音楽室に、夕陽が差し込んでいた。
放課後、ギターの弦が空気を震わせる。
「ここ、コード進行はC→G→Am→F。滉斗、やってみて」
「オッケー……うーん……この指、無理じゃない?」
「手の形が崩れてる。ここ……貸して」
元貴は滉斗の手に自分の手を重ね、指を整える。
「この指、寝かせる。あ、そこ、ピックもう少し立てて」
「……こんな感じ?」
「うん。それでいい」
元貴が視線を下ろすと、真剣な目で弦を見つめる滉斗の顔が近い。
(……こんなに、真面目な顔するんだ)
頬にかかる前髪、軽く噛んだ唇、指先に伝わる緊張感。
全部が、ひどく“滉斗らしく”て、そして……なんだか、ドキッとする。
(おかしいな……なんで、こんな気持ちになるんだろ)
ふいに、滉斗が顔を上げた。
元貴と目が合う。
(……)
沈黙。
視線が絡んで、どちらも動けなくなる。
気づけば、顔の距離が、もうほんの数センチだった。
「滉斗……」
「元貴……」
名前を呼び合うだけで、空気が張り詰めていく。
あと少しで、唇が——
——ガラッ!
「……あ、ごめん、練習中だった?」
音楽室の扉が勢いよく開き、藤澤先生の声が響いた。
「……っ!」
咄嗟に、元貴は教室の右の角へ。
滉斗は左の壁のほうへ、ばっ!と飛びのいた。
「いやー、ごめんごめん!吹奏楽の譜面、忘れててさ!
あれあれ……あっ、あったあった!机の上に置きっぱなしだったー!」
元貴と滉斗は、何食わぬ顔でそれぞれ壁に寄りかかっている風を装う。
「ごめんねー!驚かせちゃったかな!じゃ、ありがとー!お邪魔しました!」
先生は譜面を抱えて、まるで春の嵐のように音楽室を出て行った。
——パタン。
扉が閉まると、元貴と滉斗の間に、また沈黙が落ちた。
どちらからともなく視線が交わり、そして——笑ってしまった。
「……バレてないよね?」
「たぶん……ギリセーフ」
けれどその微笑みも、長くは続かなかった。
沈黙。
先ほどまでの空気が、またじわじわと重たく戻ってくる。
(……俺、元貴に何やってんだよ……)
(……俺、普通に滉斗にキス、しようとしてた……)
さっきまでの距離、目線、空気。
もしあのまま先生が来なかったら——どうなってたんだろう、と2人は考えてしまう。
ふとした衝動で動いてしまったことを、今さらながらに実感する。
お互いがどう思ったか、なんて考えたら、胸の奥がざわざわして仕方なかった。
どちらも口に出せなかったけれど、
ふたりの間には確かに「何か」が流れていた。
頬が熱い。
心臓もうるさいくらいに鳴ってる。
けど、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、こんなふうに2人顔を見合わせて、照れてることが、お互いすごく嬉しかった。
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