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さて――夏も終わりを告げ、紅葉が拡がる秋の訪れ。
オレはそろそろ、決着をつけに往かねばなるまい。
……何の決着かだと?
もう忘れたのか、あの猟犬のクロとの決着だよ。逐一説明するオレの身にもなってくれ。
まあ説明不足感が否めないのは、不本意だが認めよう。
それを差し置いてもだ――!
まあいい。オレも成猫だ。いちいち目くじらを立てたりはせぬ。
――さて、クロとの決着だ。
あの頃のオレでは、如何ともし難い体格の差があったが、今は十二分に渡り遇える筈。
怖さ等、微塵も無い。寧ろ高揚感で一杯だった。
“ようやく奴とケリをつける事が出来る”
オレは昼下がり――屯所から抜け出し、庭にあるクロの住処へと向かった。
「ホウ……よく逃げずに来たなチビ。それは誉めてやるぞ」
クロもオレを待っていたようだ。
屯所から犬小屋まで、目と鼻の先。オレ達は宿命に引かれ合うように対峙していた。
「フン……どっちが上か、白黒着けようと思ってな」
強がってみたはいいが、改めてまじまじと見ると、クロは本当にでかいな。
オレのゆうに三倍はある。まるでヘビー級とミニマム級の試合様相だ。ラスベガスでも賭けは成立しないだろう。
とはいえ、傍目には不利模様でも、オレはビビっている訳ではない。
これは武者震いだ。闘いへの悦びというな。
「いい度胸だ……。まあ俺は手加減はしないがな」
それも望む所。クロは鋭い眼光を向けてから、唸り声を上げたかと思うと、重心を低く構えて臨戦態勢に入っていた。
オレも毛並みを逆立て、臨戦態勢に入る。
「俺はお前が憎い。後から来といて、主人に可愛がられているお前が!」
やはり嫉妬か。分かり易い奴だ。
オレの着眼は間違ってなかった、と言う訳か。
「よくも俺から主人を奪いやがって! 許さん許さん許さん――」
いい加減、こいつの独り騙りがうざくなってきた。
そろそろ現実を教えてやるか――
「御門違いの嫉妬も甚だしい。口だけかお前? 雄ならば口先より……爪で語りな!」
嫉妬に狂った者に負ける道理は無い。
オレは勝利を確信し、猫爪を剥ぎ出していた。
「くっ……餓鬼が! 本気で俺に勝てると? 怪我じゃ済まんぞ!」
痛い所を突かれて図星だったようだ。
クロが牙を剥き出しにして、闘争本能を顕にしていた。
あの牙で噛まれたら、流石のオレでもダメージは免れまい。
「フン……」
オレは慌てず騒がず、奴のテリトリー外をゆっくりと周回する。
クロは室外飼い犬の為、常に首輪で繋がれている。
つまりクロの範囲にまで近寄らなければ、奴に打つ手は無い。
しかしそんな臆病な戦法は、マヌケのする事だ。
逃げ腰な者に、勝利の女神は決して微笑まない。
オレは躊躇なく、奴の範囲内にまで歩を進めた。
「いい度胸だ……」
「ハンデだよ」
度胸と無謀は違う。オレは確固たる勝算があるからこそ、敢えて踏み込んだのだ。
「きっ……ききキサマァッ!!」
オレの計算され尽くした挑発に、クロは絶叫しながら飛び掛かってきた。
――ここでジエンド。勝負あり、と貴公等は思った事だろう。
だがそれは素人の考え。オレは慌てず騒がず、クロの飛び掛かりを真横に逸らし、背後へと回り込んでいた。
「すばしっこいチビめ!」
お前が鈍いだけだ。
クロは目の前からいきなり消えたオレの姿に、苦虫を噛み潰すように負け惜しみを吐き捨てていた。
犬にしては俊敏な動作で体勢を入れ換えたクロが、再度襲い掛かるが――遅い。
猫の視神経、と言うよりオレか。オレはかつて、あの時のオーヴァーレブ経験により、それを自在に操り、かつ肉体まで呼応出来る迄に昇華させる事を可能としたのだ。
今のオレは時を制する。
つまり自分の意思で、オレ以外はスローモーション。即ち絶対領域世界を展開。
オレはこれを“神の眼”と呼んでいる。
その絶対領域の前では、あらゆる物理現象がオレに当たる筈がなかろう。
これがオレの揺るぎない、絶対なる勝算と自信。
クロの突進をマタドール以上に、華麗にかわしているのだオレは。
「――何故だ! 何故当たらない!?」
無意味な攻勢を続けるクロも、ようやく気付いたようだ。この“現実”に。
まあいくらオレがオーヴァーレブ状態とはいえ、クロが本来の冷静さなら、ほんの僅かだがオレへの突破口を見出せたかもしれない。
だが奴は嫉妬に狂い、オレの挑発で頭に血が上っている状態。
更にはオレの絶対領域。
全て計算通りだ。何処に負ける要素が有ろうか。
「何故だぁぁ! 何故俺がこんなチビにぃぃぃ!」
クロの咆哮が虚しく響き渡る。四股はまるで地団駄を踏んでいた。
そろそろ哀れに思えてきたな。
オレは敗者を無駄に追い込む趣味は無い。
さっさと勝負を決めてやる事にした。
「ハァ……ハァハァ……」
クロが息切れした一瞬の隙を突いて飛び掛かる。
「シャアァァァ!」
オレの全てを引き裂くキャッツクローが、正確無比に奴の鼻っ柱を捉えた。
「ギャワァァァン!!」
間の抜けた断末魔の悲鳴と共に、見かけ倒しの図体が轟沈する。
犬とは鼻が弱点なのだ。
弱点を突くのは、戦闘に於いて基本中の基本戦法。
能力、戦略――全てに於いて上回った、オレの完全勝利だった。