テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
K-Takasaka
103
K-Takasaka
170
K-Takasaka
154
K-Tが消えたシャッターの前で、メバルは一晩中動かなかった。
手の中には、K-Tの黒いガラケーがある。
画面は消えている。
何度ボタンを押しても、何も表示されない。
それでもメバルは、手放すことができなかった。
「メバルちゃん」
マサカゲが背後から声をかける。
「少し休め。交代する」
「嫌」
「メバルちゃん」
「Kさんが戻ってくるかもしれないから」
自分でも、子どもじみた言葉だと思った。
K-Tがひとりで戻ってくる可能性が低いことくらい、メバルにもわかっている。
あのシャッターの向こうには、中央管理室へ続く封鎖区画がある。記録上、そこから生還した者はいない。
けれど、K-Tはいつも言っていた。
問題ない、と。
だからメバルは、K-Tが戻ってくる可能性を捨てられなかった。
「この施設を作ったのは、誰なんだ?」
カキが、壁を殴りながら尋ねた。
拳が痛んでも、何度も同じ場所を叩いている。
「中央管理システムの設計者は不明。ただし、管理者名は残っている」
アオノが端末を操作した。
画面に、一つの名前が表示される。
その名前を見た瞬間、マサカゲの顔から血の気が引いた。
「……この名前、知っている」
「誰なんだ?」
カキが詰め寄る。
マサカゲはすぐには答えなかった。
「俺たちが、この施設へ来る前に所属していた組織の責任者だ」
「組織って、俺たちの記憶を消したあの連中か?」
「そうだ」
ミステーが、閉じたシャッターを見つめた。
「過去は、墓場から這い出してくる」
「それ、今言う必要ある?」
メバルが振り返る。
「ある。過去は埋めても、土の中で増殖する」
「やっぱり今じゃなくてもいい!」
メバルの声には、いつもの明るさがなかった。
カキは拳を下ろし、アオノの画面を覗き込んだ。
「責任者の居場所は?」
「地上施設の最上階。現在も指揮権を保持している」
アオノは淡々と答えた。
「ただし、接近は困難。周囲に武装警備が配置されている」
「行くぞ」
カキが即座に言った。
「Kさんを奪った奴を、絶対に許さない」
マサカゲがカキの前に立つ。
「感情だけで動くな。復讐に行けば、相手の用意した場所で戦うことになる」
「じゃあどうするんだよ! Kさんを見捨てるのか!?」
「そんなことは言っていない」
「同じだろ!」
カキの声が通路に響く。
メバルはガラケーを握りしめた。
K-Tは、仲間を守るために向こうへ残った。
自分たちを逃がすために。
ならば、自分たちは何をするべきなのか。
K-Tを助けること。
K-Tを奪った相手を倒すこと。
それとも、K-Tが命をかけて守ったものを守り続けること。
答えは、まだ出なかった。
「メバル」
K-Tの声が聞こえた気がした。
振り向いても、そこには誰もいない。
ただ、手の中のガラケーが一度だけ震えた。
画面が点灯する。
――復讐するな。
短い文字だった。
メバルは目を見開いた。
「Kさんから?」
アオノが端末を受け取り、解析を始める。
「送信元は、この施設内部。だが、送信時刻が不自然だ」
「生きてるのか?」
カキが身を乗り出した。
「可能性はある。ただし、メッセージは自動送信かもしれない」
マサカゲが画面を見る。
「Kさんは、俺たちが追ってくることを予測していた。だから、復讐を止めようとしている」
「でも、あいつを許せっていうの?」
メバルの声が震えた。
「Kさんを奪ったのは、あいつらだよ。私たちの記憶を消して、Kさんをひとりで戦わせて、今度は向こう側へ閉じ込めた」
「許す必要はない」
マサカゲは静かに答えた。
「だが、怒りのまま相手と同じ場所へ降りていけば、Kさんの願いも無駄になる」
メバルはガラケーの画面を見つめた。
K-Tはいつも、自分が傷つくことを気にしなかった。
殴られても、撃たれても、問題ないと言った。
けれど本当に守りたかったのは、自分の身体ではない。
メバルたちが、K-Tを失った痛みに縛られずに生きることだったのかもしれない。
「……私、Kさんを助けたい」
メバルが言った。
「でも、Kさんを奪った人間を許せない」
「両方を望むのは難しい」
アオノが告げる。
「不可能ではない」
マサカゲが地図を展開した。
「中央管理室へ直接向かう。責任者を倒すためじゃない。Kさんの位置を特定し、施設の記録を奪い返す」
「逃がすのか?」
カキが尋ねる。
「証拠を残す。施設の正体を外へ流す。そうすれば、責任者は逃げられない」
カキは拳を握ったまま、黙り込んだ。
ミステーがピラミッドの被り物を少し傾ける。
「復讐は、相手の心臓を燃やすことではない。相手の作った暗闇に、朝を連れてくることだ」
「今日はまともなこと言うじゃない、ミステーちゃん」
「ただし、朝にもピラミッドは必要だ」
「そこは変わらないのね!」
メバルは、割れたカメラを見た。
レンズはもう使えない。
何も撮れない。
だからこそ、これからは目の前にあるものを見失わずに済む。
「行こう」
メバルは立ち上がった。
「Kさんを連れ戻す。あの人が私たちに幸せになってほしいと思ってるなら、勝手にひとりで消えようとするKさんを止める」
五人は封鎖区画へ向かった。
アオノが非常用の扉を開き、カキが先に進む。マサカゲは後方を確認し、ミステーはなぜか小さな笛を吹いていた。
「何してるの、ミステーちゃん」
「鎮魂歌の練習」
「まだ誰も死んでないから!」
「しかし、死ぬ予定の者はいるかもしれない」
「そういうこと言わないでよ!」
通路の奥から、銃声が響いた。
K-Tのものではない。
複数の足音が近づいてくる。
マサカゲが手を上げた。
「全員、止まれ」
カキがギターを構える。
メバルは拳銃を抜いた。
今までなら、K-Tが先頭に立っていた。
誰よりも早く危険へ向かい、誰よりも遅く退く。
その背中に頼っていた。
もう、その背中はない。
メバルは震えを抑え、前へ出た。
「メバルちゃん、危ない!」
「わかってる」
メバルは、初めて自分から先頭に立った。
「でも、今度は私が見る」
通路の角から警備兵が現れる。
メバルは引き金を引いた。
銃弾は警備兵の武器を弾き飛ばし、カキがその隙に距離を詰める。マサカゲが指示を出し、アオノが扉を封鎖する。
短い衝突の後、通路に静けさが戻った。
メバルは息を整えた。
人を傷つけることに慣れたくはない。
けれど、K-Tを奪った場所へ進むには、誰かの手を汚さなければならない。
その汚れを、K-Tに背負わせるわけにはいかなかった。
「これが、Kさんを助けるために必要なことなら……」
メバルは拳銃を見下ろす。
「私も共犯者になる」
マサカゲが険しい顔をした。
「メバル、それは違う」
「違わないよ」
「Kさんが望んでいない」
「わかってる」
メバルは、笑おうとして失敗した。
「だから苦しいんだよ。Kさんには幸せになってほしい。私たちのせいで、もう誰も傷ついてほしくない。でも、Kさんを奪った人たちを許して、何もなかったことにするなんてできない」
ガラケーの画面が再び点灯した。
新しい文字が浮かぶ。
――来るな。
メバルはその画面を睨んだ。
「Kさん、聞いて」
声が届くはずのない端末へ向かって、メバルは言った。
「私はKさんを傷つけたくない。もう一度、Kさんの前に立って、何も見ないふりをするのも嫌」
指先が震える。
「でも、Kさんがいなくなった後の世界で、私だけ何も知らない顔をして生きるなんてできない」
画面の文字が消える。
代わりに、音声が流れた。
ノイズ混じりの、K-Tの声。
『メバル。俺を探すな』
「嫌」
『俺を許せ』
「それも嫌」
『お前たちは、生きろ』
「Kさんも生きてよ!」
返事はなかった。
録音はそこで途切れた。
メバルは目を閉じた。
K-Tは、自分たちを遠ざけようとしている。
守るために。
それがわかるから、余計に許せなかった。
K-Tが自分たちの未来から消えることを、優しさとして受け入れるなどできない。
「Kさん」
メバルはゆっくり目を開けた。
「私は、Kさんの幸せを願う。でも、Kさんが私たちの前から消えることを幸せとは呼ばない」
通路の先に、中央管理室の扉が見えた。
扉の上には、赤い文字が表示されている。
――関係者以外、立入禁止。
マサカゲが扉の前に立つ。
「開けるぞ」
アオノが端末を接続する。
扉がゆっくり開いていく。
その向こうには、無数のモニターが並ぶ広い部屋があった。
中央の巨大な画面に、K-Tが映っている。
暗い部屋の中で、椅子に固定されていた。
防弾盾も、拳銃も、刀もない。
それでもK-Tは、まっすぐ前を向いていた。
画面の横に、一人の男が立っている。
「やはり来たか」
男が振り返る。
「彼女を助けたいのなら、武器を捨てろ」
メバルは、画面の中のK-Tを見た。
K-Tは首を横に振っている。
来るな、と言っている。
それでも、今度は目をそらさなかった。
「嫌」
メバルは拳銃を下ろさなかった。
「その人を返して」
「返す? 彼女は最初から、お前たちのものではない」
男が笑う。
「彼女は復讐のために生きてきた。痛みを与えることだけが、自分の存在理由だと思っている」
K-Tの眉がわずかに動く。
メバルは画面を見た。
「違う」
「何が違う?」
「Kさんは、痛みを愛だと思ってるんじゃない」
メバルは一歩前へ出た。
「痛みしか知らなかったから、それを愛だと呼ばないと、生きてこられなかっただけ」
男の表情が変わる。
「そして、そんなKさんを利用して、傷つけ続けたのはあなたたちでしょ」
メバルの声は震えていた。
「Kさんを復讐の道具にして、仲間を守ることだけを覚えさせて、最後にはひとりで死ぬことまで使命みたいに思わせた」
K-Tが画面の中で、初めてメバルを見た。
「私は、Kさんに傷ついてほしくない」
メバルは言った。
「でも、Kさんが背負ってきたものを、なかったことにもしたくない。だから私は、Kさんの痛みを勝手に美しいものにしない。愛の証だなんて言わない」
メバルはカメラの残骸を床に置いた。
「痛みは痛みのまま受け止める。Kさんが苦しんだことも、私が見ようとしなかったことも、全部」
男が銃を抜く。
K-Tが画面の中で叫んだ。
「メバル、伏せろ!」
銃声が響く。
K-Tを映していたモニターが砕けた。
画面の中から、K-Tの姿が消える。
「Kさん!」
メバルが叫ぶ。
カキが飛び出し、マサカゲが男の腕を払う。アオノが管理システムを停止させ、ミステーがなぜか部屋の隅で歌い始めた。
「春とピラミッドー……」
「今は歌わないで!」
「音波による精神的干渉だ」
「音程が外れすぎて、こっちの精神が削られてる!」
混乱の中、メバルは中央の制御装置へ駆け寄った。
アオノが叫ぶ。
「K-Tの拘束装置は地下深部。解除には管理者権限が必要」
「なら、奪う!」
メバルは男の手からカードキーを奪った。
男が追ってくる。
マサカゲが行く手を塞ぎ、カキがギターのボディで男の武器を弾き飛ばす。
メバルはカードを装置へ差し込んだ。
画面に、K-Tの拘束場所が表示された。
地下最深部。
そこには、すでに自爆システムが起動していた。
「あと三分」
アオノが告げる。
メバルの顔から血の気が引いた。
「Kさんを連れ出す」
五人は走った。
地下へ続く階段を駆け下りる。
警備兵が現れるたび、K-Tのいない前衛を、五人で繋いだ。メバルは何度も転びそうになりながら、それでも先頭を走った。
最深部の扉が開く。
部屋の中央に、K-Tがいた。
両腕を拘束され、壁に立たされている。
顔を上げたK-Tが、メバルを見る。
「来るなと言った」
「聞かなかった」
「問題ない」
「問題ある!」
メバルはK-Tへ駆け寄った。
「Kさんがいなくなることが、一番問題ある!」
アオノが拘束装置を解除する。
警告音が鳴り続けている。
「残り一分」
「K-T、歩けるか?」
マサカゲが尋ねる。
「問題ない」
「それ以外の返事をしろ!」
カキが叫ぶ。
K-Tは立ち上がった。
だが、足元がわずかに揺れる。
メバルが腕を支えた。
「私につかまって」
「必要ない」
「必要あるの。今度は、私が見るから」
K-Tは抵抗しなかった。
五人は出口へ向かう。
背後で、施設の奥から低い振動が始まった。
扉が次々に閉じていく。
メバルはK-Tの手を握った。
冷たい。
けれど、生きている。
「Kさん」
「何だ」
「帰ったら、話して」
「何を」
「あの夜、言おうとしてたこと」
K-Tはしばらく黙った。
「忘れた」
「またそれ?」
「……一緒に見たかった」
メバルの足が止まりかけた。
「何を?」
「花火」
短い言葉だった。
けれど、三年間閉じ込められていた後悔が、その一言で崩れた。
メバルはK-Tの手を強く握った。
「じゃあ、今度は撮らない」
「そうか」
「ちゃんと見る」
「問題ない」
「それも禁止!」
六人は走った。
地上へ出た瞬間、背後の施設が大きく揺れた。
地下から光が噴き上がり、建物の一部が崩れる。花火のような光だったが、誰もカメラを向けなかった。
メバルは、隣に立つK-Tを見た。
疲れ切っている。
傷ついている。
それでも、立っている。
K-Tも、メバルを見た。
紫色の瞳に、夜空の光が映る。
メバルは泣きながら笑った。
「Kさん。生きててよかった」
「まだ終わっていない」
「うん」
K-Tは崩れ落ちそうになった。
メバルが支える。
K-Tは、今度は拒まなかった。
遠くで、最後の花火が開いた。
メバルは空を見上げ、それからK-Tを見た。
花火よりも、夜景よりも、写真に残る美しい景色よりも。
今、目の前にいる人を見ていた。
失ってから気づくのではなく、失わないために。
痛みを愛と呼んで、誰かを傷つけ続けるのではなく。
その痛みを痛みのまま抱えて、それでも生きていくために。
K-Tが、静かに言った。
「メバル」
「なに?」
「俺を、許すな」
メバルは首を横に振った。
「許すかどうかは、これから決める」
「そうか」
「でも、ひとりでは決めさせない」
K-Tは、わずかに目を伏せた。
「……共犯者か」
「そう。今度は、勝手に地獄へ行かせない共犯者」
夜空で、花火が消えた。
その光の残りを、メバルは目に焼きつけた。
写真にはしなかった。
K-Tの手を握ったまま、六人で同じ夜を見つめていた。
コメント
1件
もう……泣いたわ。K-Tがずっと「問題ない」って言い続けるのが、どんどん胸に刺さってくる。自分が傷つくことに無頓着なキャラって、設定だけじゃなくて「そう生きるしかなかった理由」が描かれてないと薄っぺらくなるんだけど、この話はちゃんと痛みの重みがある。特にメバルが「痛みは痛みのまま受け止める」って言ったところ、最高だった。最後の「共犯者」って言葉の掛け合い、最高すぎて声出た。