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部屋で借りてきた映画を2時間見た後、尊さんがトイレに立った。
俺は暇つぶしに絨毯の上でスマホをいじっていた。
そのときだ。
ニュースフィードに「流行りの噛みつきプレイ」というワードが踊った。
反射的にタップしてしまう。
最近巷で話題になっているらしい。
首筋や肩などに軽く歯形をつけ合う愛情表現だという。
記事には
【相手への信頼と独占欲の証】
【ケーキとフォークにはもってこいのプレイ♡】
なんてフレーズが並んでいて、その過激な内容に、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「…へぇ……」
思わず声が漏れる。
尊さんとの間で、こういう情熱的な愛情表現をしたいという願望は常にある。
特に尊さんの独占欲を感じられるような行為は、俺にとって最高の喜びだ。
「…なにをそんな熱心に読んでるんだ?」
突然、背後から声が聞こえて、俺はビクッとした。
いつの間にかトイレから戻ってきた尊さんが、俺の隣に立っていたのだ。
「えっ!?な、なんでもありません!」
俺は慌てて画面を伏せた。
しかし、尊さんの目は鋭い。
俺の動揺をしっかり見抜いている。
「怪しい。見せろ」
「ちょっ……!」
膝から起き上がる尊さんに、抵抗むなしくスマホを奪われてしまう。
「……『噛みつきプレイ』?なんだこれ」
尊さんは眉根を寄せて記事を読み始めた。
俺は横目でそっと尊さんの表情を伺う。
(尊さんとしたい……っていうか、尊さんに強くして欲しいけど……)
読み終えた尊さんが、スマホを返しながら尋ねてきた。
「……興味あるのか?」
「えっ!?」
顔に熱が集中するのを感じる。
まさか、この記事を読んでいたことを尊さんに知られるなんて思ってもみなかった。
「なんせドMの恋がわざわざ読むくらいだから、そういう記事なのかと思ったが、流行りのプレイらしいな」
確かに興味はある。
だが、ストレートに「して欲しい」と言うのは
とてつもなく恥ずかしい。
「……じ、実は少し、気になって…いや、だいぶ、気になりました」
正直に答えたら、尊さんはフッと笑った。
「お前な……」
呆れたような、けれどどこか優しい笑顔。
その表情が妙に愛おしい。
「……ダメですか?」
少し潤んだ瞳で尊さんを見上げる。
「ダメだな」
即答された。
予想していた答えとはいえ、肩を落としてしまう。
「そんなぁ……!なんでダメなんですか!俺は尊さんに頬とか耳とか噛まれたいのに!」
俺ががっくりと肩を落としながら聞くと、尊さんは冷静に答えた。
「興味が無いからだ」
「えっ、俺…が相手だと不味いってことですか……?」
俺が魅力不足なのかと不安になる。
「…お前じゃなくて、噛むことそのものにだ。どうも気が進まない」
尊さんは少し考え込むように顎に手を添えた。
「でっでも!ケーキにとっては最高の愛情表現だって記事に書いてありますし!フォークだって、愛する相手を噛むぐらい…」
そのとき、ふいに数週間前の狩野さんの言葉が脳裏を過った。
〝尊に噛みつかれたことある?〟
〝こればっかは俺の口から話すと尊に怒られそうだからなぁ……〟
〝気になるなら本人に聞いてみたら?口割るかはわかんないけどね〟
(やっぱり……尊さんにとって〝噛む〟って行為は、単なる愛情表現じゃなくて、何か特別な意味がある……?ただ興味がない、で片付けられない何かを…隠してる…?)
喉の奥で、何かがつかえたような感覚がした。
「おい恋?なんだ突然黙って」
尊さんの声でハッと我に返る。
優しいながらも、少し心配そうな響きが混ざっていた。
俺は、これは聞くなら今しかないと直感した。
このモヤモヤを抱えたまま、尊さんの傍にはいられない。
意を決して口を開く。
「あの……」
「?」
尊さんが首を傾げる。
「尊さんって、いつも俺のこと壊れ物でも扱うように大切に触ってくれますけど…」
俺は目を逸らさずに、尊さんの瞳を見つめた。
「尊さんが俺のことを頑なに噛まない理由ってなにかあるんですか……?」
俺の問いに、尊さんの表情が一瞬凍りついた気がした。
本当に一瞬。
それは見間違いかと思うほどすぐに、いつもの冷静な顔に戻る。
ただ、その瞳の奥に、僅かな動揺が宿ったように見えたのは俺の気のせいではないはずだ。
「どうしてそんなことを聞く」
声は低いけれど、責めるような響きではない。
むしろ、こちらの様子を探っているように聞こえた。
「…いや、えっと…正直に言っちゃうと、狩野さんに言われたんです。た、尊さんの過去のことなにも聞かされてないのかって」
「……」
尊さんは何も言わない。
重い沈黙が降りる。
部屋の中では、風の音だけがカーテンを揺らしている。
その音さえも、今の俺には心臓の鼓動のように大きく聞こえた。
「尊さんが俺に噛みつかない理由と、狩野さんが言ってた過去のことって、なにか関係してるのかと思って…」
言ってしまった。
もう引っ込められない。
尊さんの沈黙が、俺の言葉が的外れではないことを示唆している気がして、胸が締め付けられる。
尊さんは静かにため息を吐いた。
「恋」
名前を呼ばれて、胸が痛くなるほど高鳴る。
どんな厳しい言葉が続くのだろうと身構えた。
すると予想に反して
尊さんは立ち上がり、窓際へと移動する。
西日が傾き、夕陽が尊さんの背中を深く染めて、その輪郭を金色に縁取った。
逆光の中で、尊さんの表情はよく見えない。
「……そのことについてひとつ、話しておきたいことがある」