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静かな雨が降っていた。街灯の光が濡れたアスファルトに滲み、まるで別の世界の入り口のように見える夜だった。
その夜、私は「存在しないはずの部屋」に招かれた。
第一章 消えた鍵
古いアパートの管理人から、奇妙な依頼を受けたのは三日前のことだった。
「三〇七号室を調べてほしいんです」
「空き部屋ですか?」
「いえ……“あるはずがない部屋”なんです」
管理人はそう言って、震える手で鍵を差し出した。真鍮の鍵には「307」と刻まれていたが、そのアパートには三〇六号室までしか存在しない。
私は半信半疑のまま、調査を引き受けた。
その夜、アパートの三階に上がると、確かに廊下の突き当たりに、見覚えのない扉があった。古びた木製のドア。プレートには「307」。
鍵を差し込むと、驚くほど滑らかに回った。
扉の向こうは、普通のワンルームだった。
ただし――誰かが「今さっきまでここにいた」気配が濃く残っていた。
机の上には湯気の消えかけたコーヒー。開きっぱなしのノート。床に落ちたペン。
しかし、住人の姿はどこにもない。
そして、そのノートの最後のページに、こう書かれていた。
「私はここに閉じ込められている。もしこれを読んでいるなら、気をつけて。“外にいる私”は、もう私ではない」
第二章 鏡の中の住人
ノートの筆跡は、どこか見覚えがあった。
帰宅後、資料を漁るうちに、それが一年前に失踪した作家・神崎玲のものだと気づいた。
彼はこのアパートの元住人だった。
警察の記録によれば、彼はある日突然姿を消し、部屋には争った形跡もなかった。ただし奇妙なことに、彼の部屋番号は「305」とされている。
307号室の記録は一切存在しない。
翌日、私は再びその部屋を訪れた。
しかし――そこには何もなかった。
三〇六号室の先は、ただの壁だった。
昨夜の扉も、307号室も、跡形もなく消えていた。
代わりに、廊下の壁に大きな鏡が掛けられていることに気づいた。以前はなかったはずのものだ。
鏡を覗き込むと、自分の姿が映る。
だが、違和感があった。
鏡の中の私は――わずかに遅れて動いた。
そして、次の瞬間。
鏡の中の「私」が、微笑んだ。
現実の私は、笑っていない。
第三章 入れ替わり
その夜、私は眠れなかった。
頭の中で、ノートの一文が何度も繰り返される。
「外にいる私」は、もう私ではない。
翌朝、私は決意した。
もう一度、あの部屋に入る。
方法は直感的にわかった。あの鏡だ。
夜、同じ場所に立ち、鏡に手を伸ばす。
冷たいはずのガラスは、まるで水面のように揺れた。
一歩、踏み込む。
次の瞬間、私は307号室の中に立っていた。
振り返ると、そこには鏡があった。
そして、その向こうに――
「私」が立っていた。
いや、“私の顔をした何か”だ。
それは、ゆっくりと口を開いた。
「やっと来たね」
声は確かに私のものだった。
「君は外の世界に戻りたかったんだろう?」
理解した。
ここは「入れ替わる場所」だ。
鏡の中に入った者は、この部屋に閉じ込められ、代わりに“何か”が外に出る。
神崎玲も、きっと同じことをしたのだ。
そして今――
「交代だ」
鏡の向こうの“私”が手を伸ばしてきた。
逃げ場はない。
私は咄嗟に机のノートを掴み、最後のページに書き足した。
「ここに来るな。鏡を見るな。もし見てしまったなら――」
その瞬間、視界が反転した。
最終章 外にいる私
雨はまだ降っている。
私は傘もささず、夜の街を歩いていた。
足取りは軽い。呼吸も楽だ。
自由だ。
ショーウィンドウに映る自分の姿を見て、私は微笑んだ。
完璧だ。
何一つ違和感がない。
「これでまた一人」
そう呟いて、私は歩き出す。
背後のアパートの三階、壁に掛けられた鏡の奥で、
誰かが必死にこちらを叩いていることには、気づかないふりをした。
数ヶ月後。
そのアパートで、新たな失踪事件が起きた。
現場には一冊のノートが残されていた。
最後のページには、震える文字でこう書かれている。
「“外にいる私”を、信じるな」
そして、その文字の横に、誰かの指紋が残っていた。
それは――
今も街を歩いている「私」のものだった。
✄- – – – – – キ リ ト リ – – – – – ✄
調査を仕事にしている人物(探偵・フリー調査員のような立場)
冷静だが好奇心が強く、異常な状況にも踏み込んでしまう
最終的に“外に出る側”へと入れ替わる
一年前に失踪した作家
307号室に閉じ込められた先代の被害者
ノートの筆者であり、物語の警告役
すでに“外の世界”には別の何かが出ていた可能性がある
アパートの管理人
307号室の存在を認識している数少ない人物
何かを知っているようで、すべては語らない
ある意味「導入役」
主人公と同じ姿・声を持つ存在
正体不明(人間ではない可能性が高い)
鏡を通じて入れ替わる存在
冷静で、どこか人間らしさが欠けている
名前は出てこないが、新たに消えた住人
同じループが続いていることを示す存在
✄- – – – – – キ リ ト リ – – – – – ✄
テーマ:
「自己とは何か」「外見と中身の乖離」「気づかぬうちに“自分でなくなる恐怖”」