬達に対していい印象がない、と言う事だからだ。
「シナジー効果が見えない」
「はい?」
案の定硬くて冷たい声だ。
美冬は柔らかく笑顔を向けたが、正直怖い。彼の迫力に圧されそうで、それを一生懸命鼓舞しながら笑顔を作った。
「弊社が御社と手を結ぶに当たっての相乗効果だ」
「それは企業価値が上がれば……」
「曖昧なんだな。その企業価値を上げる具体的な方法論を聞きたい」
そこで、たった一人参加していた女性が手を挙げた。
「槙野さん、この会社はとても価値のある会社です。女性にとっての憧れを具現化している。そうね……男性にはお分かりにならない感覚かもしれないわ」
「木崎さん、それはどうだろうか?」
槙野と呼ばれた目付きの悪い男性と、女性の間で火花のようなものが散ったのが見えたような気が美冬にはした。
──え、えーと?
突然始まったその争いに美冬は戸惑う。すると、最初に口を開いた眼鏡の男性が口を挟んだ。
「ここでお話が決定するという訳ではない。椿さん、他社のお話もお伺いして決定することなのですよ。ただ、槙野が言うことも間違ってはいない。お話をお伺いすると、今まで他社との提携などはされていないようだし。椿さん、相乗効果というものを少し考えてみてほしい」
眼鏡の男性の穏やかな話し方に、美冬は頷いた。
「分かりました」
「次があれば、お会いしましょう」
そう言われて美冬は背中が寒くなった。
当たりは柔らかいけれど、『次があれば』とは。
「今頂いた宿題を必ずお持ちします」
咄嗟に出た言葉だ。
彼は眼鏡の奥の目をふっと細めた。
「お待ちしていますよ」
その後も数人から質問が出たけれど、それ以降先ほどの2人が口をはさむことはなかった。
それにしてもインパクトのある2人だったと思う。
ひと通りの質疑応答を終えたら『グローバル・キャピタル・パートナーズ』の人達は会議室から出ていったので、3人で片づけを始めた。
「噂通り、CEOは冷静な方でしたね」
「え!? 杉村さんCEOを知っているの?」
「ええ。美冬さんの答え方から、ご存じかと思いました。キラキラしたお目目で『宿題をお持ちします!』とか言うからうちの社長はさすがだなあ……と」
キラキラしたお目目って……。
杉村にはそんな風に見えているのか、と思う。
しかし、話の内容から美冬も察する。
「眼鏡の人か……。割とあの中では若い方だったよね」
「そうですね。若きエリートとして有名です。あの年齢で小規模ながらもベンチャーキャピタルを運営されているのですから、相当なやり手ですし、お金持ちですよ」
「まあ、整ったお顔をされていたわよね」
あの時のことを思い出しながら、美冬はため息をついて、パソコンをバッグに片付けた。確かに優しそうに見えるけれど、切り捨てるべき時は切り捨てる判断力もありそうだった。
あの人多分、笑顔で人を切れそう……。
「すごくモテるみたいですね。私は好みじゃないけど」
そんな風に杉村がさらりと言うのに石丸の方が反応している。片付けの作業の手を止めて、その王子様のような顔が美冬を見た。
「え? 美冬、彼みたいなの好みなの?」
「そういう風に見てないから。それよりも落ち込んだよ。頑張っているつもりでも全然ダメダメなんだなー」
その時、美冬の頭にあの目つきの鋭い男性の言葉がリフレインしてきた。
「シナジーってなに?」
「相乗効果ですね」
さらりと杉村に返される。
「理恵さん、気づいてた?」
「まあ……。でもうちは困っているわけではないですし、それで美冬さんがお勉強になるかな、とも思いましたし、上手くいったらラッキーくらいの感じで」
杉村は淡々としている。
「すっごい、お前アホかみたいな目で見てたわね」
「そうでしょうか? そんなことはないと思いますよ」
けれど、美冬はきっとダメだったんだろうと落ち込んでいた。
『次があれば』なんてシビアすぎる。
なでなで、と杉村が美冬の頭を撫でた。
「美冬さんは頑張りましたよ。元気出して。美味しいものごちそうしますから」
美冬がきょろん、と上目遣いで杉村を見る。その可愛さにさすがの杉村も怯んだ。
「元町ヴィラ……」
可愛い口からこぼれ出たおねだりだ。
それは予約の取れないことで有名なレストランの名前である。
「却下です。とり政ですね」
可愛らしい美冬に惑わされそうなので、杉村はさっと目を逸らして早口に伝えた。
「えー!? 頑張ったって言ったじゃーん!」
「今から予約なんて、取れないでしょう? それはコンペ成功の時まで取っておきましょうね」
そう言ってにっこり微笑まれたら、美冬に返す言葉はなかった。