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一通の手紙 #1
月明かりさえも嫌になるほど、彼は隠れたがっていた。グル・グリンという大親友の家へ足を急がせるために、転んでは 立ち上がり、皮が剥がれて血が滲んでも 走り続ける。吉木浦という男は、 一つの目的ためだけにグルの家へ行く。 目からは涙が零れ、手は震えていた。 やっとの思いでグルの家に辿り着くと、ドアを壊れるほどノックして崩れ落ちる。
すぐに扉は開いた。暖房の暖かい風が 外まで流れてきて 淡い赤紫の髪を一つに結んだ男
──グルが出迎えた。
吉木は、グルを見た途端に抱きついて、ポケットからカッターを取り出す。
「君に会いたかった……」
あまりにも強く抱きしめられたグルは、心からゾッと寒気がすると同時に困惑で声が出なかった。
「……そのカッター、何に使うんだ? 」
初めに出た言葉。グルが心配して眉をひそめているのにも関わらず、吉木は一ミリも動じない。しかも理由さえ答えないのだ。その間に、 開きっぱなしの扉から冷ややかな風が入り込み、二人の体温を奪っていった。
そして、足が氷のようになり震え始めた頃、覚悟を決めたように吉木はグルから離れる。
「ねぇ、グル君 」
「何?」
「動かないでね」
────グチャ。カッターを片目に突き刺すと、スーパーボールに刃物が食い込んだような感覚になっていた。思わずグルが声を上げながら、倒れてしまった吉木に近づくと、笑っていることに気がつく。
「眼球って移植できると思うかい……?」
「出来ないよ。だって、現在医療じゃ神経まで繋ぎ合わせられないだろ?」
「普通ならそうだろうけど、僕が指名した病院に言えば移植ができる!! 君の目を頂戴っ……僕に移植しておくれよ」
グルは医学部だったこともあり、移植が不可能ということも理解していた。だが、あまりに訴えかけてくる吉木を見て「そうなのか?」とさえ思い何処の病院なのかと聞く。それに対して、吉木はこう答えた。
「……プランテスワードっていう病院さ。
電話番号は……03-1234-5678」
電話番号を伝える際には もう言葉がとぎれとぎれになっている。グルは必死になって「分かったから喋らないで」と涙ぐむ。だが、その言葉は届くこともなく吉木は倒れてしまった。
「電話しないとな……信憑性ゼロだけど……」
グルにとって吉木の言葉は信じられなかった。
だが、電話する価値はあるため番号を入力して電話をかける。1コールで応じた。
「はい。プランテスワード総合病院です」
「吉木という友達が片目をカッターで突いて
倒れてしまったたのですが……」
「お名前を伺っても?」
「グル・グリンです」
「わかりました。
もう車が向かっているので待機していて下さい」
「……はい?」
おかしい。グルの耳には受付の人が全て分かっているかのように聞こえた。しかも、手配がとても早くもう救急車の音が聞こえる。グルは、段々と近づいてくるその音を聞きながら 何者かに口を塞がれ、数分もすれば意識を失った。
そして気がつけば、そこは病院。どうやら グルは睡眠薬で眠らされてしまったらしい。
「……吉木は?」
隣に目をむけると、すやすやと片目に包帯を巻いて眠っている。そんな吉木の顔をジッと見つめていたグルが、突然驚いたように息を呑んだのだ。──吉木の顔に縫合跡がある。
(整形……?! 一人にしてはよくできたものだ。ズレたりしているが、綺麗な縫合跡。何の為に整形したのかは分からないが、出来過ぎている)
吉木は医学部でもなく、縫合する方法さえよくわからないはずだ。調べているところを目にしたこともない。医学に興味しかないグルからしてみれば好奇心が大きく勝った。どうやって縫合したのか、そして目にカッターを刺した理由を問うために「吉木!!」と声を大きくして呼びかける。
すると、しばらく唸って、眉間にシワを寄せながらグルの方を左目で見た。
「グル君。君……目は?」
「俺の目……あれ……? あるな」
「……なんで?!」
「わからない……が、ある。吉木は?」
「あるよ!! 君の体で生きてた目さ」
花が咲いたような笑顔で吉木が声を上げた。グルの目が何故あるのかなんて知らない。とにかく、移植は成功している。
「とにかく。視力が戻るか、だな!」
グルも良かったとばかりに微笑む。吉木は心から安心したように大きく息を吐いて、天井を見上げた。
「なぁ、吉木。なんで目をカッターで突いた? 整形もしてるだろ」
「……バレちゃった」
そう言って、 諦めたかのようにふふ、と力なく笑った。
「グル君……理由は言えないけど 人を殺したんだよね。僕」
「……へぇ、だからか」
物悲しげにグルは笑みを浮かべると、膝を打った。
「つまりは、俺の目を貰って英人になりすまそうとしたんだなぁー! カラーコンタクトで充分なのに。馬鹿かお前は」
「単純に欲しかったからさ〜! お守りだよ。いいでしょ?」
「……いいけどさ。 突然カッターで自分の目を刺すなんて混乱するだろ? ……でも理由が分かってよかった」
「怒らないの? 僕は殺人者だよ?」
「バレなきゃいい。 どうせ外国にでも行くんだろ?」
何でもお見通しである。流石にそこまで当てられると思わなかったのか、吉木は口をぽかんと開けて情けない顔をしていた。
「凄いねぇー! 俺は今からタイに行くよ」
吉木は愉快そうに行く先を語っている。
だが、どこか悲しげで
無理に笑っているようにも見えた。
「へぇ…… なら、一緒に授業は受けれないんだな」
「……え?」
その場に沈黙が走る。
一分を過ぎても衝撃で話せるような状況ではなかった。
「きっ……君もそんなこと言えるんだね!! やっぱり? 寂しいんだ? 」
ニヤニヤと意地悪そうな顔をする吉木のことを、グルは顔を赤くして睨みつける。
「……何も言うな! 」
「あっはは! ごめんごめん。 でもさ、嬉しいよ。5年後、絶対に迎えに行くから。ロンドンで待ってて」
いかにも真剣そうな顔でそう言うと、「僕は寝るから」と眠ってしまった。
グルにとって、吉木を見るのはこれで最後になる。翌朝になれば、一通の手紙を残して吉木は消えていた。
Cher gourou.
Je dois partir maintenant, alors s’il vous plaît, laissez-moi partir. Merci pour tout ce que vous avez fait pour moi. Bonne chance à l’école de médecine ! Oh, et je vais vous donner mes coordonnées.
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Voici mes coordonnées. J’aime bien vous contacter une fois par an ! C’est un peu une façon d’évacuer le stress. Amour de Yoshikiura.
和訳)親愛なるグルへ。 もう行かないとだから、行かせて。 今までありがとう。 医学部で頑張ってね! それと、僕の連絡先を教えておく。
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これが僕の連絡先だよ。 年に一度は連絡したいなぁ! ちょっとしたストレス解消にもなるし。
吉木浦より愛を込めて。
それを読むなり、グルは驚いた。
──もう、今日出発するのか。
寂しそうに手紙を折りたたむと、昨日言われたことを頭で繰り返した。
『5年後、絶対に迎えに行くから。ロンドンで待ってて 』
5年後は丁度、大学を卒業する頃だ。──つまり勉強に明け暮れ、寂しさを忘れることができれば耐えられる。このときにグルは決心した。
「5年後まで待とう」と。