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発明家の伝記には、奇妙な一文だけが残されている。
「私は発明しているのではない。
すでに存在するものを、受け取っているだけだ」
そして、伝記の最後に――
まるで注釈のように、こう記されている。
――「彼は、雷の向こう側を見た」
それが何を意味するのか。
誰にも、分からない。
俺は、ページをめくりながら小さく息を吐いた。
手にしているのは『世界を書き換えた発明家』と題された古い本だ。
「……やっぱ、天才の考えてることは分かんねーわ」
力なく呟き、本を放り投げる。
「俺も天才だったらな」
自嘲気味な声が、部屋に落ちた。
俺は昔から、器用貧乏だ。
何をやらせても「そこそこ」できる。
けれど、決して一番にはなれない。
勉強も。
部活も。
友達付き合いも。
全部、「まあまあ」。
だから、クラスの中心になることもなければ、
教師に特別に目をかけられることもない。
――俺より、ずっと輝いている奴が、
いつもすぐそばにいるせいで。
優秀な人間と比べられるたび、
胸の奥が、きしむ。
どれだけ努力しても、
どうしても届かない壁が、確かにそこにある。
俺は、知っている。
生まれた瞬間、天才か凡人かは決まっている。天才は選ばれ、凡人は努力を強いられるのだ。
◆
そんな俺にも、一応、特技と呼べるものはあった。
リサイクルショップのバイトで身についた、
壊れたものを拾い、直す癖だ。
捨てられたゲーム機を分解し、
基板をいじり、半田ごてを握る。
煙の匂いで部屋が工場みたいになって、
母さんに怒られるのも、いつものことだった。
バイト代を貯めて買った安物の3Dプリンタ。
独学でCADを触り、適当にパーツを設計する。
最初は寸法が合わず、何度も失敗した。
それでも繰り返すうちに、
少しずつ「思った形」が現れるようになる。
その瞬間だけは――
誰とも比べられない。
俺だけの世界だった。
大したものじゃない。
誇れるほどの才能でもない。
それでも、
何かを「生み出している」感覚だけは、
確かに、そこにあった。
今日の作業も終え、ベッドに横たわる。
「あーあ……人生、うまくいかねえな」
天井を見つめながら、心の中で呟いた。
――いっそのこと、どこかの異世界でやり直せたらいいのに。
◆
突然、身体が痺れた。
目を覚ましたはずなのに、動かない。
辺りは真っ暗な空間だった。
(金縛りか……?)
頭ではそう理解している。
けれど――それだけで片付けていい重さじゃなかった。
何かが、俺の上に。
――馬乗りになっている。
視線を必死に動かす。
そこにいたのは、人の形をした“影”だった。
顔が、ない。
目も口もないはずなのに、
確かに俺を見下ろしている気配だけがある。
次の瞬間、冷たい感触が首に絡みついた。
「――っ!?」
両手だ。
影でできた腕が、俺の喉を容赦なく締め上げる。
空気が、入ってこない。
喉が潰され、視界がじわじわと白く滲む。
(ああ――)
◆
――がばっ。
俺はベッドから飛び起きた。
シャツは汗でびっしょりで、心臓がやけにうるさい。
荒い呼吸を繰り返しながら、天井を見上げる。
「な、なんだ、夢か……」
喉に手を当てる。
当然、そこには何の痕もなかった。
胸を撫で下ろしつつ、俺はベッドを降りる。
いつも通りの朝。
いつも通りの支度。
眠い目をこすりながら、リビングへ向かった。
母さんは朝のニュースを流したまま、
何気ない調子で言う。
「すごいわねえ。同い年の子がロボットを開発して、テレビに出てるのよ」
俺は食パンをかじりながら、ちらっと画面を見る。
そこには白衣を着た、
『天才高校生発明家』とテロップの入った少年が映っていた。
堂々とプレゼンをし、
周囲から拍手を浴びている。
母さんは、悪気なく続ける。
「あなたも、こういう風に好きなことを伸ばせたらいいのにね」
――ぐさり、と胸に刺さる。
いや、母さんに悪気なんてない。
分かっている。分かっているからこそ、余計に刺さる。
自分に嫌気がさしながらも、
「……行ってきます」
とだけ言って、悠人は家を出た。
◆
いつも通り駅に着くと、
ホームで待ち合わせていた由依が、こちらに気づいて手を振ってくれた。
この女の子――由依は、
黒髪のストレートがよく似合う。
クラスでも、学年でも「可愛い」と評判の存在で、
男子たちの間で噂になるランキングには、
必ずと言っていいほど彼女の名前が挙がっていた。
正直、
俺なんかが隣に並んで歩いているのが、
不思議に見えるくらいだ。
というか――
「どうしてあんなのと一緒にいるんだ」
なんて陰で言われていても、おかしくない。
「おはよ。今日も眠そうだね」
由依はそう言って、くすっと笑う。
「まあな。昨日、ちょっと遅くまで作業してたから」
適当に答えると、
彼女は特に深く突っ込むこともなく、歩き出した。
由依は、俺の趣味を知っている。
それを馬鹿にされたことは、一度もなかった。
むしろ――
「そういうの、すごいと思う」
なんて言われたことさえある。
……たった一言。
それだけなのに、胸の奥がむず痒くなる。
まったく、男っていうのは単純だ。
こんな何気ない言葉ひとつで、
もしかして――なんて、
勝手に勘違いしてしまうんだから。
◆
人々が階段を降りてくる流れの中で、妙に目立つサラリーマンがいた。
髪は乱れ、ネクタイはだらしなく緩み、
虚ろな目で宙を見つめながら、ぶつぶつと何かを呟いている。
「……来るな……」
次の瞬間、ふらりと前によろめき、悠人の肩にぶつかった。
(……なんだよ)
舌打ちしかけて、言葉を飲み込む。
俺はインキャだ。
知らない相手に文句を言えるほど、心は強くない。
(ブラック企業勤めか。お疲れ様です、社畜の先輩)
心の中だけで敬礼して、その場をやり過ごした。
◆
電車に乗り込んだ瞬間、嫌な予感が背中を撫でた。
――さっきのサラリーマンが、同じ車両にいる。
虚ろな目。
意味を成さない独り言。
「……近寄るな……」
背筋が、ぞくりと冷えた。
発車から数分後。
男が、唐突に立ち上がる。
ポケットから取り出されたのは――包丁。
「やめろ!」
誰かの叫びと同時に、車内は悲鳴に包まれた。
乗客たちは一斉に隣の車両へと雪崩れ込む。
逃げ遅れたのか、車両の隅で小さな子供が泣いていた。
(……まずいだろ、これ)
そう思った瞬間、
由依が、動いた。
人の流れに逆らい、子供の元へ駆け寄る。
「大丈夫。一緒に行こう」
その瞬間――
男の視線が、俺たちを捉えた。
首元に装着された、光る装置。
チカチカと走る、電撃のような光。
(……何だ、あれ)
男は低く呟く。
「適合者……100%……」
汗と光をかき分けるように視線を凝らし、
俺はサラリーマンの目が、由依へ向いたのを捉えた。
「見つけた」
次の瞬間、
首輪から電撃が走る。
「あああっ!」
悲鳴とともに、男が由依へ襲いかかった。
「由依、逃げろ!」
叫ぶと同時に、俺はタックルした。
衝撃。
男の身体が吹き飛び、床を転がる。
首輪が痺れるように光り、男は痙攣して動かなくなった。
(……気絶したか?)
一瞬、安堵する。
「由依、怪我ないか――」
そう声をかけた瞬間、
由依が叫んだ。
「悠人、後ろ――!」
振り返った、その瞬間。
男は、立っていた。
背中に、衝撃が走る。
――ドスッ。
男の首元が、閃光とともに弾けた。
「……完了しました」
男は、崩れ落ちた。
「悠人!!」
由依の声が、遠くなる。
視界が、暗転した。
(……俺の人生、マジでうまくいかないな……)
◆
暗闇。
音も、光もない。
(……ああ、俺は死んだのか)
そう思った瞬間、
胸を貫く衝撃。
痛みでも、快感でもない。
ただ「電撃」としか言いようのない刺激が、全身を駆け抜けた。
――ふと、昨日読んだ本を思い出す。
『彼は、雷の向こう側を見た』
(……これが、雷の向こう側の世界なのか)
次いで、記憶にない光景がフラッシュバックする。
金属の匂い。
冷たい感触。
人工的な光。
誰かが、俺の上に馬乗りになっている。
今朝体験した金縛りと、まったく同じ感覚。
手が、首を絞める。
抵抗しているのに、力が入らない。
「うわあああっ……!」
叫びたいのに、声は出ない。
焦燥と恐怖だけが、頭の中を渦巻く。
目を開けると、白い天井だった。
病室。
点滴の音。
規則正しい心拍。
カーテンを開く。
そこに広がっていたのは――
ネオンに染まる、見知らぬ都市。
空を飛ぶ車両。
ホログラム広告。
光の海。
ネオンがビカビカと瞬き、
地上にはサイバー装飾をまとった人々が行き交っている。
(……は?)
手足は、確かに自分のものだ。
胸に残る、あの電撃の感覚。
(……俺、死んだよな)
だとしたら――
(……ここ、どこだよ)
悠人はベッドに腰掛け、小さく息を吐いた。
――どうやら、俺の「二度目の人生」が始まったらしい。
最初から首絞め電撃とか、卑怯すぎだろ。
#異世界
あのち
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魔理沙推しの騎士
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