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真夏の昼前。
今日は見事なまでに晴れていて、セミが五月蝿いぐらい元気良く鳴いている。
今日は、8月15日。
大抵の人は、8月15日と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
刺身の日?解放記念日?光復節?パナマ運河の開通?
否。大抵の日本人は、終戦記念日を思い浮かべるだろう。
だが、そんな、大きな事が起きた日を近年は「分からない」と答える日本人も増えてきたという。
実に悲しい事だ。
だが、今日は、近年風化してきたあの時代の記憶をより鮮明に思い出す出来事があった。それを、この日記に、私、愛華が決して忘れように、書き記しておこうと思う。
あれは、朝、祖国様……、日本様の驚きと困惑の混じった叫び声とも聞き取れる声が、祖国様の部屋から聞こえてきたのが始まりだ。
『どうされましたか?!祖国様?!』
祖国様の声を聞いて私は驚いて、祖国様の部屋へ向かい、珍しくノックもせずに、ドアを開け、部屋に入った。
その時、私は祖国様の部屋で見た光景に驚きを隠せなかった。
何があったと思う?あれは、いまだに私もよく分かっているとは思えないのだが……。
あの場には、祖国様と、大日本帝国様(普段は日帝様と呼んでいる)がいらしたのだ。
その場にお二人とも、驚きと戸惑いを隠せきれないといった様子で、向い合せで立ち尽くしていた。
勿論、私も驚きの余り、少しの間入り口に立ち尽くしてしまったのだがな。
無理もない話だと思いたい。なぜなら、日帝様は、今から丁度、80年前、遠い空の彼方に旅立ってしまわれたのだから。
1、2分私は立ち尽くしたまま、思考し続けた。今、目の前にいらっしゃるのが、本物の日帝様なのか。これは、悪い夢なのか。なんて事を。
少し頬をつねってみたが、しっかりと痛かった。それで私は、やっとこの光景が現実だと受け止めれた。
朝、と言っても、朝食も、着替えも、大抵のことは済ました後だったから、時刻も既に9時だった。
『取り敢えず、リビングに行きましょう』
唖然としている二人を昔は和式だったが、古くなって、洋式になった居間へお連れした。
『そ、そうですね』
先ほどまでフリーズしていた祖国様も、我に返ったように、そうおっしゃって、足を進める。
日帝様は、無言のまま、この状況が信じられないとでも言いたげに、私の後を追って来た。
私は、その時まだ驚きと緊張が残っていたのか、逃げるようにして、祖国様達2人分のお茶を淹れ、お二人の前にそっと置いた。
『愛の分はどうしたんだ?』
昔のままの、威圧的な雰囲気で、何処か優しい声で、今まで一言も話さなかった日帝様が私にそう言った。
愛と言うのは、私の愛称のようなもので、祖国様も、先代の日帝様も、その先代の江戸様も、私の事をそう呼んでいた。
今まで、沢山の時代様達に仕えてきたが、どの時代様も、自身の時代が終わると、儚く命を散らしいていった。
と、話がズレているな。
日帝様のあの言葉に、私はまた驚いたんだ。昔と全く同じ事を言われたから。
だから、私も昔と同じように、『準備して参ります』と応えた。
その後、祖国様と日帝様が向い合せになるような形でリビングの椅子に座り、私は、祖国様の隣に座らせてもらった。
祖国様は、突然現れた先代に驚いたまま、何を言えば良いか分からない。といったご様子だった為、私が先に、日帝様へ質問を投げかけた。
しっかり、日帝様の朱色の瞳を見つめながら、『何故、貴方が、祖国様の部屋にいたのですか?』と。
この質問は、きっと、一番単純で、一番気になってて、一番大切な事。
日帝様は、そっと私の方を見つめた。優しい視線だが、私は、日帝様の朱色の瞳に囚われたように目を逸らせなくなった。
『……俺は…、望んでそこにいた訳じゃない』
そう言った日帝様の瞳には、とても複雑そうな感情が宿っているようだった。
日帝様の声には、昔と同じ、威厳も、全盛期には無かった、諦めと疲労が感じられた。
『……少し話そうじゃないか。どうせ…、あっち(彼の世)に帰る方法も分からないんだ……。少しぐらい、良いだろう…?愛。それと、俺の後継者』
日帝様は戦争を始める前の、優しくて、強くて、少し不器用な、そんな声色でそう話す。私を見つめてから、とびきり愛おしそうに、祖国様を見つめて。
『はい』
祖国様は緊張したように、そう答えた。だが、依然として堂々としておられた。
祖国様も、随分と成長なされたようで、私は嬉しかった。
『世界は、平和になったか?』
『この国の民は、満ち足りているか?』
『俺のせいで、苦労をかけただろう。お前達は、普通に暮らせているか?』
日帝様が祖国様と私に問うたものは、皆、平和と国の事、そして、私達の事だった。
どれも心配そうに聞くものだから、つい、込み上げてきた笑いをこらえるのが大変だった。
『完全に、とは行きませんが…。随分、平和になりましたよ。令和の米騒動だったり、少子高齢化問題…。大変な事は多いですが、ちゃんとやれてますよ』
祖国様は、少し、嬉しそうに笑った。きっと、日帝様に心配なんてされないと思っていたから、予想外に心配されて、驚きつつも嬉しかったのだろう。
それから、祖国様と私は、日帝様の質問に答え続けた。
もう、空襲に怯えなくて良い事。
朝昼晩、毎食しっかりと食べれる事。
夜、安眠できる事。
帰る場所がそう簡単に壊されなくなった事。
そんな事を、日帝様に話すと、『そうか…。よかった。よかった』と、日帝様は安堵の表情を浮かべ、何度もその言葉を繰り返した。
『そうだ、先輩の、ナチスさんの子どもは今どうしている?』
日帝様はふと、思い出したかのように、慌ててそう尋ねた。
『……ドイツさんなら、元気に、私と一緒に社畜生活中です』
祖国様は苦笑いを浮かべながら、複雑そうにそう答えた。
西ドイツと東ドイツ。ベルリンの壁に阻まれた双子の兄弟。片方が死んでしまったなど、私は口が裂けても言えない。それは、祖国様も同じみたいだ。
日帝様は、その何処かあやふやな返事で勘付いたようで、静かに『そうか』とだけ声を漏らした。もしかしたら、“社畜生活”というのに引っかったのかもしれないが、たぶん今回は違うだろう。
『じゃあ、イタ王は、あの後どうなった?』
イタ王。これは、あだ名のようなもので、本名は、イタリア王国だ。
教科書では、2度も同盟国を裏切った、“裏切りのイタ王”とでも習うのだろうか。
彼の最後は、ファシズムを広めないため。という名目の元、連合国によって殺された。その後生まれた、“イタリア共和国”が今は頑張っている。はずだ。
『……。後継者のイタリアさんは、毎日、ピッツァパスタって楽しんでいらっしゃいますよ』
少し悩んだ後、祖国様は、日帝様にそう告げた。
そう。イタリア共和国は、なかなかのサボり魔だ。よくドイチュラントにしごかれている。
『っ…………。さすが、イタ王の後継者だな』
今にも溢れ出そうな涙をこらえて、日帝様はそうおっしゃった。
それから、数分後、私のスマホのアラームが鳴った。
時間を見てみると、正午の一分前だ。
私と祖国様は立ち上がり、もう一度なったアラームの音を合図に、そっと目を閉じて、黙祷を捧げた。
いまだに、戦争・紛争の続く国がある。貧困に悩む国もある。少しでも、一歩ずつ、平和への道のりに進んで行けるように、私は祈った。
そして、3度目のアラームが鳴った。黙祷の終了を知らせるものだ。
そっと目を開き、日帝様がいた方へ目を向けると、そこには、空になった湯呑しかなかった。
日帝様は、きっと向こうに帰ってしまったのだろう。
なんて事があった。
あれは、きっと夢では無い。現実なんだと、私は信じたい。
これからも、平和な世を守り続けたいと、大切な方の笑顔を護りたいと、私は自身の願いを再認識した。
そっと、日記帳を閉じ、万年筆をいつもの場所に戻した。
日記帳の【DIARY】の文字を見つめていると、私の頬に、生ぬるい水が流れる。
「何故、歴代の時代様。皆さん、さよならの一言を、言ってくれないのでしょう」
嗚咽混じりの声が私の口から漏れでる。
何万年と生きたからか、涙腺が脆くなっているのだろうか。
此処数百年は泣かなかったというのに。