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ふたり分の荒い呼吸が、部屋の中にこだましていた。
視線の先には、宮本の手によって脱がされた服が乱雑に転がっているだけじゃなく、裸のままで絨毯の上に横たわっている現状に、思いっきり乱れたことを改めて思い知る。
目の前にベットがあるというのにだ。
(そう、すべては俺のせいなんだよな。トップスピードで愛してくれと言ったから、雅輝がそれに応えてくれたことになるが――)
「陽さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ、このクソガキが!」
腰をさすりながら起きあがり、蛍光灯の下でぐったりしている宮本を睨んでやった。
「うわぁ、怒られちゃった」
橋本に叱られたというのに反省の色はなく、むしろ嬉しそうに顔を綻ばせる姿を見て、心底呆れ果ててしまった。
「俺のデリケートゾーンは、アスファルトやコンクリでできてるんじゃねぇぞ」
「そんなことくらい百も承知ですよ。それに、すっごく気持ちいいし」
さっきのことを思い出しているのか、ぽわんとした表情を浮かべる。
「気持ちいいとかそんなんじゃなく! ちょっとしか解してないのに、おまえの太いシフトレバーを、強引に突っ込むな。痛くて涙が出たんだぞ」
「えっ? あれって感じまくったから、声が出ていたんじゃないの?」
「違う意味で感じさせられていた……」
「そうだったんだ。いつもより締まりが良くって、グ二グ二俺のを奥に導く感じだったし、何より陽さんのモノが先走りではしたないくらいに濡れて、太い血管が浮かび上がるくらいに、すっごくギンギンだったでしょ?」
(普段は説明下手なのに、この手の話になると卑猥な言葉を連呼する、コイツの頭の作りがわからねぇ)
「おまえが言うのもわかるけど……」
「訴えるほど痛かったら、普通は萎えない?」
「萎える前に、雅輝が腰を動かしてがんがん責めたから、その……とにかく痛くて、すっごく苦しかったんだ!」
痛みを伴う苦痛が快感に変わるまで、そんなに時間はかからなかったのは確かだったが、優しく扱ってほしかったこともあり、語気を強めて訴えた。
すると太い眉毛をへの字にして、しょんぼりした表情をする。
「陽さん、ごめんね。てっきり感じているかと思って、ここぞとばかりに責めちゃった……」
「あ、やっ、痛かったのは確かだけど、最初だけだったし」
飼い主に叱られた犬のような顔の宮本を見て、叱りすぎたと後悔しても遅し――。
嫌な雰囲気が流れている中で、宮本が起き上がっている橋本の太ももに頭をのせてきた。大きな背中を丸めて顔が見えないようにされたため、どんな顔をしているのか分からない。
だけど、それまでのやり取りで落ち込んでいるのは確かだったからこそ、ぼさぼさ気味の髪を整えるように撫でながら、ポツリと呟いた。
「なんか、不思議な気分だ」
「何がですか?」
宮本は告げた言葉に反応して頭を動かし、橋本の顔を訝しげに見上げる。
「ここら辺では負けなしの走り屋をしていた、おまえの恋人になってる自分がさ」
「俺も不思議です。走ることしか能のない俺を、格好いい陽さんが好きになってくれたことが謎すぎます」
さっきまでのことを帳消しにすべく、話題転換を図った橋本のセリフに宮本がノッてくれたことが嬉しくて、唇に笑みが浮かんでしまった。
「陽さんのその笑顔、俺が独り占めしているんですよね?」
言いながら仰向けになり、真剣な眼差しを注ぐ。心を射抜くようなその視線を感じたら、胸が絞られるように痛んだ。
「ああ、愛情を込めて見つめてる」
橋本の笑みに応えるように微笑みながら右腕を背中に伸ばし、宮本の指先が直線で形成された何かを書く。
『スキ』
大きく書かれたカタカナの文字はきっと、ピンク色になっている気がした。
「雅輝……」
「誰にも見えない刺青に、俺の気持ちを刻んでみました」
爪をたててそれを書いたわけじゃない。橋本の感じる部分を指先で狙って、絶妙に書かれただけ。そのせいで多少なりとも歪みのある文字になったものの、なぞられたあとも『スキ』という言葉が背中に残っている感じだった。
それを見えない刺青というセリフで示した宮本の表現力に、舌を巻くしかない。
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