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──卒業式当日。
「だっ……、大丈夫……?」
ヨレヨレな姿でゼェゼェと肩で息をしている二人を見て、若干引きつつも心配をする。
「何とか撒いたよ……」
そう言ったお兄ちゃんは、ウンザリとしたような顔を見せると呼吸が苦しいのかネクタイを緩めた。
その隣にいるひぃくんを見てみると、ニコニコと微笑んではいるものの脇腹を抑えて苦しそうにしている。
「っ、疲れたー。翔ぅ、おんぶして」
「ふざけんな……っ。俺だって疲れてるんだよ」
未だにゼェゼェと息を上げながら戯れ合う二人を見て、私は薄く笑うと同情した。
先程行われた卒業式の後、女子生徒達に追いかけ回された二人は、三十分もの間ずっと校内を逃げ回っていたのだ。
(モテすぎるっていうのも大変よね……)
「よしっ! じゃあ、写真撮るかっ!」
右手に持ったデジカメを掲げて、二人に向けてニコッと爽やかに笑ったお父さん。実は、逃げ回る二人を校門前で三十分待っていた私達。どうやら上手く撒けたようなので、これでやっと当初の目的だった写真が撮れる。
そう思うと、私は小さく安堵の息を漏らした。
お兄ちゃん達を待っている間、卒業生でもないのに何故かお父さんに写真を撮られ続けていた私と彩奈。まるでカメラマンにでもなったかのようなお父さんに、次々とポーズの要求まで出された私達。
そんな私達を見て、「可愛い〜!」とはしゃぐだけで、全く止めようともしなかった私のお母さんとひぃくんのお母さん。
そんなお陰で、走り回っていたお兄ちゃん達程ではないにしろ、こっちだって三十分も写真を撮られ続けていたからそれなりに疲れているのだ。
目的の写真を撮ってさっさと帰りたい。それはきっと、彩奈も同じ思いのはず。
(なんか、ホントごめんね……お父さんのせいで)
ゲッソリとした顔をしている彩奈を横目に、私は心の中でそんな謝罪をする。
「じゃあ、ここで撮りましょう? ほら、皆んなこっちに来て」
嬉しそうに微笑むお母さんは、そう言うとヒラヒラと手招きをする。
その言葉に促されるまま、校門の端へと寄った私達。近くにいる人に撮影を頼んだお父さんは、私達の元へと戻って来るとお兄ちゃん達を見て口を開いた。
「翔、響。卒業おめでとう」
それだけ伝えると、ニコッと爽やかに微笑んだお父さん。その顔は普段と何ら変わらなく見えるのに、何故だかとても誇らしげに見える。
お父さんのその言葉に続くように、口々に「卒業おめでとう」と改めて伝えると、「ありがとう」と笑顔で返すお兄ちゃんと、「卒業したくない」と泣き出すひぃくん。
「ほらぁ……ひぃくん、写真撮るよ?」
「花音と離れたくないよぉ……っ」
私に抱きついてシクシクと涙を流すひぃくんを見て、クスリと小さく笑い声を漏らす。
「卒業しても毎日会えるでしょ?」
そんな事を言いながらも、ひぃくんも自分と同じ気持ちでいてくれたのだと、なんだかとても嬉しくなる。
「……じゃあ、撮りますよー!」
前方から聞こえてきた声に反応して前を向くと、私は背後から抱きつくひぃくんの手にそっと自分の手を重ねた。
まるでポカポカと心が暖かくなってゆくような感覚に、クスリと小さく声を漏らした私は、カメラに向かって満面の笑みを咲かせた。
◆◆◆
「ほら見て、これ。懐かしいわねぇ」
そう言って嬉しそうに微笑むお母さんは、アルバムに収められている一枚の写真を指差した。そこに写っているのは、幼稚園児の私の姿と小学生のお兄ちゃん達の姿。
卒業写真を無事に撮り終えた私達は、その後全員で私達の家へと帰って来た。そして、仕事の都合で卒業式に来られなかったひぃくんのお父さんの為に、すぐに写真をプリントすると言い出したお父さん。その言葉を受けて、お母さんは久しく見ていなかったアルバムを引っ張り出してきたのだ。
「や〜んっ! チビ花音ちゃん、懐かし〜! 可愛いわね〜!」
「本当に懐かしいわねぇ。……あら? これ見て、ひぃくんたら今にも泣き出しそうな顔して……。可愛いわねぇ」
そんな事を言いながら、楽しそうにクスクスと笑い合っているお母さん達。
たった今話題に上がったその写真を覗き見てみると、そこには満面の笑みを浮かべている私が写っている。そしてその横にいるのは、今にも泣き出しそうな顔をしながら必死に涙を堪えているひぃくんと、そんなひぃくんを引き気味に見ているお兄ちゃんの姿。
(……何があったんだろう?)
今にも泣き出しそうな顔のひぃくんを見て、一人首を捻ってみる。けれど、当然のことながらそんな昔の事など覚えていない。
その隣りで満面の笑みを咲かせている自分の姿に視線を移すと、手元の絵本に気付いた私は小さくクスリと声を漏らした。
(懐かしいなぁ。この頃の私、確か王子様と結婚するってはしゃいでたっけ……)
シンデレラの絵本を大切そうに抱えている、幼き日の自分。そんな姿が、何だか凄く微笑ましく思える。
パラパラと捲られてゆくアルバムを静かに眺める私は、一枚の写真に目を留めると再びクスリと微笑んだ。
それは小学生になりたての頃の私が、ひぃくんの背中におぶられて泣いている写真だった。
(これは確か……公園で遊んでいた時の写真だったかな)
そんな昔の記憶を手繰り寄せる。
(男の子にいじめられていた私を、ひぃくんが助けてくれて……それで好きになっちゃったんだよね)
そんな初恋の思い出に一人酔いしれると、何だか急に恥ずかしくなってくる。一人ソワソワとし始めた私はチラリと周りの様子を伺うと、誰にもバレていない事を確認してホッと安堵の息を吐く。
無事に落ち着きを取り戻した私は、再びアルバムへと視線を戻すと懐かしい写真達を眺めた。
楽しそうに笑顔ではしゃいでいたり、時には涙していたり──。そんな過去の自分の姿を眺めては、懐かしい記憶に想いを馳せる。
写真の中の私の隣にはいつだってひぃくんがいて、昔からずっと一緒に育ってきたんだな、と改めて実感する。
「あっ。これ……もぅ、この頃はどうなる事かと心配だったわ」
「あぁ、この頃ねぇ……。私も心配だったわ、凄く」
「本当よねぇ。 上手くいって良かったわー、本当に」
そんな事を言いながら、一枚の写真を前に溜息を吐いたお母さん達。
(……? 何の事?)
話題にされている写真を覗いてみると、ニコニコと微笑むひぃくんの隣で嫌そうな顔をしている私がいる。
これは確か、私が中学生だった頃の誕生日会の写真だ。この頃、思春期真っ只中だった私は、ひぃくんの事が嫌でたまらなかった。
(別に、本気で嫌いだった訳じゃないんだけどね……)
ひぃくんに恥ずかしい思いばかりさせられていた私は、こうしてよく怒ったり、時にはひぃくんを無視したりしていた。
でも、ふとした時に気付かされるのだ。私が喜べば一緒に喜び、私が傷つけば悲しい顔をする。そして、私がピンチの時には必ず助けに来てくれる。そんなひぃくんの存在に。
だから、どんなに変なひぃくんでも絶対に嫌いになんてなれない。
昔から、いつだって私の一番の味方でヒーローで、誰よりも優しい人だってことを私は知っているから。
「この頃の花音ちゃん、本当に響の事が嫌いだったわよねぇ……」
「そうねぇ。今二人が付き合ってるだなんて、信じられないわ」
そんな事を言いながらも、懐かしそうに写真を眺めているお母さん達。
私はクスリと小さく声を漏らすと、そんな二人に向けてゆっくりと口を開いた。
「私、ひぃくんを嫌いになった事なんて一度もないよ?」
そう告げると、呆然と私を見つめているお母さん達に向けてニッコリと微笑む。
そんな私を見たお母さん達は、クスッと笑い声を漏らすと「そっか」と言って優しく微笑んだ。