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「おはよう、寧々」
優しい声色で、わたしにそう言った彼は、ふわりと微笑んだ
心臓がうるさい
喉がつっかえたが、なんとか言葉を吐き出す
「…おはよ」
「フフ、すまないね、こんな朝早くに」
カチッ、カチッと秒針の動く音がする
時計の針は、午前8時を指していた
「寧々が良ければ、買い出しに付き合ってもらおうと思ったのだけど」
彼にとっては幼馴染
わたしにとっては今一目惚れした知らない男性
突然デートのようなものに誘われてしまいつい少し焦ってしまう
「ご、ごめん、類。ちょっと…あー、30分!30分だけ待ってて!」
そう言ってわたしは、自分の部屋に戻った
彼は演出家
何か部品のようなものを買うのだろうか
とりあえず着替えよう
普段のと同じもの、
普段から1番よく着る洋服を探していると、白い涼しげなワンピースが目に入った
「…かわいい」
これを着ていけば、側から見たらデートのように見えるだろうか
少し空いた窓から、ひゅうっと風が吹いた
冷えた風は、わたしの肌を逆立たせた
「流石に寒いか…」
結局いつもの服を手に取る
きっと昨日のわたしもこんな感じだったのだろう
急いで顔を洗い、軽くメイクをして、類のもとに行く
少し胸が高鳴っていた
家の中をよく見ると、幼少期の彼とらしき男の子と、わたしの写真が飾られていた
彼は昔からわたしを知っているのに
わたしは貴方のこと、何も知らない
少しだけ悲しさを覚え、ドアノブに手をかけた
彼はドアを開けるとすぐそこにいて、携帯を何やら真剣に眺めている
「何見てるの」
そう声をかけたが、反応がない
「類?」
彼はどうやら、一度集中してしまうと、周りが見えなくなるタイプらしい
好きな人に無視されるのは気分が悪かったので、少し眉をひそめ、ため息をついてから耳に向かって「類っ」と言った
類の体がビクッと跳ね、驚いたのか目が見開かれている
「あぁ、なんだ寧々か」
先ほどまで吊り上がっていた眉はハの字になり、口元を緩ませた
類にとってわたしは、安心できる相手らしい
少し嬉しい反面、一切わたしのことを意識していないようで残念な気持ちもあった
「待たせてごめん、行こう」
わたしは平然を装って類の袖を引く
類はそれを当たり前のように受け入れた
「何買うの」
我ながら無愛想な喋り方で、類に問う
「今度やるショーの小物をね」
あぁ、確かクリスマスの
「オーナメントだっけ、足りなかったの」
「あぁ、それからステージ全体をイルミネーションのようにしたいから、それ用のライトもね」
心底楽しそうに演出の話をする彼を、懐かしいような気持ちで見ていた
忘れているだけで、この人とずっとショーをしてきた事実はあるんだ
人だけが抜け落ちたわたしの過去の記憶は、最初こそ不思議な感覚だったが、さすがに慣れてきてしまった
特に意味はないが、なんとなく頭を類の腕の方に倒してみた
類はなんでもないように話し続ける
胸元のチクチクとした痛みに耐えながら、お店まで2人で歩いて行った