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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第195話:春一番と、モフモフ軍団の目覚め
すべてを白銀に閉ざし、絶対零度の冷気で大地を支配していた十勝の過酷な厳冬期が、ついに終わりを告げた。
限界集落を覆い尽くしていた分厚い雪は、ここ数日の暖かさでみるみるうちにその高さを減らし、むき出しになった黒い土からは、生命の息吹を感じさせる力強い春の匂いが立ち上っている。
その日の午後。
十勝平野を南から北へと一気に駆け抜ける、生暖かくも強烈な突風が限界集落を吹き抜けた。
ゴォォォォォッ!!!
古民家の屋根に積もっていた残雪を吹き飛ばし、山の木々を大きく揺らす、春の訪れを告げる圧倒的な南風。
『春一番』である。
その強烈な春の風を全身に浴びて、我が家の庭で大きな変化が起きた。
冬の間、縁側の隅や雪のかまくらの中で省エネモード(半冬眠状態)に入り、長いイビキをかいていた我が家の最終防衛ラインたる巨大ヒグマが、のっそりと立ち上がったのだ。
『……グルォォォォォォォォッ!!!』
大地を震わせ、春一番の風鳴りすらもかき消すほどの、凄まじい咆哮。
それは、過酷な冬を乗り越え、新しい季節の幕開けを全身で喜び祝う、野生の完全覚醒の合図であった。
その雄叫びに呼応するように、冬毛で丸々としていたキタキツネの兄弟、コン吉とコン次郎が「キュンキュンッ!」と甲高い声を上げながら、雪解けの庭を弾丸のような速度で駆け回り始める。
そして、縁側のもっとも日当たりの良い特等席。
純白の神獣シロ様が、春のポカポカとした陽射しを全身に浴びながら、ふあぁっと可愛らしい欠伸をした。
サファイアブルーと琥珀色。神秘的な『オッドアイ』の瞳が、眩しい春の光を反射してキラキラと煌めいている。
『ミャウ(長く寒い冬が終わって、新しい生活の始まりね)』
シロ様が心地よさそうに喉を鳴らし、春の訪れを祝福した瞬間、ジンバルに固定されたスマホの画面の向こう側、五千万人のリスナーが接続する生配信のチャット欄が、人類史上最大級の感動の渦に包まれた。
『うわあああああああ!!! 春が来たぁぁぁ!!!』
『ヒグマの完全覚醒の咆哮、カッコよすぎて鳥肌立った!!!』
『シロ様が春の陽射しを浴びてる姿、完全に女神の神話だろ!!』
『なんか見てるだけで涙出てきた……新しい季節の始まりだ!!』
世界中の視聴者がこのエモーショナルな光景に狂喜乱舞し、チャット欄が感動の涙で水没していく中、世界の経済を裏で操る超弩級VIPたちも黙ってはいなかった。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Spring has come to the sanctuary!! The awakening of the bear is the ultimate symbol of vitality! I will transfer 1 trillion yen right now as a celebration of spring! Let us buy the entire spring breeze of Hokkaido!“(聖域に春が来た!! クマの覚醒は究極の生命力の象徴だ! 春の祝賀として今すぐ一兆円を送金しよう! 北海道の春一番をすべて買い取ってやる!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”The biological awakening signifies the start of a new economic cycle! The value of this ecosystem is immeasurable! I will invest 1.5 trillion yen into the spring flora and fauna fund!“(生物学的な覚醒は、新たな経済サイクルの始まりを意味する! このエコシステムの価値は計り知れない! 春の動植物ファンドに一兆五千億円を投資するぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! Shiro bathing in the spring sun is the most beautiful scene in the world! I am sending 2 trillion yen to produce a blockbuster movie about this spring awakening!“(なんてこと!! 春の陽射しを浴びるシロは世界で一番美しい光景よ! この春の目覚めを大作映画にするために二兆円を送るわ!)』
総額数兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、春一番の風に乗って画面を完全に真っ赤に染め上げた。
国家予算レベルの春の祝儀が乱れ飛び、庭の隅で冬囲いの片付けをしていた村長が「ひ、ひぇぇぇ……! 春風が吹いただけで数兆円……! わしの花粉症が別の意味で爆発してまうべさ……!」と呟き、そのまま雪解けのぬかるみにバタリと倒れ込んでいる。
だが。
俺――アキヤは、数兆円の祝儀と、動物たちの感動的な春の目覚めを前にしても、ミリ単位すら動じることはなかった。
縁側に展開した折りたたみ椅子に腰掛け、俺はおもむろにタッパーのフタを開けた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた『玄米』と、自家製の『大豆ミートと掘り立てタケノコの土佐煮風』である。
俺は、世界中の富豪たちの絶叫と、シロ様の神々しいオーラに照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを玄米の上にワンバウンドさせ、淡々と咀嚼し始めた。
バリッ、ゴリッ、モグモグ……。
(……ふむ。春の訪れを告げるタケノコの強靭な食物繊維と、大豆ミートの力強い植物性タンパク質。冬眠明けの動物たちと同様に、己の基礎代謝を強制的に引き上げ、新年度の陣地防衛を支える究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の熱いほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界の気象庁のデータを完全に破壊し尽くしているカメラにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「世界中の皆さま、そしてVIPの皆さま。ただの季節の変わり目に巨額の資本を投下して感動しているところ大変申し訳ありませんが、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『数兆円の春の祝祭と生命の息吹を前にしても絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・春の目覚め完全スルー編ww』
『さあ、この最高にエモい動物たちの完全覚醒をどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは生命の奇跡でも、エモーショナルな春の訪れでもありません。ヒグマが咆哮を上げ、キツネたちが走り回っているのは、日照時間の増加と外気温の上昇に伴う『神経内分泌系の自律的応答』に過ぎません。冬期に低下していた基礎代謝(ベースライン・メタボリズム)が春一番の暖気によって強制的に引き上げられ、蓄積された余剰カロリーを運動エネルギーとして放出しているだけです。シロ様が縁側で日光浴をしているのも、紫外線照射によるビタミンDの合成を効率化し、免疫力を最適化するための『生体ソーラーパネル稼働プロセス』です。ええ、すべては環境変化に適応するための、冷徹な『生物学的ホメオスタシスの再調整』と『カロリー消費行動』ですね。私がタケノコを噛み締めているのも、春の感傷に流されず、新しい季節の気温変動(寒暖差)に対する、需品科としての徹底した『自律神経防壁構築訓練』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!
背後から、大木を真っ二つにへし折ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、今朝裏山で掘り出してきたばかりの『特大・皮付きタケノコ(高密度バイオミサイル仕様、重量約四キロ)』を両手で大上段に構え、俺の背中に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
四キロの無垢のタケノコが肉体に直撃した、鈍くも大地を揺るがすような恐ろしい大爆音が、十勝の春の空へと虚しく響き渡る。
「ただの基礎代謝の引き上げで、クマさんがあんなに気持ちよさそうに空に向かって叫ぶわけないでしょうが!! どう見たって、長くて厳しい冬をみんなで乗り越えて、また新しい季節を元気に迎えられたことに対する、世界一純粋な生命の喜びでしょうが!! 春の温かい奇跡を、冷たい神経内分泌応答とか生体ソーラーパネルとかいう理系用語で粉砕するんじゃないわよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大タケノコスマッシュ炸裂www(音が完全に鈍器ww)』
『神経内分泌系の自律的応答(ただの春が来て嬉しいモフモフたち)』
『生体ソーラーパネル稼働プロセス(ぽかぽか日光浴してるだけのシロ様)』
『適応力バグおじさん、ついに春の訪れと生命の息吹をホメオスタシスの再調整に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、エモい空気が一瞬でへし折られたわww今日も最高!!』
俺の理不尽極まりない生物学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ないタケノコツッコミに、五千万人の視聴者たちは感動の涙から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、相変わらずタケノコで叩かれても直らない特大サイズの鈍感下僕ね)』
縁側の上から、純白の神獣シロ様が呆れたように俺を見下ろし、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、ぽかぽかとした春の陽射しの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
庭では、俺の限界言い訳など全く聞こえていない巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と幸せそうに春の風を吸い込み、コン吉とコン次郎のキツネ兄弟も「キュンキュン!」と新しい季節の匂いを楽しんでいる。
どんなに莫大な金が動こうとも、彼らにとっては、この穏やかな古民家で家族が元気に春を迎えられたことこそが、最高の宝物なのだ。
「……まぁ、理由はどうあれ。我が陣地のすべての生体アセットが冬期損耗ゼロで完全な状態を維持し、新たな兵站サイクル(春)へと無事に移行できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺はタケノコの凄まじい衝撃で少しだけ痺れた背中をさすりながら苦笑し、春の風を感じながら、タッパーの玄米と大豆ミートをゆっくりと噛み締めた。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすための隠れ家(シェルター)だったはずが、今では世界一美しいオッドアイの神獣と、数兆円の春の祝儀を投げてくる大富豪たち、そしてタケノコを振りかぶる専属アシスタント(実質的な嫁)に囲まれた、世界一バグっていて温かい『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の魅せる圧倒的な尊さと、元需品科のブレない大豆ミート咀嚼、および生物学的な限界屁理屈。
春一番が吹き荒れる限界集落の目覚めは、鈍器のようなタケノコの快音と大爆笑に包まれながら、さらに強固になった絆と共に、新しい日常という名の未来へ向かって、どこまでも力強く走り出していくのだった。
コメント
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春一番でヒグマが咆哮する開幕から、シロ様のオッドアイが陽射しに煌めく描写が本当に綺麗で、しみじみ春だなあと。そこへアキヤさんの神経内分泌応答の言い訳、小春ちゃんの四キロタケノコで全部ぶち壊し(笑)。エモと爆笑の落差が最高でした。数兆円より家族の春を宝物にする庭の締めが温かいです🌷