テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する






「……澪?


 あいつになにかされたの? 大丈夫かよ」



ふすまを見て動かない私に、拓海くんが心配そうに声をかけた。



「あ、ごめん……!


 掃除はしたんだけど、シーツ交換するのを忘れちゃって……」



そう言ったのはごまかすためもあったけど、あの時は頭が真っ白で、本当に忘れてしまった。



「なんだ、そんなこと。

 あいつもいいっていったんだから、べつにいいんだろ」



「……うん、でも……」



「あと俺がいる間は、あいつの部屋の掃除は俺がやる」



「……えっ、だめだよそんなの!」



私は慌てて拓海くんを制した。



「この家で、私ができることってこれくらいだし!


 けい子さんにもやらせてほしいって頼んでるから、私にさせて。お願いします」






「澪……」



拓海くんは目を細めて息をつく。



それから、曲げた指をコツンと私の額にあてた。



「前から思ってたけど、澪は気をつかいすぎ。

 だれがゲストの部屋掃除したって、べつに構わないだろ。


 ……まぁ、そういったとこが澪のいいとこだけどな」



優しい声で言われ、私はなんとも言えない気持ちになった。



私はこの家の居候で、さらにはけい子さんにお小遣いまでもらっている。



なにかしなきゃと焦って、バイトに出ようと考えたこともある。



だけど民泊はそれなりに忙しいし、ゲストのお世話はけい子さんも喜んでくれているから、これで恩返しになればと思ったんだ。



与えられた役割があれば、ここにいてもいいと、少しは自分に言い聞かせられる。



ただそれだけでお世話を申し出ているのに、それは褒められたことなんだろうか。








私は曖昧な笑顔を向け、額の汗をぬぐった。



「ごめん、汗かいたからシャワー浴びてくるね」



拓海くんの脇を通り、階段を下りようとした時、「澪」ともう一度名を呼ばれた。



「つらくなったら、すぐ言えよ?」



それはどういう意味だろう。



掃除のことなのか、それとも環境についてなのか。



思案した結果、たぶん両方な気がした。



「ありがとう」となるべく明るく答え、階段を下りる。










拓海くんは優しい。



拓海くんだけじゃなくて、この家のみんなが私に優しい。



それはすごく幸せなことだけど、その幸せに甘んじているだけでいいのかと、ふと不安にもなる。



(考えても仕方ないことなんだけどね)



漠然とした不安に、いまだ出口が見つからない。



私は気分を切り替えるように目を閉じ、脱衣所の引き戸をあけた。







その日の夕食は、拓海くんの大好きなすき焼きだった。



拓海くんは無類の肉好きで、さっきも自ら商店街に行ってお肉を買ってきた。



伯父さんがめずらしく早く帰ってきたのもあって、クーラーの下、久しぶりに大勢でテーブルを囲む。



食べながらちらちらレイを見ている拓海くんは、どうしても彼が気になるようだった。



『なぁ、あんたはどこから来たの?』



食事がかなり進んだところで、とりあえずの空腹は満たされたらしく、拓海くんがレイに尋ねる。



『アメリカのロサンゼルスだよ』



『日本には観光に来てるの?』



『まぁ……そんなところかな』



『ふーん……。


 3か月もここにいるみたいだけど、なにするつもりなの』



今までうつむき気味だった私は、そこで向かいのレイを見やった。





今日みたいにけい子さんのお手伝いもしているんだろうけど、レイは圧倒的に外に出かけている時間が長い。



いったいなにをしているのか、私も気にはなっていた。



レイは考える素振りをしてから、『いろいろ』と笑って答える。



邪気のない輝いた微笑みに、拓海くんは言葉を失ったようだった。



レイは世俗から離れた雰囲気があるから、今みたいにされるとなにも言えなくなる。



拓海くんは、それからは釈然としない様子でお肉をほおばり、私の視線に気付いたレイは、こちらにも穏やかな笑みを向けた。



だけどそれは、感情の読み取れない、綺麗な微笑みだった。









食事を終え、拓海くんはリビングでテレビを見始めた。



そのとなりで、レイと伯父さんが談笑している。



なにを話しているのかは聞き取れないけど、レイがこの家にすっかり溶け込んでいるのは確かだった。






私はそれを横目に、自分の部屋に戻る。



もう少ししたらシャワーをしに行こうと思いながら、ベッドに横になった。



(疲れたー……)



網戸からはほんの少しの風と、セミの鳴き声が入ってくる。



昨日に引き続き、今日もいろんなことがあったせいでくたくただ。



瞼を閉じれば、一日の出来事が脳裏を巡る。



レイが教室に現れたこと、中庭で1年生にからまれていたこと。



去り際の不意打ちのキスや、部屋で見た銀色の指輪。



それらを総合しても、私はやっぱり「レイ・フィリップ」という人がわからない。



ぼんやりしていると、突然セミの鳴き声が近くなった。



もしかして、すぐそこの壁にでもくっついたのかもしれない。



あまりの煩さに、私は仕方なくベッドを抜けた。



立ったついでにシャワーをするかと、私は着替えを掴んでドアをあける。



その時、階段からだれかがあがってきた。



(レイ……)



彼だとわかったと同時に、顔を合わせたくなくて部屋に逃げ帰りたくなった。



だけどそうする間もなく、2階にあがってきたレイは、私を見ると足を止めた。
























シェア・ビー ~好きになんてならない~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚