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「……その、朝は失礼しました。まさか杜若様が居るなんて想定外でした。次からは気をつけます」
「私もびっくりしたので、気にしないで下さいっ」
そうは言っても、朝に杜若様に押し倒されて梅千代さんや葵様に見られた恥ずかしさはまだ少し残っている。
この話は終わりだと言わんばかりに、菜箸でお重においなりさんをてきぱきと詰めていく。
葵様は私のそんな様子を見て「すぐに出かけられるように、東門に車の手配してきますね」と微笑み、台所を去って行った。
「私もすぐに東門に向かいます」と、言葉を交わして葵様を見送った。
そして手を動かしながら、どうしても朝のことを思い出す。
「梅千代さんや葵様に変なところを目撃されちゃった。でも、あの朝の出来事は仕方ないことだっ」
朝起きたら杜若様が隣にいた。
そして布団の上で、すったもんだのやり取りをした。
結果、本邸に向かういつもの時間が遅くなったのだ。
それで梅千代さんや葵様が迎えに来て下さったが、
部屋に皆様が集合してしまったのだ。
挙句、私は混乱が極まり、パタリと布団に倒れ込んだ。
それで、杜若様と直前に交わしていた内容が有耶無耶になってしまった。
杜若様はまた来ると言って自室に戻られた。
梅千代さんはモニョモニョとあと二時間。遅く来るべきだったとか、凄く私に謝りながら買い物に出かけてしまわれた。
残った私と葵様。
とりあえず私の体調に問題はなかったので、身支度を整えていつも通りに、少し遅くなってしまったけど座学に取り組むのだった。
「でも、今日もちゃんとお勉強出来たし。順調、順調」
現在、私の炎をちゃんと使えるように帝都の歴史や、木・火・土・金・水の五行思想。
杜若家は火を司り、雪華家は水の属性だとか。その他五家のことも学んでいた。
私の力はどうやら、五行思想に当てはまらない番外のものと言うこと。
大きな力を持つ人達には良くあることらしく、杜若様もそうだとか。
『黒洞』とか言う。五行思想に当てはまらない、力を使えると聞いた。
だからこそ基礎が大事だと教えて貰っていた。
そう言ったこともすっと私の中に馴染み、理解出来るので苦にならなかった。
「そして妖の知識。土蜘蛛のこと」
ふと、手を止めてしまう。
土蜘蛛は白面金毛九尾の狐と並ぶ大妖。金色の目に大きな鎌のような節足を持つ蜘蛛の化け物。
土蜘蛛は遥か昔。この国の覇権を争い、戦いに敗れて土地を追われた人達の怨念の塊。
それは祓っても祓っても私達、人がいる限り怨念が集まり、何度でも復活してしまう強力な妖だとか。
「人に追われた妖……」
言葉にした瞬間。菜箸を落としそうになったので慌てた。
今はそんなことより、おいなりさんが優先だ。
また手を素早く動かして行く。
そうして勉強が終わったあと。
今日は杜若様が外で会議。石蕗様は急遽、梅桃家に呼び出しがあって、杜若様のお供に碧様が同伴。
そういった勤務時間の関係とかで午後は私のお勉強の時間も、お稽古ごもとなく。
完全に自由な時間になった。
それが葵様の言う、予定変更の内容だったと知ったのだった。
葵様は私の護衛として、そばにいるけど自由に過ごしたら良いと言って下さった。
キネマや芝居を見に行くか。それこそ、憧れのカフェーに行ってもいいとも言われた。
疲れているならば、家でゆっくりとラジオ放送を聞いてもいいと言われたのだ。
「そんな自由な時間、逆に困ってしまうと言うか。いつも夕方は自由にさせて貰っているのに」
流行りの雑誌も買って貰えて、カフェーの募集記事を見ては一人でうっとりしているし、お稽古も楽しい。
本当に皆様優しいと思いながら、お重においなりさんを詰め終わった。
そして予め用意していた今日の私の着物の色と同じ、青色の風呂敷にきゅっと包んだ。
「よしっ。これで完璧」
葵様の提案はどれも魅力的だったけど、朝のあの出来事があって、魅力的な提案より杜若様に会いに行きたいと思った。
杜若様が多忙の中でも、私のことを考えていてくれたことが分かった。
それは私も同じことなのに、やっぱり会って話さないと分からないこともあると痛感した。
杜若様が朝、私に会いに来てくださったからこそ、あのとき──杜若様の顔を見ながら、私の正直な気持ちも言えたのだ。
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